「これからしばらく留守にします。」
でも、食事は残さないでくださいよ?と念を押しすることは忘れない。
さっき別れてから1時間後。またこの部屋に戻ってきたジョミーは、開口一番に出かける旨を報告してきた。
「スウェナの話では、南と東の境の川に魔物のコロニーができているそうです。領地と領地の境ですから、どちらの管轄でもないために魔物の温床になっていたようです。…気がつかなかったなんて、迂闊でしたが。」
やはり、彼女の持ってきた話だったのか…。
それだけ彼女の話が、指導者としてのジョミーの興味を引いたということだろう。
「こんな話でなければ、あなたと一緒に行きたかったんですけどね。」
「物見遊山に出かけるような場所ではないのだろう。」
「…つまり、そういうことなんですけど。」
はあとため息をついて、こちらを見やる。
「…2、3日の間ですが、あなたと会えないと思うと寂しいですよ。」
そんな風につぶやいてまたため息をつくものだから、こちらのほうが困る。
「…趣味が悪い。」
「そう思っているのはあなただけですよ。」
それであなたはどうなんですか?と逆に問いかけられるのに、何だろうと思う。
「僕と会えなくて寂しいとか清々するとかないですか?」
清々…はしないと思う。けれど、『寂しい』?
「君は指導者で、その務めのために出かけるんだろう。」
「…そうですが。」
「それを寂しいとか何とか言う問題じゃないと思うが。」
「…泣きたくなるほど理性的ですね。」
苦笑いしながら、そんなところもいいんですけどねとつぶやく。
「でも、たまにはあなたから『早く帰ってきて』と言われると嬉しいなあって思うんです。これは僕の希望ですけど。」
茶目っ気たっぷりに言うものだから、少しむっとする。
「…早く帰りたくても帰れないときに、そんな身勝手なことを言われて、君は平気なのか?大体、しばらく留守にするといったのは、君だろう。」
「好きな人からワガママ言われるのは嬉しいってことですよ。むしろ、言って困らせてほしいくらい。」
またわけの分からないことを言う。たまにジョミーの言うことは理解できない。
「では、僕が『今日中に帰れ』と言えば君は嬉しいのか?」
「うーん、それも困りますけど…。」
ジョミーは少しの間悩んでいたが、やがてにっこり笑って。
「でも、言われてみたい。あなたの口から言ってもらえます?」
呆れた、というよりも。
…腹が立った。
言ったところで君は、数日かかるだろうその仕事を切り上げるような選択肢は絶対選ばないくせに。選んでしまったら、指導者としては失格だ。
…だから、女性ジャーナリストの彼女に合わせてジョミーが予定を変更したことには驚いて、同時に憮然としてしまったものだが。
「では、僕が『行くな』と言ったら?」
増してや、仕事を取りやめるようなことは絶対しない。
だから、ジョミーが承知するわけはないと思ったが、ワガママを言ってほしいということなら要望に応えてみようと。…そう言ってみた。
…我ながら、なんて意地の悪いことだとは思ったけれど。
いい加減にしろと、ワガママにも限度があるだろうと。そう怒り出すと思っていたジョミーは、静かにこちらを見つめている。今は先ほどの浮ついたような雰囲気はどこにもなく、ただ黙っていただけだったが、やがて表情を緩めて息を吐いた。
「…分かりました。」
軽く頭を下げるジョミーに、こちらが呆気に取られる。
「ただ、放置することはできませんので、明日視察の行き先を変更して見に行ってきます。」
…つまりそれは…。
「スウェナに日延べすると伝えて、今日は帰ってもらいますよ。
彼女に立ち会ってもらわなければいけない理由は、僕にはありませんからね。」
あちらはジャーナリストだから真実を皆に知らしめる必要があるそうですが、と笑って言うのに、こちらが慌てる。
「まさか本当に行かないつもりか?」
「今日は行かないだけですよ。
だから夕食はあなたと一緒に食べます。覚悟しておいてくださいよ?」
今度は冗談めかして言うのに、ある意味自分で自分の首を絞めてしまったことに今更気がついた。
いや、それよりも。
「なぜ…。」
どうして?
君が指導者とは役割を表す名称だと言ったとおり、その役割を果たすことには義務感だけでなく、誇りすら持っていたと思ったのに。
「あなたの初めてのワガママですから。」
そう言いながら、ジョミーは嬉しそうに笑う。そんなことで喜ぶなんて、いわゆるMではないかと思ったが。
「…僕の言うことなど、真に受けることはないのに。」
「言ったでしょう?好きな人のワガママなら嬉しいって。」
それは、素直に喜んでいいのか、君の立場上嘆いたほうがいいのか。
「…だが、君は指導者で…。」
「その役に外れない程度でですけどね。」
見に行くのが、一日延びるだけですよ?
そう言ってまた笑う。
「だから、あなたのほうこそ気にすることはありませんよ。
ああ、それよりスウェナだ。ジャーナリストだけあって結構しつこいから、多分また明日ここに来るだろうな。いや、泊まるなんて言い出すかもしれないし…。」
やっぱり連れて行かなきゃ収まらないかな、と今度はぶつぶつ言っている。
その何気ない言葉に今更ながらに驚く。連れて行く、ということは、一緒に現場まで行くということ…?
「ジョミー…。」
「え?何ですか?」
スウェナに説明するべく部屋から出て行こうとしたジョミーは、不思議そうな顔をしながら振り返った。だが、その先が続けられない。
「…何でもない。」
ジョミーは顔をしかめて探るような目をしてこちらを見る。
「…また何か考えすぎてるんじゃないですか?あなたがそんな顔してるときには、ろくなことにならないような気がしますからね。
はっきり言ってください、何です?」
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、口にするのもためらわれる。だから。
「…彼女ががっかりするかなと思って。」
違うことを口にしてしまった。
しかしそれを聞くと、ジョミーは呆れたように手を振った。
「それはありません。彼女は鉄の女を地で行ってますからね。悔しがることはあってもがっかりすることはありませんよ。」
じゃあまた後で。
そう言うと、ジョミーは今度こそ部屋から出て行った。
何とか誤魔化しきれたとほっと一息つく。
おそらく。現実に言葉にすれば、一体何を考えているだろうと呆れられてしまう。ただでさえ世間知らずなためか、ことあるごとに感覚の違いが顕著に現れてしまっているというのに。
ここから移動する手段は、何だろうと真剣に考えてしまったと知られたら。自分のときのように、スウェナを抱いて空を飛ぶつもりなのか、そんな些細なことが気になって仕方ないだなんて。
「…笑われるだろうな…。」
それだけで済むかどうか。
15へ
ちょっと甘い話にして見たかったけれど、次の火種はまだ続く〜…。ということで、台風のようなスウェナはまだまだ健在でございます! |
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