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      あれから戻ってきたジョミーの態度はどうにも不自然だった。「寝てなくて…、大丈夫ですか…?」
 「熱はもう下がったから…。」
 戸惑いがちに声をかけてくるのに、首を振る。
 特に、どうということはない。熱が下がった今、動いても何ともないし、それどころか何日も熱のある日が続いていたため、むしろ身体が軽くなったようだ。
 けれど…、それとは逆に、気分は落ち込んでいる。
 「そ、そうですか…。でも、油断は禁物ですから…、無理はしないでください、ね…?」
 言いながら、やはりこちらを見ようとはしない。
 …この姿を、見るのも嫌なのか…。
 それは…そうだろうと思う。帰ったときには僕に気を遣って綺麗だとか言っていたけれど、ジョミーが気に入った容姿はこの姿ではない。
 紅いルビーの光を放つ瞳。
 そう言ってうっとりとこの目を眺めていたのは、一度や二度じゃない。分かってはいたけれど…。それでも、ジョミーに嫌われたということが…、悲しい。
 おまけに、先に見た初潮の血痕が…、余計にショックだったのだろう。男だったこの身体が、女性のものになったというだけで十分驚いてしまうというのに、その事実の判明の仕方があまりにも生々しくて…。自分のことでありながらひどくショックだったというのに、それを見せられたジョミーの内心は…、想像するまでもない。
 「と、とりあえず、本でも…読みますか?持ってきましょうか?」
 …話もしたくない、ということだろうか。
 そう考えると、なおさら落ち込んだ。
 「…いい。必要なら自分で取ってくる。」
 「ダメ!」
 戸惑いがちに話していたジョミーが、急に大声を出すものだから、つい唖然としてしまった。
 「ダメです!あなたが行くと、その姿をみんなに見られてしまうことになりますから!」
 …ああ、そうか。こんなみっともない姿を見られた上に、化け物のように目や紙の変わってしまったことを知られるのは…指導者としての体面に関わるわけか。
 しかし、次の瞬間にはジョミーはわたわたと首を振った。
 「あの、勘違いしないで下さいよ?
 僕は、他の奴らにあなたのその綺麗な瞳と髪を見せるのが嫌なだけで…。増してや、あなたが女性になったなんて知られたら、館の奴らが何を想像するか…!」
 「分かっている…。おとなしくしているから、安心してくれていい。」
 君に恥をかかせるようなことは、しないから…。
 「ブルー!」
 ジョミーは焦れたように叫んでその細い肩を掴んで…。しかし、はじかれたように慌てて手を離す。
 そして、また戸惑ったように視線を逸らして独り言のように口を開く。
 「ほ、本当に分かってます?
 僕があなたに出歩くなというのは、あなたのことを気にかけている人が多いからなんですよ?分かってますか?」
 「…分かっている。」
 指導者の君の妻なら、注目の的だということだろう?君の…、邪魔になるようなことはしないから。
 そのとき、ふっと気が遠くなるような気がした。そして、なんだろうと思う間もなく身体から力が抜ける。
 「ブルー!?」
 驚いた表情の君が慌てて手を伸ばしてくるのを、不思議な感覚で見た。触れるのが嫌でも、とっさのときには優しい性格はそのままなんだなと。けれど。
 すぐに何も分からなくなってしまったのだった。
 「貧血ですよ。」フィシスが微笑みながらそういった。
 気がついたとき、ジョミーはいなかった。昨日無理をして帰ってきたので、どうしても現地でやっておかなければいけないことあるから、いったん戻ったという話だった。
 「女性にはありがちなんです。月のものがありますからね。
 しばらく休んでいれば大丈夫ですわ。お食事をしてから散歩にでも出ましょうか。今日は曇っていてさほど暑くもないですし。」
 「…いや。ジョミーから出歩くなと言われているから。」
 「まあ。」
 自分の妻がこんな姿になってしまったことを隠しておきたい気持ちは分かるから。
 そう思ったのだが、フィシスはまったくもう、とため息をついていた。
 「ジョミーの独占欲にも困ったものですわ。ずっと閉じ込めておくことなどできるはずもないのに。あなたはそんな言葉に従う必要はありませんからね。
 ところで…、バストを測らせてもらってもよろしいでしょうか?」
 いや、僕はジョミーの妻だから…といいかけたのだが、次に続いた言葉に不思議な気分になってフィシスを見返した。
 「いくら胸が小さいからと言っても、ブラジャーくらいつけておかなければいけませんわ。じっとしていればよく分かりませんが、身体を動かせば乳房の形は何となく分かりますし。」
 それでジョミーの心配の一部は解消されますしね、と続けられるのに、首を傾げる。
 いや、それ以前に…。
 「ブラジャー…?」
 どうしてそんなものをつけなければいけないのだろうか…?
 「あら。思春期を迎えた女性はほとんどつけていますわ。」
 「それは知ってる。だけど…。」
 「今のあなたは女性ですのよ?少なくとも身体は。」
 そういわれるのに、そうだった…と思い至った。
 「ですから、女性が使う一式のものが必要になるんですわ。
 それから…、あなたは自分に魅力がないと思い込んでいますが、そうではないということを知っておかなければいけません。異性から…、今の場合は男性からですが、自分がどう見えるのか、きちんと認識するべきですわ。」
 …何のことだろう?
 そう不審に思っていると、フィシスはまたため息をついた。
 「ジョミーが閉じ込めたいと思っても仕方ないのかしら…。
 それからジョミーのことですが、決してあなたを疎んじているわけではないのですよ。言ってみれば、あなたの違う一面を見て惚れ直したんでしょうね。」
 …惚れ直した…?
 それで、どうして触れるのも嫌だとばかりに手を離したり、見るのも嫌だとばかりに視線を逸らしたりするんだろうか。
 気を遣ってくれるのは嬉しいが、どう考えてもつながらない。
 そう考えていると、フィシスはまたため息をつく。
 「…あとはジョミーにお任せしましょうか…。」
  それから程なくして帰ってきたジョミーは相変わらずよそよそしかった。しかも、眠るときになってもベッドに入ってこない。『先に、寝ていてください。』
 そう遠慮がちに言って、椅子に座って苦手だといっていた本を手に取った。しかし、本を開くその様子に、読んでいるのではなく、開いているだけだということはすぐに分かってしまう。
 『…分かった。』
 同じベッドで眠るのも嫌なのだろうから、無理強いはできない。
 そう思ってその場はうなずいたのだが、ジョミーが隣にいないと自分自身よく眠れないということに、そのあと気がついた。
 夜中に目が覚めてジョミーの気配を探すと、部屋の長いすで眠っていたり、椅子に座ったままうたた寝をしていたり。部屋にいないことすら、ある。
 そんな状態が数日続いたのだが。
 「ジョミー。」
 いつものとおりギクシャクした雰囲気の中二人で夕食をとっていたときに、思い切って話しかけた。
 「は、はい!?」
 居住いを正して慌てて返事をするジョミーをじっと見つめる。
 「僕は別の部屋で寝る。」
 は?と素っ頓狂な声を上げるジョミーに構わず続けた。
 「君はよく眠れないせいか疲労が溜まっているようだし、そんなことでは万が一ということだってあるだろう。
 だから、ここは君がひとりで使えばいい。」
 僕がいなければゆっくり眠ることができるだろう?
 …でも、それは本当の理由じゃない。
 夜中目覚めて君がいないと分かったとき。君が館のほかの女性と会っているかもしれないと思ったその気分の悪さに、寒気がした。
 それは当然のことだと思っているし、君のせいにするつもりなどない。あれからもう2週間なのだから、健全な男性なら我慢できないだろうことも、分かっている。
 「ま、待ってください、僕は別に睡眠不足なんかじゃ…。」
 言いかけたが、最近のミスでも思い出したのだろう、言葉に詰まってしまった。
 その話も聞いている。最近どうにも身が入らないようで、最も得意な魔物退治でさえ失敗することがあると。
 「人前に出る気はない。部屋を決めてさえくれれば、そこでじっとしている。」
 「いや、だからあなたが出て行かなきゃいけない理由なんて…。」
 「君の、重荷になりたくないだけだ。」
 「そんな重荷だなんて…。」
 困ったようにつぶやきながら、それでも次の瞬間には意を決したようにジョミーは顔を上げた。
 「いえ、あなたが出て行く必要なんかない。」
 「それでは君が眠れない。」
 それに…、君の相手などできない僕に、用はないだろう?
 「眠れないことはありません!」
 事実、目の下に隈を作っているくせに。
 「…気にしなくても、君と別居しているなんて吹聴したりはしない。」
 「そんなこと、誰も気にしてません!大体、別居って何ですか!」
 「別居とは、本来一緒に住む夫婦などが別れて暮らす…。」
 「意味は知ってます!!」
 むかっとしたように言い返す君に、こちらもむっとする。
 「それなら…。」
 「ブルー。」
 最近見ない真剣な表情に、どきっとした。
 何を…、言い出すつもりなんだろう…?
 「話が、あります。あなたの身体が元に戻るまでと黙っていようとは思っていましたが、当分戻りそうにないし、あなたが部屋から出て行くとまで言い出すので。
 あなたが出て行くことはない、それなら僕が出て行きます。」
 
 
 
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