「それで、君の致命傷になったという毒の成分は?」
とにかく、解毒が先だ。時間がないのだから、ぐずぐずしている暇はない。
『…そんな難しいこと、僕に訊きますか?』
それなのに、ジョミーは眉を寄せて逆に問い返してくる。
「…まさかと思うが、知らないのか?」
『分かりません。』
あっさりと言われるのに頭痛がする。
ジョミーはどこまで自分のことに無頓着なのだ。
「神経系が中心にやられているとすれば、蛇毒や蠍毒のようなものだと思ったが。」
『じゃあそうなんじゃないですか?』
「もっと真剣に考えろ!」
成分検査から始めなきゃいけないのか!?
ただでさえ時間がないというのに、と苛立ってつい口調が荒くなる。それに対してジョミーは困ったように頭を掻いた。
『そんなこと言われたって…。
あ、フィシスなら分かるかも!』
いいことを思いついたと言わんばかりに顔を輝かせるジョミーに、つい時計を見てしまう。すでに、日付が変わってしまっている。
「君は今何時だと思っているんだ…?」
しかし、フィシス以外分からないとなれば、起きてきてもらうより他はないが。
『大丈夫ですよ、フィシスは寝てませんから。』
それに対して、ジョミーはにこやかに言う。
何で分かるんだろう…?
これはジョミーの指導者としての特殊能力の一部なのか、それとも指導者と預言者、若しくは相談役としての絆の強さなのか。
そう考えると同時にむっとする。嫉妬している余裕などないのに、そんな風に感じてしまう。
『大きいのは指導者としての力ですね。それと、フィシスの預言者としての力。後はこうして僕が精神体になっていることと。』
普段は精神感応さえろくにできませんけど。
そう言われるのに、さらに腹が立つ。
「…君の指導者としての力は分かったが、いちいち心を読まなくてもいい。」
別に読まれて困るわけじゃないが…、決まりが悪い。音声だけが聞こえる声よりも、さらに感情を反映してジョミーに伝わっていると思うだけで、気恥ずかしくなる。
『あ、すみません!今、あなたの心の声は肉声と同じくらいよく聞こえるもので…。
でも、あなたの気持ちがよく分かって、僕は嬉しいんですけど。』
…これまた緊張感のない半死人である。
にこにこしながら言われるのに、もうどうでもいいと思ってしまう。むしろ、今のジョミーのほうがよほどいつもの彼らしく思えるのだから。
「…もういい。
では、フィシスにはすまないが、指導者執務室まで来てもらえるよう頼んでくれないか。」
『あ、そっちなんですか?今ここに来てくれって言いましたけど。』
いつの間に…。
そう考えたが、テレパシーでの会話はこちらとの会話とは別物なのだろうと結論付けた。
「指導者執務室には、魔物に関する本は多い。
あれは指導者自らが集めているのだろう。」
そう言えば、ジョミーは目を丸くする。
『…よく分かりますね。それから妻の相談役とが。
誰かから聞きました?』
「いや。5年以内に発行された本がないから。」
綺麗に5年ほど前からの書物がない。それ以前は相当昔からあるというのに。
5年前といえば、ジョミーが指導者になったころだろう。ジョミーは本を読むのが苦手で、自分の部屋に置いてあるものは知識の詰まった書棚というよりはただの壁としての認識しかない。と言うことは。
指導者執務室にある山のような書物は、歴代の指導者が長い年月をかけて蒐集していたものだろうということは簡単に推測できた。
『…ああ!そういうことですか。』
ぽんと手を叩いてぱっと顔を輝かせるジョミーに、複雑な気分になった。
…こんな場合でなければ、納得するなと言いたいくらいだが…。しかし時間がないので、無視してジョミーに背を向けた。
「ブルー。」
先に執務室に到着していたフィシスが振り返る。
「…ジョミーから聞いたんですね。」
彼女にしては、警戒の色が伺える。
…それもそうか。彼女はジョミーとともにこの地を守るものだ。もしこれで失敗でもしようものなら、大惨事になるだろう。そのくらい、ジョミーの指導者としての力は強く、魔物に利用されることは避けなければいけない。
…どんなにジョミーに生きていてほしいと願ったとしても、彼女には占い師兼相談役という皆を守る立場があるのだから。
「…あなたに言っておきたいことがあります。
もしジョミーの解毒が不成功に終わった場合は、潔く諦めてください。そう誓っていただけない限り、私は協力できません。」
…言われると思っていた。
ジョミーの仮死を知りつつも、火葬にせざるを得ないという判断を下さなければならなかった状況をひっくり返すことのできる根拠など何一つない。そんな無謀なことに協力しろといわれても、彼女の立場なら困るだろうと。
「…分かっている。
ジョミーにとって不本意な結果に終わるという見込みが立った時点で諦める。」
ジョミーが守るものを傷つけて、悲しませてまで自分のわがままを通そうとは、もう思わない。
『フィシスの前では随分と素直なんですね、あなたは。』
「…!?」
しかし、どこからかジョミーの拗ねた声が聞こえて慌ててしまう。
『さっきまで、散々駄々をこねていたのは誰なんですか?』
「駄々って…。」
二人の目の前に、ジョミーが姿を現す。
やはり向こうが透けてしまうような姿だが、さっきと違うのはその表情だろう。フィシスに嫉妬してますということがもろ分かりな顔つきに、頭痛がしてきそうだ。
『僕には先に逝くのは許さないとか、後を追うとか脅迫まがいの言葉で困らせてくれたくせに。』
それをこんなところで言わなくても…!
そんな恨み言に反論しようとしたのだが。
「ではジョミー、あなたはブルーから『さっさと逝ってくれ、君に代わる相手を早く見つけるから』と言われて、嬉しいのですか!」
それより先にフィシスがそう言い放つ。
それに対して、いや、それも悲しいけど…とぼそぼそつぶやいて、ジョミーは頭を掻いた。
「そんなつまらないことで拗ねてないで、早く身体に戻ってください。そうやって精神体でいることが、どのくらい自分自身に負担をかけているのか分らないわけではないでしょう?」
その言葉に驚く。
負担…?こうして姿を現しているだけで、ジョミーには無理がかかっているのか?
しかし、ジョミーはというとそんなことはまったくお構いなしで、にっこり笑いながら嬉しそうに言う。
『大丈夫、ブルーがキスしてくれたから!』
…だから?
だから、それと君が精神体でいることと何の関係がある?と言いたくなったが、フィシスはそれでですか、と納得したようだった。
「…とにかく、はしゃいでいないで身体に戻ってください。力は温存しておくに越したことはありません。」
何があるか分かりませんから、とフィシスに呆れたように言われるのに、ジョミーは次には神妙な顔をしてうなずいた。
『うん、分かった。じゃあ後はよろしく。』
緊張感なく手を振ってから姿を消すジョミーの姿に、フィシスはいかにも疲れましたと言わんばかりに肩を落としていたが、そのうちくすくすと笑い出した。
「…あなたのキスがなければ、ジョミーは自分の仮死を維持することにすべての力を傾注せざるを得なかったはずなのですが。」
妙に余裕が出てますねと言われるのに、顔が熱くなった。
それにしても。
口付けにはそんな力があるとは思わなかった…。
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ようやくサイト更新!何でこんなに時間がかかるかなあ〜、私!次こそはジョミー復活を! |
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