目の毒だ…。
ジョミーがそうつぶやきながら部屋のドアを開けた。その疲れたような、何ともいえない響きに不安になる。
「ジョミー。」
抱きかかえられているので、珍しくジョミーを見おろす格好になって、呼びかけた。
「ん?」
こちらを見たが…、またふいっと視線を外す様子に。
「怒ってる…のか?」
恐る恐る訊いてみる。すると、ああ、とため息をつきながらそれでもジョミーはかぶりを振った。
「怒ってません。こんなあなた相手に怒ることなどできるわけがない。」
観念したようにそういいながら、ブルーをベッドに下ろした。
「…本当に?」
「本当ですって。
でも…、もうこんな姿で出歩かないで下さいね。僕の理性と心臓に悪い。」
理性と心臓…?
よく分からなかったが…、こんな姿は自分でももうご免だと思っていたので、大人しくうなずいておいた。しかし。
「でも、子どもを作るということについては、反対ですからね!」
早速牽制されてしまった。
「…君が僕の身体のことを心配してくれているということは分かっている。けれど、僕は君の子がほしい。」
「…全然分かってないじゃないですか…。」
ジョミーはため息をつきながらこちらをじろりとにらんだ。
「他人事じゃないんですよ?あなた自身のことなんですから、もっと真剣に考えてください!
僕の母は、妹を出産するときに出血多量で死にそうになったんです。母はいたって健康な、ごく普通の女性です。それでも、死にそうになったんです。出産はそのくらい危ないものなんですよ!
それに加えてあなたの場合、さらに不安要素は多いんです。だから、あなたが女性でいる限り、僕はあなたを抱こうとは思いません。」
「別に死ぬつもりはないが…。」
「死ぬつもりで死ぬ人なんて滅多にいないんです!
よく覚えておいてください。あなたを失っては、僕は平常ではいられない。そのくらいだったら、僕は一生あなたに触れられなくてもいいんです…!」
そのくらい深く愛しているのだと。
そういわれるのに、嬉しいという気持ちはまったく湧かない。
「一生触れないって…、そんな夫婦があるのか。」
「あってもいいでしょう!別にそれだけが愛している証じゃあるまいし!」
「もし、僕が身篭ったとしても、君が心配するようなことにならないかもしれない。」
「ならないかもしれませんが、なる可能性のほうが強いんです!自分の偏食ぶりを振り返ったらよく分かるでしょうに!」
「案ずるより産むが易し、という言葉もある。」
ああもう、とジョミーは頭を抱えた。
「だから、あなたと話をするのはイヤなんですよ! 僕の言うことなんか全然聞いちゃいないし、自分の意見は曲げないし!」
…そうだっただろうか? と思ったが、現に今そうなのだから、ジョミーの言うとおりなのだろう。
「ならば、君が折れてくれるとありがたい。」
「折れる気なんかありませんよ、全然!」
「…頑固だな。」
「あなたにだけは言われたくありません!」
と、しばらくにらみ合いが続いた。
そういえば、出会ったすぐ後からよく喧嘩したような気がする。短気で喧嘩っ早いジョミーとは、これまでの生き方の違いからか意見の相違はしょっちゅうだった。それでも、今こうやって夫婦として一緒にいるのだから、不思議なものだとつい余計なことを考えてしまった。
「…いうのを忘れていました。」
突然、ジョミーがふっと視線を逸らしてぼそりとつぶやく。
「…迎えに来てくれて…、ありがとうございました。
それから、あなたからのプロポーズ、とても嬉しかったです。あなたはいつも自分を誤解していますから、はっきり言っておきますが、あなたはあなたが思うよりもずっと魅力的です。」
――あなたはもっと自信を持って。
ジョミーの台詞にフィシスの言葉を思い出して、もしそれが本当なら…とジョミーに手を伸ばしてみた。
「え…?」
突然何だろうと驚いているジョミーの手を掴んで、ぐいっと引っ張った。
「わ…っ!」
いつもなら、こんな力ではびくともしないであろうジョミーが、油断していたためかこちらに倒れこんできた。
「ブルー、何を…!」
咄嗟に片腕をついて、全体重がかからないよう気を配ってから、恨みがましくこちらをにらんだその目が。
呆気に取られたように丸くなった。
「僕は、君のママのようにはならない。君を置いて逝ったりしない。」
「…ブルー…。」
「起こりもしていないことで臆病になって何もしないなんて、君らしくない。」
「で…も…。」
首を振りながら身体を起こそうとするジョミーの顔を両手で包み込む。
本当に、僕のことを魅力的だと思ってくれるのなら…。
「一生、君と触れられないなんて…、寂しい。」
そう口にした途端。
僕の身体はジョミーにきつく抱きすくめられた。
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(12はウラページにて公開中)
おお♪アレは人魚姫より天使が早いかな〜!なんだかウラに行きそうだったので、今回は短め♪ |
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