『僕だって、この後あなたと未来を分かち合うことができないことは悲しい。だから、あなたが僕と一緒にいきたいと言ってくれて、嬉しかったのも事実です。
でも、あなたは僕の所有物じゃありません。れっきとした一個人です。僕の自由にできるわけじゃない。』
…こんなときにまだそんなことを…。
「君の得意な綺麗ごとか…。」
君が真実そう思っているなら、その心に従って思うままに振舞えばいいのに。
しかしジョミーはその言葉にむっとしたようで、憮然とした表情を浮かべ不機嫌そうに問うた。
『あなたが逆の立場ならどう思います?
僕の気持ち、分かりませんか?』
「あいにくと、僕が死んだわけじゃない。」
そのほうがどれだけよかったか。
『ああ、そうですよね!そのとおりです…!』
だがジョミーは声を荒げたと思うと、すぐに沈痛な表情を浮かべる。ここにジョミーが現れて、初めて浮かべる悲しげな顔だった。
『…人の気も知らないで…。』
そうつぶやいた言葉には、やるせない、悔しいような悲しいような響きがあった。
再びこの場に現れたときから、ジョミーは全く動じない平気な顔でいたから。置いて行かれると思う自分の心に余裕なんてなかったから。
…ジョミーの気持ちを後回しにしてしまった。彼なりにこちらを思いやってくれていたというのに。
『僕だって、あなたとこの先一緒にいられないなんて…、辛い。本当は…。』
生きていたい。
それでも許されない。
彼が両手で顔を覆うのに、泣いているのかと思った。
考えてみれば当然のこと。これから先にある輝かしく洋々たる前途をあきらめなければならないのは、ジョミーのほうだ。
「すまない…。」
泣き出したい気持ちをこらえて気丈に振舞っていたというのに、そんなことも考えずに。何も悪くない君を、罵倒して…。
それなのに。
楽観主義で前向きな君の、そんな姿を見ているのは、もっと悲しい…。
「…すまない…。」
できるなら…、代わりたい。君のほうが、僕よりも生きている価値がある…。
『 『あなたとの』! 輝かしく洋々たる前途、です。間違えないでください。』
再び不機嫌そうに言われるのに、無意識のうちにそらしていた目をもう一度ジョミーに向ける。
その彼はというと、今度はこちらを見て苦笑いしていた。
『まったく…、あなたはすぐに勘違いするんだから…。そんなんだから、僕が本当は何を悲しんでいるか分からないんですよ。』
そういうところが心配で死に切れないんですよね、とつぶやいている。
その生前と変わらない姿に、気持ちが緩むのを感じる。
…やはり、君は天使だ。
『言っておきますが、あなたと一緒でなければ、僕に未来があっても輝かしくも何ともありませんからね。
とにかく、あなたのその早合点と勘違い、直してください!』
天使のしかめっ面を見ながら言われた内容を考えるよりも、なぜ考えていることが分ったんだろうという疑問のほうが先に立った。
そう言えば…。最初に現れたときも、『それ以上自分を責めないで』と言われたと、今更ながらに思ったが。
『…そういう力はもともとあるんですよ。
ただ、僕はその力を使うのが苦手なので、普段のときはあなたが何を考えているかなんてよく分かりませんが…。今は精神体なので、あなたの考えていることは口に出さなくともほぼ分かるのだろうと思ってます。
とにかく。』
そう解説してから、じっとこちらを覗きこむ。
『…そんな顔はやめてもらえませんか…?
僕の冥福なんかどうでもいいですから、せめて最後に笑顔を見せてくれるとか、僕の分までがんばって生きると言ってくれるとか。』
できるはずが…、ない。
誰よりも絶望を感じているはずの君に慰めてもらうなど、情けなくて涙が出そうなのに…。
それでも、虚勢さえ、張れない。
『…あなたがどう思っていても、明日には僕の身体は火葬になります。』
それが、魔物に冒されたものの処理方法です、と。
そう神妙な顔で続けられるのに、暗く澱んだ気持ちになってしまう。処理、という言葉にひどく事務的な冷たい響きを感じて。
魔物を退けるのは君の役割なのは分かっているが、何も自分の身体すらその延長線上に考えることはないだろうと。
そう思っていたら突然。
『…ねえ、初めて会ったときのこと、覚えてます?』
さっきまでとは一転して笑顔を浮かべるジョミーに、急に何を言い出すのだろうと不思議な気分になって見返してしまう。
『僕は、あんな凄惨極まりない状況の下であなたのその瞳に見とれてました。この家にこんな綺麗な人がいたのか、何でもっと早くに気がつかなかったんだろうって。』
僕も…、君に見とれていた。翼がなくても、天使に見えた君に。
思えばあのときから…、君のことが好きだったんだろう。
『あなたは知らなかったと思いますが、僕は頻繁にあの屋敷に出入りしていたんですよ。あなたの家のご当主と、友好な関係を持とうと必死になって。
彼女は自分の意見を曲げない方でしたが、僕も諦めが悪いんです。拒否されると、なおさら食い下がりたくなるほうで。結局、彼女とは最後まで平行線でしたけどね。』
指導者としての責務というよりも、ときに子供っぽいジョミーのこと、単に意地になっていたような気がした。ジョミー自身も根競べのような気分でいたような節がある。
それよりも…、君はそんな目にあっていても、まだ彼女に敬語を使うのかとふと思った。
…君は自分を死に追いやったものでも、そんな風に許してしまうのだろうな…。
『でも、あなたは美しい人だと感じながらも、最初のうちはこんなに好きになるなんて思っていなくて。
あなたに対する思いを自覚したのは、あなたがここに来て3日目に、僕が死にかけたときです。』
ああ、そう言えばそんなこともあったか。
随分昔のことのように思うが、ほんの2、3週間ほど前の話なのだ。
『最後だから白状しますが…。
あのとき魔物との戦いで深手を負ったんですが、実はその魔物は強いわけでも何でもなかったんですよ。ただ、特殊な能力を持っていただけで。なんだと思います?』
意味深な笑みを浮かべているからには、何かありそうだが…。もともとそんな推理能力もないし、早々に白旗を揚げることにする。
「…分からない…。」
そうですか、とジョミーは微笑んだ。
『相手の心を読み、その相手がもっとも愛している人に姿を変えられる能力です。
ここまで言えば分かるでしょうが…、その魔物はあなたの姿を借りて僕の前に立ったんですよ。』
そのときは死にかけたはずなのに、ジョミーは嬉しそうに笑った。
『変なところでお墨付きをもらった気分でしたね。
まったく自覚がなかったわけでもないのですが、あなたに対する思いを本当に自覚したのはその後でした。全然反撃ができなくて、魔物に一矢報いることもなく、倒されてしまいました。おかげで、一緒にいたものは呆れ返るし、フィシスには馬鹿にされました。』
「それは…、そうだろう。」
魔物と戦う君が、そんな体たらくではまわりはさぞかし混乱しただろう。
『ひどいですね、あなたまでそんなことを言うんですか?』
ブルーを責めながら笑っていたジョミーは、懐かしそうに遠くを見た。
『確かに…、魔物だと分かってはいたのですが、あなたの姿を持つものにこのまま殺されるのもいいかと思ってしまったくらいでしたから。あなたの姿をこの目に焼き付けて、そのまま逝けるのなら、それはそれでいいと。』
でも、と続ける。
『僕の命を救ったのもまたあなたなんですよ。
瀕死の僕に、手を差し伸べたのはあなただったんです。』
何のことか分からない。
そのときは、ここで君の側に行けない自分に歯噛みしていたような覚えはあるが。
「それは…、君の夢か幻だろう。」
『そうとも言いますね。』
そう言って、ジョミーはいたずらっぽく笑う。
『でも、結果的に僕はあなたに救われたんですよ。
あなたが僕を呼んでくれなければ、僕はあのまま死んでいたでしょう。出会って3日目にして片思いのまま、あなたに想いの丈も告げられずに。』
だから、僕にとっての天使はあなたなんですよ。
そう続けられるのに複雑な気分になる。
「それは…、君の思い込みだろう。」
『そうですよ、あなたの十八番をとって悪かったですね。』
言ってみて自分でおかしかったらしく、肩を震わせて笑っている。
十八番って…。そこまで思い込みは激しくないと思うが…。
何を思ってジョミーがこんな昔話をしだしたのかは分からなかったが、不思議と、心が凪いだような気がした。
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