「君の後悔はいいが。」
『いいんですか…?』
ジョミーが不満といった風につぶやく。
…君は僕に快く送ってほしいのか、そうじゃないのか、一体どっちなんだ?
「いくら何でも、明日が出棺というのは早すぎる。」
もう少し一緒にいられないだろうか…?せめてそのくらいは許されるのではないかと思ったが。
『残念ながら、それが限界です。』
ジョミーは悲しげにかぶりをふる。
『せいぜいが明日の午前中まで。それ以上になると、この身体が僕の支配を離れてしまいます。』
何か…、違和感を覚える。
支配、とは何だろう…?
『フィシスから聞いたかもしれませんが、僕の身体はそれだけで力となりますから、この中に魔物が入り込んでしまうと、まさに凶器です。今はそれを防ぐことができますが、ときが経てばそれも叶わなくなります。
本来なら即刻火葬だったんですが、僕が仮死を保っていたのでフィシスが気を回してくれたようです。』
ジョミーは寂しげに微笑みながらそう言ったが。聞き逃しそうになってしまうほど、あっさり言われた言葉に呆然となった。
…ちょっと待て。今、何て…?
『何はともあれ、あなたとお別れができたんですから、それでよしと…。』
「待て!今何て言った!?」
ジョミーは独白を遮られて、不審そうに首を傾げる。
こちらが慌てている理由が分からないらしい。
『え…?
あなたとのお別れが…。』
「その前!」
『…フィシスが気を回して…?』
「その前だ!」
今度はうんざりしたように顔をしかめる。
『何ですか、もう。
即刻火葬だったんですが、僕が仮死を…。』
「仮死なのか、君は!?」
なぜそれを早く言わないのだ!?
そう怒鳴るように言うのに、ジョミーは何かに思い当たったように、ああと言ってため息をついた。
『でもそれは、そんな前向きな仮死じゃないんですよ。単に魔除けのためで…。』
「前向きだろうが後ろ向きだろうが、君はまだ生きているんだろう!」
『まあ、生きているといえば生きていますけどね。』
どこか他人ごとのように言うジョミーに、腹が立つ。自分の状態に対してもっと頓着してもいいだろうに。
それに、さっき口付けたときの冷たさ…!
なぜあのときに気がつかなかったのか。遺体の体温は室温程度にしか下がらないというのに、まるで氷のように冷たかったのは…、ジョミーが自らの意思で体温を下げ、身体の機能を最小限にして生命活動を維持していたためだったということに。
フィシスからジョミーが死んだと知らされたとき。仮死という可能性をまったく考えず、何の疑問もなくその言葉を受け入れてしまったのは迂闊だったと痛感した。
「では、君の支配を離れるというのは…。」
『僕が完全に死んでしまって、この身体はただの入れ物になってしまうということです。』
やはり、人ごとのようだ。その冷静ささえ、今は恨めしい。
「それならこうしている場合じゃないだろう!」
ジョミーの言うとおり、仮死も放っておけばいずれは本当の死を迎える。その前に蘇生措置を取らなければならないのに。
『でも、仮死を解いて生命活動を再開すれば、魔物の毒でやはり死ぬことになりますから同じことです。それにそんなことをして、この身体を魔物に空け渡すわけにもいきませんから。』
あくまでジョミーは落ち着いて自身の身体の、というよりも入れ物の状態を分析している。
『ブルー、あなたが何を考えているかは分かりますが、他に方法はありません。仮死を保ったまま葬られるのが今の場合は最上の策です。
フィシスがあなたに僕の死亡を伝えたのは、変に期待を持たせないためだったのだろうと思います。』
それでも。
「それでも…、君はまだ生きている。」
釈然としない。
仮死とはいえ生きているのに、その可能性さえ無視して死んでいこうとする君が。足掻くことすらしない、その潔さが。
…いつもの君らしくない…。
『…それはそうですが…。』
自分の生存の可能性などまるで考えていなかったようで、そう言われてジョミー自身が戸惑っている。
「毒、と言ったな。それなら、解毒の方法さえ分かればいいのか?」
一度は諦めたけれど。それでも、まだ可能性があると知らされては、思い切ることなどできない。
『…解毒剤はありません。それに、解毒剤があったとしても問題はまだあります。
即効性の毒のせいで身体の神経系がほとんどやられてしまっていて、生き返ったところでどこまで元の状態に戻せるか分かりません。』
自分の体のことなのに、ひどく事務的だ。しかし、今は感傷に浸っている暇もない。
「それで、今はどのくらいの神経組織が生きている?」
『視覚神経、聴覚神経…、神経と名のつくものほとんどダメですね。あと、筋肉組織で壊死してる部分もあると思います。
上手く生き返ったところで、悪くすれば寝たきりです。』
ジョミーの身体の状況が、思ったよりもひどいものだと知って愕然となる。
毒を消せたとして、その状態をどの程度まで回復できるのか。いや、それ以前にジョミー自身が解毒剤がないと言い切るのに、毒を消すことなどできるのか皆目見当もつかないが…。
「…そんな生は不本意だろうな…。」
万が一、君がこの先生きていられる方法があったとしても。
最悪、目も見えず、音も聞こえず、身体さえ動かすことができず。そんな身体で生きているなど、苦痛だろうが。
『ブルー?』
ジョミーが首を傾げて伺ってくるのに、今度はその彼を正面から見つめる。
「もし、君が蘇生する方法があるのなら…。
僕が…、君の目となり、耳となる。君の身体の自由が利かないというのなら、僕が君の身体の一部になる。それでは…。」
ダメだろうか。
生きてさえいてほしいと願うのは、やはりわがままだろうか…。
ジョミーはただ黙ってこちらを見つめていた。困惑しているように見えるのは、思ってもいなかったことを言われたからだろうと。
『…僕が考えつく限り、生き返る方法はありません。』
ジョミーはしばしの沈黙ののち、静かな口調で言った。
次に来る否定の言葉を想定して、ついうつむいてしまう。
『でも、あなたのほうで何か考えがあるなら、僕はあなたの言うとおりにします。もし、方法があるなら僕もあなたとともに生きてみたいので。』
笑みを含んだ台詞に顔を上げると、ジョミーのまぶしい笑顔がそこにあった。
『ただ、ここでは一番博識なフィシスが匙を投げている状態ですから、無理をしなくても…。』
「僕のことはいい。君は自分のことだけ考えていろ。」
こんな状態なのに、人に気を使っている暇はないだろう。
その言葉に、ジョミーは目を瞠ってから。
『分かりました。では、よろしくお願いします。』
丁寧に頭を下げたのだった。
25へ
あああ、すみません。またこれが連続更新で…。他の話もちゃんと書いてはいるのですが…。次こそは! |
|