|    「『輝くものは星さえも、尊きものは命すら』」「何だよ、急に。」
 ジョミーと名乗った泥棒は、不思議そうな顔でブルーを見上げた。
 ジョミーは、ベッドサイドの床に直接座っている。そんなところに座らなくても椅子に座ればいいといっても、ジョミーはこっちのほうが落ち着くと言って聞き入れない。
 「泥棒としての君に関する評価だよ。森羅万象を盗むとは、恐れ入るね。」
 ジョミーが訪ねてくるのはこれで何回目か、もう分からなくなってしまった。
 最初は一通の予告状から始まった。
 "Bandit of Jade"と名乗る泥棒、後にジョミーと名乗ることになる、が現れ、あろうことかミュウの長であるソルジャー・ブルーを盗むなどと言い出して、現在に至っている。
 いつもはブルーのいる青の間に直行するのだが、たまに子供たちのいるセクションによっているときもある。
 何か狙いがあってかのことかと思ったが、単に子供が好きだからという理由らしい。それが証拠に、子供たちにとってはボール遊びの相手をしてくれる良いお兄ちゃんであるそうで、人気があるらしい。
 しかし、ハーレイはいい顔をしない。当然である。
 「誉めてくれてありがとう。
 でも、それって何かの詩の引用?」
 「いや。女神の神託だよ。」
 「…女神…って何?」
 ブルーの意味深長な返事に、ジョミーは怪訝そうな顔をした。
 「わが艦には優秀な占い師がいてね。彼女は君の泥棒としての才能を高く評価した、というわけだ。」
 そう言えばジョミーは納得したらしい。
 「ふーん。
 でも、一番ほしいものはなかなか手に入らないよ。」
 分かってると思うけど、あなただよ。
 そう言って、ジョミーは笑った。
 「君は本当に変わっているね。」
 僕を盗みたいだなんて。
 「それ、あなたにだけは言われたくないよ。
 あなたこそ、何を考えて僕みたいな泥棒を迎え入れるの?キャプテン・ハーレイに口止めまで。」
 ジョミーのことについて黙っているように指示したのは、他の長老に知られると何かとうるさいから。最もハーレイが一番うるさいような気はするが。
 「君の目的が分からないからね。
 僕を盗みたいというのなら、せめて理由くらい教えてくれてもよさそうなものだけど。」
 何とかしてジョミーの真意を確かめたい。それに尽きるのだが、この泥棒は一筋縄ではいかない。
 「綺麗だからって理由じゃダメ?
 宝石を盗むのに、理由なんかないでしょ。綺麗だから、それだけだよ。」
 とぼけてそんなことを言う。
 「しかし、人によっては金になるからという理由もある。」
 そう応じれば、ジョミーは呆れたようにため息をついた。
 「…結構ひねくれてるね、あなたって。」
 「現実的だと言ってもらおうか。」
 「もっとロマンチストだと思っていたのに。」
 「それも相手による。」
 「なんだかショック。僕は夢を語る相手には不足?」
 そんな意味じゃないのに、ジョミーは大げさに嘆いてみせる。
 「君のほうこそ僕に夢を語りたいわけではないだろうに。
 それに今君は、僕を宝石に例えたけれど、そんな単純な話ではないはず。」
 ジョミーはその言葉に、ブルーを伺うようにじっと見つめてくる。笑顔は浮かべているが、目は笑っていない。
 「どうしてそう思うの…?」
 「さあ、どうしてかな?」
 ジョミー自身、肝心なことははぐらかして手の内を見せない。それに倣っただけだが、ジョミーは恨めしそうにブルーを見つめてくる。
 「さて。話は元に戻るが、占い師が言うには、君の才能はものや人を盗むだけにとどまらないらしいが。」
 話を変えると、ジョミーはなおさら警戒心をあらわにした。
 「…何が言いたいの?」
 「君の盗むものにジャンルの特定はできない。先の言葉どおり、君に盗めないものはない。
 君は特殊能力を持ったミュウだね。目に見えるものだけでなく、目に見えない人の記憶や感情まで奪うことができる。
 しかも、記憶を盗むことにかけては、テラズナンバーなんかと違って『記憶の消去』ではなく『記憶の奪取』と言ったほうがふさわしいそうだね。」
 「…へえ、それも占い師の言葉?」
 「言っただろう、優秀だと。」
 それをきくと、ジョミーは警戒したまま笑顔を浮かべた。やけに含みのある笑顔に見えて、こちらが身構えてしまう。
 「ふーん、そんなことまで分かっちゃうなんて、確かに優秀だね。
 でも、あなたの口からそれを言うと、自画自賛ってやつでしょ?」
 …今度はブルーが警戒する番だった。
 「それはどういう意味かな…?」
 「その占いの力、本当はあなたのものだったはずだよね?」
 誰も、そう、フィシス当人さえ知らないはずの事実を、平然と言い当てるジョミーに鳥肌が立つ。
 「…そうだね。
 君の記録もフィシスがここに来た時期と同じあたりだから、知っているのかな。」
 「…記録?」
 次はジョミーが身構える番。
 「こちらの記憶バンクに残っていた『ジョミー・マーキス・シン』の記録だよ。
 君が僕の記憶を盗んだと仮定して、僕は他に痕跡が残るものは何かと考えた。もしかして意思の存在しないコンピューターになら何か残っているかもしれないと思ったんだ。
 案の定、約50年前にミュウとして目覚めた『ジョミー・マーキス・シン』の記録があった。しかし、その記録はそれっきり上書きされた形跡がない。普通なら、『死亡』『生死不明』などと書き残すものなんだけどね。」
 ブルーの言葉に、ジョミーはため息をついて頭を振った。
 「…あなたの執念には呆れるよ。」
 「名前以外分からないのだから、こちらも必死だ。」
 情報量では、完全に不利なんだから。
 「ところで、ジョミー。
 フィシスには君のことを尋ねたが、記憶バンクに君のことを照会したのは僕だし、その結果も僕しか知らない。」
 これでジョミーはどう出てくるか。
 次にジョミーが取ってくる手段によって、こちらの対応もある程度決まるが。
 「もし君が僕の知っている記憶を消したいと思えば、僕の記憶を奪って記憶バンクに少々手を加えれば済む。」
 「………。」
 ジョミーはしばらく黙り込んでいた。
 それは、ブルーの言うとおり記憶を盗むという行為を行うか否か迷っているというより、そんなことを言い出すブルーの真意を測っているように見えた。
 「さて、君はどうする?」
 そう問えば、沈黙していたジョミーはため息をついて降参したという風に両手をあげた。
 「何もしないよ。そこまでお膳立てされたら、かえってやる気をなくしてしまう。
 本当にあなたは食えない人だ。」
 それに機械いじりは苦手なんだ、とつぶやいて、何かを考えるように心持ち視線を上にあげる。
 「あなたを甘く見ていたのは認めるよ。記憶バンクね…、そんなものが存在するなんて知らなかった。ミュウの科学力ってすごいね。」
 ジョミーの緊張が一気に解けた。今度こそ、見た目だが裏表のない笑顔を浮かべる。
 「では僕の記憶を返してもらえるかな。」
 すでに記憶を盗みましたと認めているようなものなので、そう言ってみたところ。
 「それはダメ。」
 やはり思ったとおり断られた。
 「どうして、ときいても答えてはくれないんだろうね。」
 「うん、ゴメン。」
 「そういうところ、泥棒らしくないのに。」
 「…それ、誉めてるのかけなしてるのか分からないよ。」
 「誉め言葉と取ってくれて結構だよ。」
 「素直に喜べないけどね。」
 そう言いながら、ジョミーは立ち上がった。
 とそのとき、青の間にひょこひょこと小さな影が入り込んできた。8歳くらいのミュウの子供たちだった。
 「ソルジャー、お話終わった…?」
 一番前に立っている女の子が遠慮がちに話しかけてくる。
 よく見れば子供たちは全員、嬉しそうな、でも困ったような顔をしている。
 「終わったよ。どうかしたのかい?」
 「あのね、ジョミーと遊んでいいかなって思って。」
 「キャプテンはダメだって言うけど。」
 「でも、教授はソルジャーに聞いてみたらって。」
 …なるほど、人気があるとは聞いていたが、これほどとは思わなかった。
 ジョミーはというと、子供たちの前で腰を落として、一番先に話しかけてきた女の子、カリナの頭をなでている。
 「それはそうだよ。
 僕は君たちと遊びたいけど、やっぱりソルジャーのお許しがないとね。」
 その一言で、子供たちの視線がブルーに集まる。
 「君は策士だね、ジョミー。
 こんな状況でダメだと言ったりしたら、僕ひとりが悪者じゃないか。」
 「だからそれ、あなたにだけは言われたくないんだけど。」
 策士とか何とかは。
 ジョミーはむっとしたかのように口を尖らせた。その表情に、吹き出しそうになる。
 「いいよ、遊んでもらっておいで。」
 ブルーが『許可』を出すと、子供たちは嬉しそうにジョミーの手を引っ張った。
 「やったあ!」
 「ジョミー、行こっ。」
 「ありがとう、ソルジャー。」
 「ちょ、ちょっと待ってって…!そんなに慌てなくても…。」
 慌しく子供たちに引きずられていくジョミーを見送って、ブルーは息を吐いた。
 それと入れ替わるようにして、ハーレイが入ってくる。
 「ソルジャー、よろしかったのですか?」
 「子供たちのことかい?
 大丈夫、ジョミーは彼らには危害は加えない。それに、あの子供たちはミュウの子だ。自分に害意のあるものの気配には大人よりも敏感なくらいだ。」
 「しかし、あの子達が利用されるということは…!」
 「そうだね。ジョミーには、子供たちを味方につけておけば、何かと有利だという考えくらいはあるかもしれないね。」
 楽しげに言う己が指導者に、嫌な予感がしたハーレイだった。
 「…嬉しそうですね、ソルジャー。」
 「彼が気に入ったよ。」
 …予感的中である。しかも、ストライクゾーンど真ん中。
 「あのっ、ソルジャー、彼は泥棒で…!しかも盗もうとしているものはほかならぬあなたなんですよ!?」
 ハーレイの悲痛な叫びは届いているのかいないのか。
 「次はいつ来てくれるのかな。」
 …あまり耳に入っている風はないソルジャー・ブルーに、ハーレイは何度目かの脱力を覚えたのだった。
 
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        | ヒスイドロボウ、久しぶりの更新です〜。しかしやはりあの王ドロボウのシュールな世界観を出すには程遠く…! |   |