「で、それがどうかしたのか?」
そう言うとなおさらジョミーは脱力したらしい。
「どうかって…。そういうことになると、面倒なことになるでしょう。」
「なぜ?」
なぜ面倒なんだ? もし僕が妊娠したとしても、それはそれでいいと思う。むしろ、そんな考えがあったのかと今さらながらに驚いているくらいだし。
「なぜって…。あなたは嫌じゃないんですか?」
「君は嫌なのか?」
君は、そのほうがいいんじゃないのか?
「嫌というか何というか…。」
困ったようにつぶやきながら、それでもジョミーはこちらを真剣に見つめた。
「僕が嫌とかそういう問題じゃありません。
本当に妊娠できるかどうかは分かりませんが…、万一あなたが妊娠するようなことになれば、あなたの身体に多大な負担がかかります。
妊娠・出産は、健康な女性であっても危険が伴うものなのです。増してやあなたの場合は、元は男でしかも身体は細くて決して丈夫とはいえないのですから!」
とにかくこの話は忘れて食べましょう、と食事の前に座らされたけれど。
「ジョミー。」
「何ですか、変なこと言い出さないで下さいよ。」
言いながらジョミーは眉をしかめてコーヒーを一口飲んだのだが。
「しよう。」
「ぶ…っ。」
ものの見事に噴き出していた。
「あなたは! 僕の言うこと聞いてなかったんですか!」
「聞いていた。」
「じゃあ…。」
「聞いていたが…、僕は君の子どもがほしい。」
「はあ!?」
突然何を言い出す!? とばかりにジョミーはあんぐりと口を開けた。
「今までまったく考えていなかったが、可能性があるなら…。僕は君の子どもがほしい。」
「ま、待って!だからそれは…。」
「食べて、太ればいいわけか?」
「えええっ!?」
そう言うことだろう?
元が男だったというのはどうにもならないけれど、細いというのなら太ればいいのだし、丈夫でないというのなら、やはり食べて健康的に身体を動かせばいいんじゃないのか?
「そ、そんなことまでしなくていいんです!
そりゃ、もっと食べてせめて楽に2階へくらい上がれるようになってほしいのですが…。でも、そこまでして…。」
「分かった。」
うなずいてから、目の前にパンを取ろうとしたのだが。
「だから、待ってください!
僕は、あなたとの間に子どもを作る気はありません!」
その語気の強さに。
動作が止まってしまった。
「そりゃ、あなたの子どもならきっとすごくかわいいと思いますが…。
でも、長年培った体質はそうそう変わるものじゃないし、昨日今日食事を完食したからって丈夫になるわけでも体力がつくわけでもないんです!
僕にとって大事なのはあなたなんです!子どものためにあなたが犠牲になるくらいなら、僕は今のままで十分なんです!」
真剣な表情で怒鳴るように諭されて、それ以上は何も言えずただ黙るしかなかった。
でも。
あきらめたくない。
このままには、しないから。
そう思って、今度はこちらも見ずに食事を再開するジョミーをにらみつけた。
「…珍しいですわね、あなたからお呼びがかかるなんて。」
部屋に入ってきたフィシスはにっこり微笑みながら部屋の真ん中まで歩いてきた。
「すまない。」
「いいえ。」
フィシスは感受性が強い。
テレパシーが使えなくとも念じるだけで来てくれるのではないかと思ったら、案の定そうだった。
「それで、何かありましたの?」
微笑みはそのままに、ブルーの座るソファの前に腰掛けた。
「相談がある。」
「何なりと。」
「ジョミーの気を引くにはどうしたらいいんだろう?」
その途端、フィシスは呆気に取られたように黙り込んでしまった。
「自分が変なことを言っている自覚はある。
だが、ジョミーは僕の性別が変わってしまったから僕に触れたくないと思っているようだから。それは、嫌い、というものとは違うとジョミーはいうのだが…。いや、真相は分からない。嫌いなのかもしれない。」
そう言ってもフィシスは黙ったままだ。
「だから…、こんなことを相談するのはどうかと思ったが、僕が相談できる相手は君しかいない。」
ジョミーは食事が終わるとまた出て行ってしまった。先の妊娠の話など、蒸し返すのも許さないとばかりに黙りこくったまま。
「…今さらあなたからそんなことを相談されるとは驚きですわ。気を引くも何も、ジョミーはあなたにべた惚れですから。」
フィシスはほう、とため息をついてから顔を上げる。
「…でも…、何のためにそんなことを?」
「この身体なら子どもを作ることができるから。」
男だったときには思いもよらなかったことだ。それどころか、子を産めないことで落ち込んでいたのはついこの間なのだから。
「でも、ジョミーは僕との間に子どもを作る気はないらしい。僕に似れば…、見かけはよくないだろうが、ジョミーに似た子どもなら活発で愛らしくて、誰にでも好かれる子どもになるだろう。」
「…あなたに似ても十分かわいいと思いますけど。」
フィシスはどこか疲れた様子で肩を落とした。
「この変化がずっと続くのか、それとも明日にも終わってしまうのか分からないが、可能性があるうちにジョミーと関係を持ちたいと思っている。」
「…ジョミーの苦労が分かりますわ…。」
フィシスは低くつぶやいたが、幸いなことにその言葉はブルーの耳に入ってこなかった。
「フィシス…?」
「いえ、何でもないのです。
でも、『触れたくない』とジョミーが言うのなら、彼はあなたと子どもを作ることに反対なのでしょう?」
そう、そのとおりなのだけど…。
「では、気を引くよりも何よりも、ジョミーときちんと話をしたほうがいいと思います。」
…言われるような気はしていた。
子どもは一人では作れない。それは当然のことなのだが、あれではジョミーを説得するなど夢また夢だ。
しかも、ジョミーが反対の理由に挙げているものは、僕の健康なのだから。こればかりは食べろというジョミーの言葉を従わなかった自分にも非があると自覚しているだけに、強く出られない。
しかし、フィシスはくすっと笑った。
「それで、珍しく食事の半分を食べたのですか?」
「…子どもを産むには身体が細くて弱いと言われたから。」
「そうなのですか。」
フィシスはにっこりと微笑みながらうなずいた。
「では、二人で作戦でも練りましょうか。ジョミーがどうしてもあなたを避けられないように。話し合いさえしてくれないのは、あんまりですもの。」
で、なぜこれなのだろう?
自分が今着ているものを見ながら、首をひねる。
『実は、あなたのウェディングドレスを作るときに、もう一着色ドレスを作っておいたのですわ!』
…そんな無駄なことを…と思いつつ、フィシスが出してきたものを見て目が点になってしまった。
薄紫色の、綺麗な色使いのドレスだったが、スカートの部分が短すぎるような気がする。
『これなら丈も短くて、ワンピース気分で着ることができるでしょう?』
『というか…、これでは短すぎる。こんなものを着ろというのか?』
正直、着るのは嫌だ。自分の女装は、あの結婚式だけで十分だし。
増してや美しい女性が着れば見栄えがするだろうが、僕が着たのでは見苦しいことこの上ない。
『その覚悟がなければ、ジョミーを振り向かせることなど諦めたほうがよいのでは?』
そういわれてついむきになってしまったしまったのだろう。
勢いで着てしまったが…。やはりとんでもなく恥ずかしい。しかも、この姿のまま指導者執務室へ行ってジョミーと会えというのだ。
『あなたは知らなかったのでしょうが、ジョミーは最近執務室で寝ていることが多いんですの。今晩もそのつもりのようですし。』
それを聞いて、少し安心した。女性のもとに通っているわけではないらしい。
でも…。
夜とはいえまだ宵の口で、廊下を行き来する人も多い。その彼らが、すれ違うたびに立ち止まってこちらをぽかんと眺めている様子に、いたたまれなくなりそうだ。
…さぞかしみっともないだろうな。
しかし、フィシスは自信たっぷりに、『この姿なら、絶対ジョミーは一緒に部屋に戻ってきてくれますから。』と言っていたのだけど…。
半信半疑だったが、ほかに有効な手立ても思いつかなかったことから、やるだけやってみようと思ったのだった。
10へ
作中に出てきた、ミニスカウェディングドレスは10万HIT記念誌の表紙を描いてくださったちえりさまから表紙候補と一緒にいただいたものです〜!いつか使いたいなあと思っておりまして…♪(ブルー、かわいかった…!)
それにしても、すっかり遊んでおりますなあ、私…。 |
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