自分はこんなに弱かっただろうか。
ベッドで横になって目を閉じながらそんなことを考えた。
今まで、自分の容姿が気に入られようが忌み嫌われようが、そんなことは気にしたことがなかった。というよりも、この外見は嫌悪の対象だったわけだから、嫌われるのが当然で、それが少々変わったところでおそらく何ということも感じなかっただろう。
いや。むしろ、瞳の色が赤以外になってくれれば、どれほどよかっただろう。しかし、目の色が変わったところで、僕の存在が即座に受け入れられると思えるほど、おめでたくはなかったが。
それなのに。この身体が、ジョミーからどう思われるか、気になって仕方がない。
たった一晩で、髪の色や瞳の色が変わってしまうなど、本来ありえないことだ。その現象について、不気味だと。恐ろしいと感じられるかと思うだけで、気分が落ち込んでしまう。
『詳しく検査してみないと分かりませんが、細胞が遺伝子レベルで変化しています。しかも、それは現在進行形であり、発熱がおさまらないのがその証拠です。』
つまり…、外見のみならず、他の部分も変化する可能性があるということです、と告げられて、愕然とした。
まだ、変わる可能性がある…。
この館の医師であるドクター・ノルディから、明日精密検査をしてみましょうといわれるのにうなずくしかなく、こうして夜明けを待っている。フィシスからは、夜明けまで付き添いましょうかといわれたが、わざわざそんなことをしてもらうこともないと思い、部屋に引き取ってもらった。
『明日、検査するまでは何ともいえないのですから、考えすぎないように。』
そうは言われたけれど。
でも…、検査しても分からなかったら…?
ドクターの口ぶりから、このような症例は今まで診たことがないだろうことが分かってしまう。それならなおさら原因も、それに伴い現れるであろう症状も予想できない可能性が強い。
フィシスから、ジョミーは既にこちらに向かっているといわれたが。
ブルーはぎゅっとシーツの端を握った。
…ジョミーと会うのが、…怖い。
とろけるような笑顔を浮かべ、『あなたの紅い瞳は宝石のよう』とささやかれることはもうないだろう。その代わり、不可解なものを見るような目でこちらを眺め、やがてため息をついてこちらに背を向けて…。
そんな風に想像しただけで、凍りつくような感覚を覚えた。
大切な人が去っていく耐え難い恐怖。ジョミーと一緒にいるようになってから、こんなにも臆病になったのかと自分で呆れ果ててしまう。
それとも。
…こんなにも好きにならなければよかったのか。
ジョミーに向ける愛情が深ければ深いほど、またジョミーから向けられた笑顔がまぶしければまぶしいほど。彼から嫌われたら、蔑まれたらどうしようという戸惑いが強くなる。
このまま…、ここから消えてしまえたら…。
そんな思いがよぎったとき、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「ブルー?」
ぎくり、とした。
会いたいけれど会うのが怖い。この容姿にどんな反応を返されるのか、ずっと恐れていたジョミーの声だった。
…だ…って、到着は夜明けくらいのはずじゃ…?
確かフィシスがそう言っていた。
それに、いつもは元気よく帰ってくるはずのジョミーが、こんなに静かに戻るなんて。しかし、今はまだ皆寝ている時間だからそれも当然なのだろう。
でも。おかげで心の準備も何もできてない…!
とっさに布団をかぶって自分の姿を隠した。それで、色の変化した目や髪を、ジョミーに見られなくて済むと思ったわけではないのだけど。
静かにそっと歩み寄ってきたジョミーが、ベッドサイドのシェードランプを点けるのが分かった。そして、そのままベッドに腰掛けたらしい。
「大丈夫ですか…?」
熱、まだ高いんですって?
そんな風に穏やかに話しかけてくる。けれど、返事することができない。じっと身じろぎもせず、ベッドの中で縮こまっているしかない。
「ブルー?」
優しく伺ってくるジョミーの様子に…、息を吐いて観念した。遅かれ早かれ見られることになるのなら。そう考えて、不安を押し込めてそっと布団をめくって顔を出す。
その途端、ジョミーの目が大きく見開かれる様子が見えて、ひどい後悔に襲われた。
ああ、やっぱり…。
鏡で自分の姿を見たときにも思ったが、瞳と髪の色が違うというだけで、まったくの別人に見えてしまう。だから、ジョミーの驚きは尤もなことだ。
そして次には落胆したような表情になるだろうなと思っていたのだが。
「…あなたって、何でも似合うんですね。」
感心したようにつぶやかれてしまい、こちらが呆気にとられてしまった。
「すごく…、綺麗です。
紅い瞳は、あなたの意志の強さをよく表していたと思いますが、青い瞳だと今度はあなたの純粋さが表されるんですね。」
「え…?」
…今、なんて?
一瞬、聞き違えてしまったのだろうかと、つい気抜けしたような反応になってしまった。
誰が純粋だって…?
呆然としているとジョミーはこちらに手を伸ばしてきて、抵抗する間もなく抱き込まれてしまった。
「ジョミ…っ。」
「ああ、やっぱりまだ熱は高いんですね。」
そして、ジョミーは何の躊躇もなく、自分の額とブルーのそれを合わせる。
…熱を測るんなら、普通は手を額に当てるものじゃ…?
「それに、また痩せたんじゃないですか?ちゃんと食べてます?
こんな体調では食欲がないのは分かりますが、なるべく食べるようにしてくださいね。力がつきませんよ?」
そして、硬直しているブルーに構うことなく微笑みかけてくる。
「き、気持ち悪く…、ないのか?」
こうして、色素が変化した僕が。
「なぜ?」
それなのに、ジョミーはきょとんとした顔をしているだけ。
「おかしい、だろう。普通の人間ではこんなことはありえない…。」
「そりゃ、あまり聞きませんけど、絶対にありえないとはいい切れないでしょう?何事にも例外はつきものですよ。」
現にそういうことが起こっていますし。
そうあっさりいわれるのに、つい…、ほっと力が抜けてしまった。
「それよりも、よく見せて。
髪も…、銀色というよりも、淡い金色なんだ。へえ…。」
「ジョミー…。」
まじまじと見られるのに、気恥ずかしい気持ちになる。さらに、ジョミーの手が髪をなでる仕草に、困惑してしまう。またそれが、気持ちいいと感じてしまうのだから、余計に戸惑った。
「…君は緊張感がなさすぎる。」
「そうですか?」
いいながら、今度はブルーの髪に顔をうずめる。
「ジョミーっ!」
「だって、ブルーっていいにおいがするから。」
また脱力するようなことを真顔でつぶやく。
「いい加減なことばかりいって…。」
そもそも、熱が下がらないのだからシャワーさえろくに浴びることができない。だから、何かのにおいがしたところで、それがいいにおいであるはずがない。
「だって、本当にいいにおいなんだから。」
「で、でも…。だからって…。大体、君は僕をいつまで抱いている気だ!?」
「できればずっと。」
語尾にハートマークが飛びそうなジョミーの台詞に、もうどうでもいいとさえ思ってしまう。そもそも…、僕自身がジョミーに抱かれているのが心地いいと感じてしまっているのだから…。
でも。
快い気分に流されそうになって、はたと我に返る。
「ジョミー。」
「ん?」
未だ髪に顔をうずめたままのジョミーに、言っておかなければならないことを思い出す。多分、ドクター・ノルディの診察結果はフィシスから聞いていると思うが…。
「僕自身は記憶がないが、生まれたばかりのときには瞳も髪もこんな色だったらしい。」
そう話しかければ、ジョミーの動作がしばし止まる。
「そう、誰かが言っていたのを聞いたことがある。
物心ついてから僕はずっと紅い瞳だったから、にわかには信じられなかったが。」
ジョミーは少しの間黙っていたが、そうですか、とうなずいた。口調は先ほどからの会話とほとんど変わりがないけれど。
「そうなると…、僕の色素が変化するのはこれが二度目ということになる。最初の変化のときにはどうやら僕は赤ん坊だったようだから、まだこじつければ理屈はついたのだろうが。」
「ブルー…?」
「今度ばかりは理屈がつかない。しかも…、こんなにはっきりと色が変わってしまうことなど普通ではありえない。
前に、僕は僕自身が何者なのか分からないといったが、こんな変化を目の当たりしてはなおさら。」
「ブルー。」
「それに、迷信深くなくても、この現象は異常だと感じるだろう。これが悪い予兆だと思われないという保障はどこにもない。
増してや僕は南の指導者である君の妻だ。これが原因で、君が中傷されることがあったら…。」
「ブルー!」
ジョミーの怒ったような強い口調に言葉を止め、次にこちらを見遣る鋭い視線に身体が凍りついた。いつもは優しい緑の瞳が、冴え冴えとした冷たい光を放つ。
「なぜそういつも悪い方向に考えるんですか?とにかく、検査をしてみないと、なんともいえないでしょう?
それと、そういう理由のない悪口については、いいたい人にいわせておけばいいんです。気にすることはありません。」
あっさり言ってから、今度は表情を緩めた。
「不安なのは分かりますが、あなたの場合、考えすぎるとろくなことになりませんから。」
とにかく眠りましょう。
そう、いわれたけれど。
でも、こればかりは自分を納得させられるだけの理由と言うものが考え付かなくて、眠れる自信もなかったのだった。
6へ
ジョミーと話してちょっと浮上のブルーですが!次回さらに浮上するのか、それとも撃沈なるか…! |
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