「あなたが、この空間を自分で呼び出したと思った理由は何ですか?」
唐突に。
至極まともなことをジョミーから訊かれて、困ってしまった。理由も何もない、これは自分の心に呼応して出現したものなのだから。
「理性派のあなたにしては、珍しく直感的なんですね。」
返答に窮している様を見て、ジョミーは笑う。
「とすると、やはりあなたが何を考えていたのか聞きたいところですけど。」
「それは…。」
あまり言いたくないが、仕方ない。君を巻き込んでしまったのだから…。
「君と、あの女性ジャーナリストのことを考えていた。」
それを聞くと、ジョミーは額を押さえながら、深いため息をついた。
「やっぱり!そうじゃないかとは思ってましたよ。」
さらに、何でこう予想通りなんでしょうね、あなたは、とぼやいている。
「僕の妻にはスウェナのほうがいいとか、あなた自身とスウェナを比べて、彼女のほうが活動的でしっかりしているとか、それで自分勝手に落ち込んでいたんじゃないんですか?」
…なぜ分かったんだろう…?
「…それに美人だ。」
「そのことに関しては、あなたは自分自身を知らな過ぎます!一時間ほど鏡の前で立っていたらどうです?」
「鏡…?」
そんなものの前に立っていたからといって、どうなるんだろう?それに。
「そんなに長く立っていられるか、自信がない。」
「そんなこと、真面目に答えないでください!
大体あのとき、僕がプロポーズしているのは他ならぬあなたなのだから、それを忘れないでと言っていたのを聞いていなかったんですか!?」
真剣に言うジョミーに首をひねる。
「…いつ言った…?」
それを聞くと、ジョミーはがっくりと肩を落とした。
「…もういいです…。
聞こえてないんじゃないかとは思っていましたし、聞こえていたとしても、あなたは悩むのをやめないだろうし。」
あなたの人の話を聞かないところは慣れますけどね、とため息混じりに言うジョミーに、反論したくなる。
あの求婚行為自体が強引で、人の意思をまったく無視しているくせに。
「それに、僕は子供を産めない。」
「当たり前じゃないですか!」
間髪入れずに言い返すジョミーに、さらに憮然とする。
「あなたに子供ができたら、僕は世界中を逆立ちして歩いてもかまいませんよ!
そういう当然のことで悩まないでください。女性ではないあなたには子供が産めません!あまりにも一般常識過ぎて、言ってるこっちが恥ずかしくなるじゃないですか!」
そんなことは分かっている。分かっているから…、困っている。
「…だが、君は子供が好きなんだろう。」
それに対して、ジョミーは何かを言いかけて、しかし結局何も言わず口を閉ざす。
「君が子供好きで、子供に好かれるということは聞いていたし、実際昨日の様子を見ていても、真実そうなのだろうと思った。それに、君が子供を持てば、きっと良い父親になれるだろうとも。
以前…、生まれ変わりに関して書いた書物を読んだことがあるが…。子は親を選べないと言うが、そうではなく、赤ん坊は親を選んで生まれてくるものだと書いてあった。それに異論はあるが、もしそれが本当なら、君の子供になりたがる魂はさぞかし多いだろう。
それなのに、僕は君の子供を産んであげられない。」
ジョミーはというと。
困ったようにため息をついて、ブルーを見つめていた。
「…あの、ですね。」
何を言っていいのか迷っているらしく、話しかけたはいいが、また口を閉ざしてしまう。そして今度は慎重に言葉を選びながら、優しく語りかける。
「あなたの気持ちはとても嬉しく思います。その、僕を心配してそこまで気を回してくれていたなんて…。それなのに、まったく気がつかなくて、悪かったとは思いますが。」
その部分は本当に申し訳ないと思っているらしく、頭を掻いて目を伏せた。しかし、次には顔を上げると、こちらを覗き込んで笑顔を浮かべる。
「でも、そんなことは百も承知ですよ?どんなに綺麗でも、あなたは男性なんですから。僕は、あなたと一緒にいられるのなら、子供までは望みません。」
欲しいものはあなただけ、と続けられるのに、しばし呆然とする。
「あなたのその瞳を見たときから、あなたに囚われました。あなた以外は要りません。」
…だから、なぜそこまでこの身に固執するのかが分からないというのに。君が興味を示すようなものは、何も持ち合わせていない。化け物じみた色彩を持つ目に、貧弱な身体。ただそれだけしかないというのに。
それなのに。君はこの目を綺麗だという。
本当に、そう見えるのかと。…勘違いしそうになる。
「それに、昨日会った子供たちは、みんな孤児なんですよ。親と死に別れた、または事情があって親と暮らせない子供たちで、僕のことは父親代わりに慕っているんです。自分の子供でなくてもあの子達はかわいいし、多分自分で子供を持つよりも大勢の子供の親になれると思いますよ。
あなたが僕の妻になれば、母親代わりになるかもしれませんね。」
その言葉に、今度はぎょっとしてジョミーを見つめ返す。
「…子供は苦手だ。」
多分、自分には寄り付かないだろうし、何より子供の扱い方が分からない。
「子供に接する機会がなかっただけじゃないんですか?生意気でときに憎らしくなることはありますが、素直でかわいい子供たちばかりですよ。」
「君にはそうなんだろうが…。」
「ああそうだ!素直で嘘のない子供たちの口から、あなたは綺麗だと言ってもらえば、少しは僕の言うことを信じる気になるかもしれませんね。」
今度は何を言い出すのか…。
呆れるこちらの思惑をよそに、ジョミーは自分の言ったことがおかしかったのかひとしきり笑って、今度はまわりを見渡した。
「…ところで、未だに信じられないのですが。この空間は、あなたの作り出したということですが。」
未だに出口の分からない負のエネルギーの満ちる世界。
その暗い空間を見渡して、ジョミーは嬉しそうに笑う。
「僕はうぬぼれてもいいんですか?」
「…何のことだ…?」
何をにこにこしているのだか。
こんなところに閉じ込められて、何がそんなに嬉しいのだろう。
「あなたがこんなものを作り出すほどに、僕のことが好きなのだと。」
そんな赤面しそうなことを微笑みながら言い出すジョミーに、二の句がつなげない。
「…なぜそうなる…?」
「そういうことでしょう?
スウェナと僕とのありもしない関係に嫉妬して、あまつさえ僕のために子供を産めないことで心を痛めて、その挙句がこの有様なら。」
そうはっきりと言われてしまうと、反論しにくい。というよりも、できない。
「じゃあ、プロポーズの返事は期待できますね。正直、断られたらしばらく立ち直れないだろうなと思っていたので嬉しいですよ。」
「君はなぜそう短絡的に考える…?」
「あなたこそ難しく考えすぎですよ。
それに、その難しく考える癖が、こういうものを作ってしまったんでしょ?」
そう言われると、黙るしかない。
「責めてるわけじゃないですよ。むしろ、あなたの思いの深さがよく分かりましたしね。
でも、これからは不安なことや不満があるときには、思い悩む前にはっきり言ってくれると嬉しいです。」
「…努力する…。」
こんなものを作り出してしまったという負い目から、ため息をついてうなずく。
「いつになく素直ですね。」
吹き出すのを堪えているのが思いっきり分かってしまうジョミーの顔を見ていると、悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなって、もう一度ため息をついた。
確かに、難しく考える癖があることは認めるが。
…そんなに笑わなくても…。
18へ
あれ?波乱とか言っておきながら、今回は単にいちゃいちゃしてただけ…。次回こそは! |
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