「冷たくてすっきりするでしょ?」
ガラスの器に入ったアイスクリームを食べていると、ジョミーが覗き込んでくる。
…確かに、冷たくて気持ちいい。けど。
「…僕だけ食べているのは…、気が引ける。」
ジョミーはただ食べている僕をにこにこしながら見ているだけ。
「何を言ってるんですか。
あなただって僕が食べているのに、ただスプーンを弄んでいるときがあるじゃないですか。」
呆れたようにいう。
「それはいつものことだ。でも…。」
逆のパターンというのは落ち着かない。
その様子にジョミーはくすっと笑う。
「じゃあ、少しだけもらってもいいですか?」
いいながら、ジョミーは含みありげに微笑む。何だろうと思っていると…。
「ん…っ!?」
いきなり口付けられて、アイスクリームを取り落としそうになった。そして、ついでのように唇をぺろりと舐められた。
「うん、おいしい。」
そういって満足げに笑うジョミーの魂胆を、今ようやく理解した。
少しもらうというのは、つまり…。
「ジョミー!」
「だって、あなたの唇についたアイスクリームがほしかったんだし。」
悪びれずにいうジョミーに咎めるかのごとき視線を送るが、まったく通じていない。
「それに、あなたの唇って、アイスクリームよりも甘い。」
にこにこして言う姿に、呆れて何も言う気が起こらない。そもそも、熱を出してだるいことでもあることだし。
そう考えて、はっと気がついた。
「ジョミー!口付けなんかして風邪がうつったりしたら…!」
「ああ、それいいですね。
そしたら、あなたの風邪は治るかもしれないし。風邪ってうつせば治るもんなんでしょ?でも、多分うつりませんよ。」
…なんでそんなことが断言できるんだ…?
「どうして分かる?」
「だって、ここ数年ばかり風邪なんかひいたことありませんし。
最近体調を崩したといえば…、5年前ここに来て間もなくでしたから。」
それから後は、まわりが呆れるほど健康優良児ですよ。ちょっとした怪我はしょっちゅうですけどね。
そういわれるのに、5年前という言葉が気になった。
「…その、5年前に体調を崩したというのは、環境の変化で…?」
普通の家庭に育った少年が、いきなり指導者だと崇め奉られたら、さぞかし戸惑っただろう。それならば、身体を壊しても仕方がない。
そう思っていると。
「それもあったかもしれませんが、多分知恵熱ですよ。」
「ち、知恵熱…?」
それは小さい子供が起こす発熱じゃ…?と思っていたら、ジョミーは懐かしそうに微笑んだ。
「さっき読んでいた魔法語。
たとえ使うことができなくても、知っておくことが指導者としてのたしなみだとフィシスにいわれて、鍛えられましたから。それはもう厳しく。
それに、シンは呪術的なことはすべて魔法語、神聖文字で著して封印を施していましたから、読めないとやっぱり都合が悪かったんです。前任者が使いこなしている以上、知識として知っておかないと、何かと困りますし。」
また、『シン』だ。先代の指導者であると解説を受けたが、ここまで指導者としてのジョミーの心を占領しているのか…。
「精霊文字はさっき言ったとおり、精霊の力を借りることのできる文字で、シンは魔物の殲滅のために使っていましたし、僕はお守り代わりに使っています。
一方の神聖文字とは占術、呪術に使われる文字です。人あらざるものの力を借りるという点では同じですが、精霊とはまた違う力だと僕は思っています。フィシスが使うのはこちらです。
そんなわけで、神聖文字、精霊文字の魔法語を仕方なく学んだはいいんですが、いっぺんに知識を詰め込もうとしたせいか、熱を出しましてね。」
そう笑いながらいう。
「いきなり40度の高熱を出しましたが、翌日には平熱に戻っていました。だから、赤ん坊並みだとさんざん馬鹿にされましたよ。
それでも、各地の神社仏閣に行って、これナニ?って顔しなくていい分、助かってます。
ただでさえ、何も知らない若造なんですから、あまりにも物知らずだとまわりはもっと不安でしょうし。」
…ジョミーだって安穏と過ごしてきたわけじゃない。指導者としてずっと努力し続けてきたんだ。
そう思って申し訳ない気分になった。
ジョミーのいう理想論、悪くいえばきれいごとと思えるものは、彼が何も知らない温室育ちだから口にするものでは決してない。5年という時間の中で、彼が指導者という立場に寄せられる期待と羨望に、どれほどの挫折を味わってきたのか…、まったく考えなかった。
何も知らないといえば、それは自分のほうであって…。
「………?
どうしました?もう疲れて休みたいとか…?」
黙っていると、ジョミーがそんな風に伺ってくる。
「僕の話ばかりでつまらなかったでしょう?
じゃあ、少し眠りましょうか。」
そう言われるのには首を振った。
眠たいわけでも、君の話がつまらないわけでもない。ただ…。
「…君の、5年間を考えていただけだ。」
歴代指導者の中で1,2を争うといわれたサイオンの持ち主『シン』の跡を継ぎ、魔物と戦って、皆を守って。
そんなことは当然のことと思っているようで、君は口に出さないものだから、僕は君の苦労にまったく思い及ばなかった。
「以前僕は、君のいうことはきれいごとだといった。それを…、許してくれるだろうか?」
「は…?」
呆気に取られたようなジョミーが、次にはくすっと笑う。
「そんなこと、全然気にしてません。
大体、それを言い出したら、僕だってあなたに随分とひどいことをいっているんですから。」
「でも…。」
「じゃあ、僕が以前言った、考え方が偏っているだの、頑固だのといった言葉を許してもらえますか?」
…確かに言われたことがある言葉だが…。
「それは本当のことだから、謝るようなことじゃない。」
するとジョミーは、じゃあお互い様ですと笑う。
「僕のいうことがきれいごとだというのも本当のことですから、あなたが謝る必要はありません。
でも…。こんな風に許しあうのも、悪くないですね。」
そういわれるのに、心が温まるのを感じた。
僕も…、そう思う。
うなずこうとしたそのとき。
「ジョミー!すぐに指導者執務室へ来てくれ!」
慌しいノックの音とともに、切羽詰った声が聞こえた。
ジョミーは怪訝そうにしながらも立ち上がって戸口へ向かう。ジョミーが開いたドアの向こうには、黒髪の青年が立っていた。
「何か…、あったのか、キム?」
「リオの部隊が消息を絶ったらしいんだ。」
「リオが…!?」
その言葉に、愕然とした。
リオとは何度か会ったことがある。ジョミーの片腕で、冷静で穏やかな性格の青年だ。
「…分かった。先に行っていてくれ。」
ジョミーはそういってドアを閉めてからこちらを振り返った。表情には辛そうな色を浮かべている。
「あの…。」
「早く行ったほうがいい。消息を絶ったというのなら、何かあったに違いない。
僕は大人しく寝ているから。」
…本当はもっとジョミーと話していたかった。けれど、そんなことを口にするわけにはいかない。ジョミーが困る。
「…すみません。
でも、本当に具合が悪くなったら、ドクターを呼んでもらうようフィシスに言伝ておきますから。」
「心配はいらない。寝ていれば治る。」
もう一度そういうと、ジョミーはやっぱり頑固ですねと笑った。
「なるべく早く、戻りますから。」
そういいながら彼は頭を下げてから、部屋を出て行った。
…仕方ない、ジョミーには立場と言うものがある。それに…、リオのことも心配だ。
そう思って、今度は眠るべく目を閉じた。
しかし予想は外れ、5日経った今も熱は下がる気配を見せなかった。さして高熱でもないが、微熱といえるほどでもない、38度くらいの熱がずっと続いている。
お医者様に診ていただきましょう。
フィシスはそう言っているし、現地に行っているジョミーからも絶対ドクターに診てもらってくれと伝言を受けているらしい。
ちなみに、リオの部隊は半壊状態にはなってけが人は出たらしいが、死者は出ていないそうだ。
「では、明日になって熱が下がらなかったら…。」
「本当に明日こそは診てもらわなければいけませんわよ?」
毎日同じことをいっていますから。
いいながら、フィシスは顔をしかめた。
診察とはいえ、あまり痩せさばらえた身体を見られたくないから、などというとフィシスに笑われそうだったから黙っていたけれど…。
でも本当にどうしたんだろう?
発熱しても、ここまで長引いた経験はない。少なくとも、段々と体調は元に戻っていくものなのだが、今回はまったく治る様子さえ見えない。
夜になっても状況は同じだった。熱はただでさえ体力のない身体を蝕み、歩くことすら難しい状況だ。
…喉が渇いた…。
ふと、夜中に目が覚めた。ジョミーはまだ帰っていないらしい。隣を見ると誰もおらず、やはり誰かが寝ていた様子もなかった。
少し悩んだが、いざとなれば這っていこうと思って、洗面所へ向かう。喉が渇いただけでなく、汗で気持ちが悪かったから顔を洗おうと思って、ふらつく足取りで何とか洗面所に辿りついた。
明かりをつけて、顔を洗ってから目を上げる。目の前には大きな鏡がある、はずなのに…。
そこにいたのは、見たことのない人影。
薄いブロンドの髪に、水色の瞳。この向こうに誰か知らない人が立っているのかと思って息をつめて見つめていたのだが。
それが、自分の姿だと理解した途端、声にならぬ叫びを上げて、硬直してしまった。
…どうして…?
心の中で誰何する。
…どうして、今更?
4へ
そろそろ、新婚モードから抜けますね〜♪やっぱり新婚モードは甘ったるいかも。 |
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