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    ずっと、どうしてという言葉が渦巻いている。   どうして、ジョミーが死ななければいけなかったのか。どうして、ジョミーと親しげに話す彼女に嫉妬などしてしまったのか。
 どうして、ジョミーの求婚があった時点で、きっぱり断っておかなかったのか。
 どうして、ジョミーに出会ってしまったのか。
 どうして…、僕はここまで生きながらえてしまったのか…。
  考えても仕方がない。時間は元に戻らないと、頭では理解しているのに。でもそんなことばかり考えている。
 『指導者となった時点で、ジョミーはかつて一緒に暮らしていた家族と縁を切った形になっていますので、彼のお母様や妹さんには連絡しません。
 代替わりすれば、いずれ知ることにはなるでしょうが…。
 ですから…。もしよろしければ、あなたがジョミーの家族として出棺までの間、付き添っていてもらえませんか?』
 そう言われて最初に思ったのが、自分にそんな資格があるのかということだった。
 間接的とはいえ、ジョミーを死に追いやったのは自分であり、誰よりも責められるべきだろうと。
 だからジョミーには悪いが、彼の死が家族に知らされないと聞いて、ほっとしたくらいだ。あわせる顔もないし、謝罪する言葉すら、ない。
 『ジョミーはあなたを妻にと望んでおりましたもの。他の誰がいて下さるよりも喜ぶと思います。』
 でも、とフィシスは続ける。
 『一人では辛いようなら…。私も、一緒にここにおりますが…?』
 心配そうにそう言ってくれたけれど、感謝の言葉を添えて辞退した。むしろ…、ジョミーの家族として扱ってくれるというのなら、二人だけにしてほしかった。最後の別れというのなら誰にも邪魔されたくはなかった。
 ただ、勧められた椅子だけは受け取った。ずっと立ちっぱなしでいられる自信がなかったから。…この体力のなさの原因である偏食のことでは、ジョミーに散々叱られたなと、そんなことまで頭に浮かんで、落ち込んだけれど。
 すでに外は日が落ち、暗くなっている。蝋燭の明かりだけが、礼拝堂の中を照らしており、その炎の揺らめきとともに、ジョミーの表情が変わったように見える。
 ただの錯覚なのに。
 このままふっと目を開けそうな気がして。
 でも、淡い期待は次の瞬間にはあっさりと裏切られ。
 …そんなことを何度繰り返しているのだろうか。
 思い出すのは、些細なことばかり。
 振り回されて、喧嘩して、そのあと何となく仲直りして、最後にはジョミーの笑顔に救われて。そんな日常をずっと繰り返していけるものだと思っていたのに。
 …うそつき…。
 約束したくせに。僕は死なないと、その舌の根の乾かぬうちからこんな状況に陥るなど。
 …僕など庇わなければよかったのに。
 君に置いていかれるくらいなら、僕が死んでいたほうがまだマシだった。そう言ったらきっと君は怒るだろうけど。でも、少なくともこんな思いをせずに済んでいただろう。
 それに、君の優しさが恨めしい。
 『…あなたが到着する前…。ジョミーが亡くなる直前に、彼がテレパシーで伝えてきたのです。
 自分の死はしばらく伝えないでくれと。あなたは疲れ切っているから、まずは休ませてあげてほしいと。』
 そのときに初めて、ジョミーが助けを呼んできてくれと言ったのは、自分を看取らせないための方便だったと知った。テレパシーが使えるのなら、そんな必要もない。
 結局、僕が君の死を知ったのは、君が亡くなって1日以上も経った後だった。それまで君が故人となっていたことなど露ほども知らず、安穏と眠りこけていたなど、今となっては情けなくて悔しくて。
 いや。
 そんなことでジョミーに八つ当たりするなど、とんでもないことだろう。そもそも、これは自分自身が招いたことで、ジョミーはその犠牲となったに過ぎない。
 そう思って、改めて考える。
 …僕は一体何者だろう…?
 思えば今まで見ないふりをしてきたこと。誰にも何も言われないことをいいことに、ずっと何も考えず、何も感じずにここまで生きてきた。
 でも、こんな事態を引き起こしておいて…、ジョミーを失ってまで目をそむけていて済む問題じゃない。
 『そやつのためにお前は死を迎える。さらに累はお前だけでなく、お前の周囲にも及び、お前の国は滅ぶだろう。』
 【グランド・マザー】の言うとおり、僕は災いを呼ぶものなのか…。このままでは、ジョミーが守っていた身近な人や彼の国にも災いが降りかかるのだろうか。
 答えは分からない。答えられるようなものもいないと思う。
 けれど、もしそうだとしたら、取るべき手段は決まっている。ジョミーが守っていたものにまで害が及ぶようなことだけは避けなくてはいけない。
 それでも…、彼の火葬が終わるまでは、彼の身体が無くなってしまうそのときまで、見送ろう。彼を看取ることができなかったのだから、そのくらいはしたい。
 すべてが終わった後には…。
  『まったく進歩のない人ですね…。』『あなたは難しく考えすぎるんですよ。』
 
 不意に、在りし日のジョミーの言葉がよみがえる。
 ジョミーならば。
 ジョミーならば答えを知らなくても、きっと何の気負いもなく、進むべき方向を決めてしまうだろう。
 浅慮で、ものごとをろくに考えずに行動する、型破りな指導者。長としては眉をひそめられることも少なくないだろうと思われる、楽観主義に。
 …どのくらい救われていたのかと、今更のように思い知る。
 しかし。
 もう、何も言ってはくれない…。
 ジョミーの横顔を見ながら、ふと童話を思い出す。
 お姫様は王子様の口付けで目を覚ます…。たしか、『白雪姫』だったか、『眠り姫』だったか。
 そんなことを思い出して、頭を振る。
 馬鹿馬鹿しい、ジョミーは姫ではないし、自分は王子でもない。
 でも。
 もしかして、と思ってしまう。
 立ち上がり、そっとジョミーの頬に手を添えてみる。
 冷たい、と思った。まるで氷か何かに触れたかのようで、すでに彼が亡くなっているという事実を否応なく突きつけられる。
 それでも。
 万が一にも…。
 身をかがめ、自分の唇をジョミーのそれに重ねる。
 やはり、冷たい。鼓動が止まってしまっただけで、こんなに冷たくなってしまうものなんて。
 …童話の口付けも、こんなに冷たいものなのだろうか。触れているだけで身震いがするほどだ。王子はこれで姫が目を覚まし、ハッピーエンドなると信じたのか、はなはだ疑問だ。そのくらい、この唇は未来を否定するかのように冷ややかだ。
 しばらくして身を起こす。
 ジョミーは、さっきと同じように目を閉じたまま、静かな表情で眠っている。まったく変わりがない。
 …おかしい…。
 その様子に、自分を嗤いたくなる。
 何を期待していたんだろう、童話を真に受けるような年でもあるまいに…。
 ありえないと分かっていたはずなのに。
 口付けで死者が目を覚ますなど、おとぎばなしの世界の絵空事。そんなことが現実に起こったら、この世は死ぬ人間などいなくなる。
 それに。
 言ってみれば、これは自業自得。
 それなのに、ジョミーが死んだことよりも、自分がジョミーを失ったことが辛いだなんて。
 …身勝手にもほどがある。
  …で。   …何か聞こえたような気がしたが…。気のせいかと思って再び椅子に腰掛けたとき。
  それ以上、自分を責めないで。僕の愛しい人。   両側に、透き通る白い翼が見えた。同時に後ろから緩く抱きしめられるかのようなふわりとした感覚に、緊張が解けるのを感じた。
 
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        | 早々の再登場となりました!キスで出てくるとは、ジョミーって結構即物的…。 |   |