| 
    ふと顔を上げる。…髄分と時間が経ってしまったな…。
 本を読むこと自体はさして苦痛に感じないが、肉体的な疲れがないわけでない。
 …今日はこの辺でやめておくか。何の成果もなかったことだし。
 そう考えて、時計を見る。もう11時を過ぎていた。その時計を見上げていた白い顔に、苦い笑いが浮かぶ。
 夜も更けたな。昨日の今日では、さすがに食指も動かないか。いや。やってみる価値はあるだろう。
 だが、その笑みがふっと止まる。
 ジョミーは…喜ばないだろうな。それどころかこんな正攻法とはお世辞にも言えないやり方を許すはずがない。それは分かっているけれど…。
 そんな思いを断ち切るように、ブルーは書庫を後にした。けれど、歩きながらも心に浮かぶのは、やはり…。
 …ジョミー…今ごろ何をしているんだろうか…。
 ふと、かつてジョミーとともに吸い込まれた風穴を思い出す。
 誰も来ない、闇。上も下も分からない、真っ暗な場所。もしもそんなところでひとり放り出されたとしたら、精神的に強いジョミーだとて、平気でいられるわけがない。
 そう考えて、ぶるりと身体を震わせた。
 ≪グランド・マザー≫の仕掛けた罠は、まさにそういう場所だった。あのときジョミーがそばにいてくれなかったら、正常な判断はできなくなっていただろう。そんなことさえ考えずに、ジョミーにひとりで脱出するように促してしまったが、彼が断ってくれてよかったのだ、と。そう思った。それなのに…。
 僕は、君に何もできない…。
 『随分と気弱なことだな』
 …え…?
 突然。
 どこからか響いた声に、首を傾げた。周りには誰もいない。
 …気のせいか。幻聴まで聴くようになるなんて、本当に気が弱くなっているらしい。
 そんなことを思いながら、再び足を踏み出そうとしたとき。
 『君がそんな体たらくでは、ジョミーを救うなど夢のまた夢だ。未亡人になって、己の悲劇に酔いたいというのなら、僕は一向に構わないが』
 「!?」
 気のせいじゃない、やはり聞こえる…! でも。
 いったい…どこから?
 周りを見渡すが、やはり誰もいない。
 いや、そもそも、今のは肉声ではないのでは…。ジョミーの使う、テレパシーと同じもの…?
 『おや。忘れてしまったのか、つれないことだ。濃厚な口付けを交わしたというのに』
 「シン…っ!?」
 つい、声がひっくり返ってしまった。
 そんな…馬鹿な! ジョミーが言っていたではないか。シンはジョミーの力の前に形が取れず、その結果姿もろとも消えていってしまったと。もうこの声を聞くこともないと思っていたというのに…!
 『だが、ジョミーはこうも言った。僕は消滅したわけではない、と』
 「た…確かにそう言ったが…!」
 しかもここは南の国じゃないのに! シンはあの国を見守る存在ではなかったのか…!
 『なに。南の国の民なら、当然僕が見守らなければいけないことになる。君も例外じゃない』
 「あなたの『見守る』は完全に度を越えている! あのときも思ったが、こんな直接介入してくること自体が、すでに『見守る』域を外れている…!」
 『結果的に君は助かったじゃないか』
 「それは…!」
 …怒鳴りかけたが、確かにシンのいうことは当たっている。それを察したのか、シンは笑ったようだった。
 『別に礼を言ってもらおうなどとは考えていない。気にしないことだ』
 「気になんか…!」
 いや、これ以上まともに相手するのはやめておこう。からかわれるだけだ。
 そう考えて息を吐いてから、ブルーは顔を上げた。
 シンと話せるのなら、好都合だ。
 「それで、あなたの考えは?」
 『考え?』
 「あなたがここまで来たということは、ジョミーの行方を捜しに来たのだろう?」
 こんな北の国まで出張ってきて。シンの力は、ジョミーによってかなり殺がれてしまったはず。それを押してまでここにいるということは、当然それが目的だと思った。それに。
 シンなら、ジョミーの居場所が分かるかもしれない…。
 そう思っていたのに、シンは『いや、別に』と返してきた。
 『ジョミーは大丈夫だろう。そんなヤワにできているわけではないし、僕は後継者をそこまで甘やかすつもりはない』
 「…は…?」
 『僕が君に声をかけたのは、君がジョミーを思うあまり、暴走しかけているからだ』
 「…暴走?」
 何が…暴走なんだろう?
 『キースと寝て彼の弱みを握ろうとしたり、それを利用して北の軍事力を意のままにしようと思ったり』
 「そ…そんなことまで考えていない!」
 確かに彼の劣情を利用しようとしたが、北の軍事力までも操ろうと思ったわけではない…!
 『意識していなかっただけだ。君はここに着いたとき軍用機のレベルを見て驚いた。そして思ったはずだ。南のためにこの力は使えるかもしれないと』
 「そ…んなことは…」
 絶対ないとは言い切れないところがつらいが…。
 『思うだけならよくあることだ。だが、今の君にはジョミーを探し出すという目的がある。利用できるものは何でも利用するつもりなんだろう。それに。今からキースの部屋に行くところだった。…違うか?』
 さすがに…ぐっと詰まった。
 『今の君をジョミーが見て、どう思うだろうな』
 「どう思われてもいい」
 君が無事ならそれで…。
 『…やれやれ。君に実行力がなければ僕も放っておこうと思っていたけれど、いざとなればとんでもない行動力を発揮するからな』
 …この人は本当におせっかいだ。それがもとで、ジョミーに力のほとんどを取られてしまったというのに…。
 「…とにかく、あなたは南へ戻れ。形を維持できなくなるくらいなら、こうやって南から話しかけることだって辛いだろう」
 『辛いどころか、そんな遠距離通話はできない』
 「…?」
 どういう…こと…?
 『触れていなければ、話しかけることさえできない。そのくらい、ジョミーのまとっている力は強かったということだ』
 「触れ…?」
 今ここには自分ひとり。誰も自分の身体に触れてなどいない。
 『僕がどこにいるのか、分からないようだな』
 「…ウソだろう」
 そばには誰もいない。
 『僕はウソはつかない。それに、ここにはもうひとりいる』
 …もうひとり…?
 その言葉の意味を理解して…まさかと思った。
 『そのまさかだ。君は感がいいな』
 なぜ…? どうして…!!
 
 
   29へ      
      
        | と言うわけで、シン様の居場所はどこでしょう? 待て次回! と言うまでもなく、同じ感の鋭い方ならば、お分かりかと…♪(どなたか様が、似たような予想をしていらっしゃいましたしvv) |   |