「ところで、僕を盗むと言っているが。」
青の間。
いつものとおり、床に座って足を投げ出しているジョミーは、ブルーの言葉に、ん?と顔を上げた。
「どういう状態が、僕を盗んだことになるのかな?」
「どういうって…。」
唐突にきかれた言葉に、ジョミーは返答に窮したらしい。
「牢獄につないで自由を奪うということなら、即座にお断りだが。」
とんでもないたとえ話である。
さすがにジョミーも嫌な顔をした。それってどんな発想だよ、とぼやいている。
「…僕がそんなに趣味悪そうに見えるの?
そんなことするわけないじゃない。僕はあなたの心さえ手に入れば、別に形にはこだわるつもりはないから。」
「心とは、またあいまいな基準だね。」
「あなたの言いたいことは分かるよ。人の心なんて移ろいやすいもの、なんて言うんでしょ。」
「それもあるが。
では、僕が君を気に入ったと言ったなら、それは君が僕を盗んだことにならないのか?」
「でも、あなたの一番の大事はこの船とミュウのみんな、でしょ?それ以上の存在にしてもらわなくちゃ。」
「なるほど、必要な条件はそれか。
それがために君は足繁く通っていると言うわけなのか?そのわりに、君から告白や口説き文句は聞いたことがないな。」
「あ、そっか。口説いていいのか。」
いいことを聞いたといわんばかりのジョミーである。
…気抜けしそうな返事だ。
「まさか僕が許可するのを待っていた、などということはないだろうね。」
「というか、思いつかなかった。」
正直にもほどがあるのでは…。
ジョミーのあっけらかんと言う姿に、さすがに呆れて次の言葉が出てこない状態だった。とんでもなく間抜けな泥棒もいたものだ。
「…なるほど。
ジョミー、君が僕を盗みたいと言うのは、本当の目的ではないんだろう?」
「あ、それは違うよ。どっちかって言うと、舞い上がって頭に浮かばなかったのが実情なんだし!
それに、才色兼備の呼び声も高いミュウのソルジャーなら、誰だって盗みたいと思うでしょ?」
ようやく自分の失言に気づいたのか、ジョミーは慌てて弁解する。
「『才色兼備』の用法を間違えているよ、僕は男なんだから。
盗む云々という話にしても、あまり本気だとは思えないけどね。」
ジョミーの言い訳に対し、ブルーの台詞は冷たいことこの上ない。
「あ、じゃあさ、今からでも口説かせてもらっていい?」
「それはこの次にお願いしよう。
君に話がある。」
「な、何…?」
急に改まったブルーの様子に、身構えるジョミー。
「本当は、君のことをもっと知った上で言おうと思っていたが。」
何を言われるのだろうと、ジョミーは静かに次の言葉を待つ。
「僕の後継者にならないか?」
「…はあ?」
…非常に間抜けな声になってしまった。
「さっきも言ったが、君が気に入った。」
「それは嬉しいけど…。
でも、後継者ってことは、ソルジャーという肩書きを継ぐってことだよね?」
「そのとおり。」
ジョミーは疑わしいような、呆れたような、そんな表情を浮かべながら、ブルーを見上げる。
「…ねえ、ミュウのソルジャーともあろう人が、そんないい加減でいいの?素性も知れない、どんな人間かも分からないものを後継者にだなんて。
あなただけでなく、あなたの周囲にも変な影響があるかもしれないよ?」
表現が穏やかではないが、当然の話だろう。
もともとは泥棒であり、今はミュウの尊敬を集めるソルジャー・ブルーを盗むなどと公言している不埒な輩である。最も、それを知るのはほんの一握りの人間ではあるが。
それにしても、力を持つミュウというだけで、次代のソルジャーにと言うのはあまりにも強引な話である。
「嫌なのか?」
それなのに当のソルジャー・ブルーには、そんなことはまったく頭にないらしい。
「嫌っていうか…、普通ありえないでしょ。」
「嫌ではないと思っていいのかな?」
そう畳み掛けるように言われると、さすがに返事をしないと誤解されてしまうと思ったようで。
「あー…、嫌です。」
拒否しておくことにしたらしい。
「それは困った。では提案だが。」
困ったと言いつつ、すぐに次の言葉が出てくるあたり、まったく困った様子が見えない。ジョミーの拒絶など予測していたのだろう。
「なんだかすごく悪い予感がするんだけど。」
「そんなことはない。賭けをしようと思っただけだよ、君と僕で。」
『賭けをしましょう。あなたと僕で。』
不意に。
自分の言葉に、心の中の何かが引っかかった。
前に似たような言葉を聞いたことがある…?
「やっぱり当たった…。」
しかし、ジョミーはと言うと、そんなブルーの様子には気づかず、ため息をついている。
で、どんな賭け?と聞かれてふと我に返った。
「…ああ、そうだね、
君が僕を落とすのが先か、僕が君の真意を探り当てるのが先か。」
「真意って…、あなたが目的だって言ってるじゃない。」
「そこに至る経緯が分からないから、君の意図するところがはっきり見えない。」
「もう、疑り深いんだから…。
それで、あなたが勝ったら僕を次期ソルジャーにって言うんでしょ。じゃあ、僕が勝ったら何がもらえるの?」
「君の目的なんだろう?僕を盗むと言うのは。」
「まあ、それでもいいけど…。
でも、それって断然あなたのほうが有利じゃない。あなたがその気になれば、調べられないことはないだろうし。」
「そんなことはないだろう。ほとんど情報のない状態で、食えない君の気持ちを探るのは、僕にとってかなり難しい。」
「でも、あなたの立場から考えても、あなたの気持ちが簡単に僕に傾くとは思えないし、大体今ここで僕に揺らぐくらいなら、300年間も指導者やってないでしょ。」
抗議に似たジョミーの言葉に、ブルーはふっと笑った。
「随分と弱気な台詞だね。
盗むと言ったものは必ず盗み出すといわれる『Bandit of Jade』ともあろうものがそんな勝ち目のない勝負をしているのか?」
その挑発に対して。
ジョミーの緑の瞳が真剣さを帯びた。
「…そんな風に言われたら、乗せられてると分かっていたとしても受けて立つしかないじゃない…?」
目は真剣な色を浮かべたまま、ジョミーはにっこり笑った。
「分かった。その賭けに乗るよ。」
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ようやくサイト話更新!もう王ドロボウに似せようと言う無駄な努力はやめました…。 |
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