それにしても…。
つい立ち止まって足元をじっと見てからため息をつく。
この丈の短いスカートにも閉口するが、このかかとの高いサンダルもどうにかならないものだろうか。ただでさえ歩くことが苦手なのに、これではいつになったらジョミーの元へたどり着けるのか分からない。
そう思いつつ、一歩踏み出そうとしたとき。
やはり歩きなれていない履物のせいか、バランスを崩して倒れそうになった。しかし。
「…!?」
身体を支えたのは硬い壁でも何でもなく、誰かの腕だった。
慌てて顔を上げて…驚いた。黒髪のそばかすだらけの青年が、真っ赤な顔をしてこちらを見ていた。
何度かジョミーと親しげに話をしているところを見たことがある…。確か名前はキムだったか…。
「すまない。」
そう言って身体を起こしたが、彼はそのまま呆然としてまったく動かない。
…そんなに見なくてもいいじゃないか。見苦しいのはこちらだってよく分かっているのに。
彼の視線から逃れるように、後ろを向いた。
もういい、さっさと行こう。
そう思って、足を踏み出そうとしたのだが。
「あ…っ、あの!」
声をかけられるのに足が止まった。
「ジョミーと…、不仲だって聞いてるけど…。」
…やはりうわさは広がっているのか…。
ジョミーが僕を避けている状況。僕の身体がこんなに変わってしまっては、ジョミーだとて戸惑って当然だから仕方がないといえば仕方がないが、やはり指導者だけあって、こういう悪評はすぐに広がってしまう。
「…否定はしない。」
そう口に出した途端、キムがすごい勢いで肩を掴んでこちらを向かせる。こちらを見つめる真摯な表情に驚いた。
「あ、あなたがさびしいのなら…! 俺が慰めて差し上げますからっ!」
…何の話だ?
さびしい? 慰める? 一体キムが何を言っているのかよく分からない。
「ジョミーなんか…、あなたを放っておくような薄情ものなんか、忘れさせてあげますから…!」
「それは無理だ。」
あっさりと言うと、キムは目を丸くした。
「僕がジョミーを忘れたくない。だから、君だろうが誰だろうが、彼を忘れさせるなんて無理だ。」
そういえば、キムは悄然としてブルーを見つめる。
「俺では…、やっぱりダメですか?」
「君がダメだということはない。ただ、僕がジョミーでないとダメなんだ。」
「そうですか…。」
がっくりと肩を落としていたキムが、それでも笑顔で顔を上げる。寂しげな笑顔ではあったが。
「と、とりあえず少し話しませんか? ジョミーのことなら力になれるかもしれませんし。」
そう言われて…。少し心が動いた。
「君は…、ジョミーとの付き合いは長いのか?」
「付き合いですか? そりゃ、あいつがここに来たときからずっとですから。まあ、5年くらい…かな?」
よくよく考えれば、僕はジョミーと出会ってせいぜい数ヶ月といったところだから、それは参考になるかもしれないとは思ってうなずいたのだけど。
「じゃあ、こっちで。一緒にお茶でも飲みながら…。」
「キムっ!」
そのとき、怒りをはらんだ声が聞こえた。慌てて顔を上げてみれば、なんと当のジョミーがこちらをにらみつけている姿が目に入ってきた。
でも…。なぜ怒っているのだろう?
「ブルーから手を離せっ!」
言いながら大またで歩み寄って、こちらの肩を掴んでいるキムの手を振り払った。
「な、何を突然…。」
突然のことで呆気にとられているキムには目もくれず、次にジョミーはブルーに目を向けた。
「あなたもあなただ…! なんて格好で出歩いているんですか…!」
ずきん、と胸が痛んだ。
もともと似合わないと思っていたけれど、ジョミーがそんな風に叱り付けてくるなど一度もなかったから…、悲しくなった。
「一体、何のつもりで…!」
「おい、ジョミー、そんなに頭ごなしに言うことないだろ?」
「お前は黙ってろ!」
キムが弁護しようとするが、ジョミーは貸す耳を持たない。
「だからっ、お前はどうしてそう短絡的なんだよ!」
「キムに言われる筋合いはない!!」
「俺に言われる筋合いって、どういう…!」
「…ったから…。」
怒鳴り合いの間に聞こえた声に。
二人は怒鳴り合いをやめて、慌ててブルーに目を向けた。
…君を連れ戻したかったから…。
「…似合わないのは分かっていたけど…。君が…戻ってこないから…。」
うつむいてとつとつと話すブルーを、ジョミーもキムもただ呆然として見守っている。
「君が僕に愛想を尽かすのは仕方がないけれど…、それでも君が僕から去っていくのは、辛かったから…。」
「え…? いや、その…っ!
何で急にそんな話になるんですか? 大体いつ僕が似合わないだの、あなたに愛想をつかしただのと言ったんですか!?」
「仕方ないだろ。お前、この人と館内別居中なんだろ。」
と、おせっかいにもキムが口を出す。
「館内…? 何だよそれ?」
「違ったか? 家庭内別居?」
「だっ、誰が!!」
「ジョミー。」
また二人で騒ぎ始めたところだったが、ブルーの一言でぴたりとやんでしまった。
「君が、僕をそばに置けないというのなら仕方がないが…。」
「だっ、だから誰がそんなことを…!」
「もしそうでないのなら、きちんと話がしたい。
君は、話すことも嫌だとばかりに出て行ってしまうから、フィシスに相談したら、ウェディングドレスで迎えに行ってくればと、そう言われた。」
…あの人はまた余計なことを吹き込んで…とジョミーが頭を抱えるのを無視して、言葉を継ぐ。
「今の僕の姿は、君と始めて出会ったときとは大きくかけ離れているから…。
だから、改めて君に結婚を申し込みたい。こんな見苦しい姿で会いに来るのは、本当は嫌だったんだが…、でも。」
僕は、君なくしてはいられないから。君を失うことを考えれば、僕はどんなことでもできるから…。
そう、つぶやいた。
ジョミーはと言うと…。茫然自失の体でブルーを見つめていた。
「あーあ、お前は幸せものだよな。こんな一途な奥さんに思われてさ。」
キムが馬鹿馬鹿しい、といった様子で天を仰いだ。
「さっさと部屋へ帰れよ。ここまで言われて帰らないなんて言ったら、男じゃないぞ、お前。」
そう言われて、ジョミーはああ、ええと、と困ったように頭をかいた。
「わ、分かりました、戻ります。戻りますから、とにかく…。」
え…?
ふわっとした赤いものが視界に広がったかと思うと、自分の身体を覆うように巻きつけられた。それが、ジョミーが肩から外したマントであるということに、ジョミーの腕に抱き上げられたあと、ようやく気がついた。
「そんな格好、ほかの誰かに見せちゃダメです!」
「それなら、別居なんてするなよ、バカ。」
「だから、お前は黙ってろって言っただろ!」
11へ
とりあえず、元の鞘に収まるところまで♪さて、このあとはブルーの思惑通りでしょうか?? |
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