「…気に入りませんか…?」
そう、伺うように言われるのを、不思議な感覚で聞いていた。
「もの言いたげに見えますので。」
…もの言いたげ…?
君が決めたことに、僕が何を言えるはずもないのに。
「…何も。」
そう言えば、ジョミーは怒ったように眉をしかめた。
「…僕は神様でも何でもないんですよ?」
その当たり前の言葉に、驚く自分がいた。
でも、君は天使だろう…?
「だから、あなたが何を感じ、何を思っているかなんて、僕には分かりません。あなたが言ってくれないと知りようがないんです。」
ああ、そういうことか。
けれど、君が僕の考えていることを知ったところでどうなるんだろう。
「指導者の君の決定なら、従わなくてはいけないのだろう。」
「あなたは僕の一族ではありませんから、そんな風に言われるのは心外です!」
君の、一族…。
おそらく、有翼種族の仲間のことだろうと思われるが、そういうことならばなおさら僕はここにいてはいけないのか。
「それに僕が今したのはただの提案です、決定や命令じゃありません。
それに対するあなたの意見を聞きたいんです。」
「意見はない。」
「嘘ばっかり!」
間髪いれずに言い返された。
「僕は読心術に長けてるわけじゃありませんが、あなたが何かを考えている雰囲気だけは分かります。
だから、何でも言ってください。できる限りのことはします。
それとも僕のことが信用できませんか?」
君を信用できないなんて…。
そう言いかけて。でも言えなかった。
…多分、僕は誰も信用したことがないのだろう。
「とにかく、僕はあなたの気持ちをあなたの言葉で聞きたいんです!」
「だから、意見はないと言っている。」
「じゃあどうしてあなたはそんな不満そうな表情をしているんですか?」
どんな表情をしていようが、君には関係ない。
それよりも。
「君こそ僕が邪魔だとはっきり言えば…。」
そこではたと我に返った。
今、なんて…?
「邪魔?」
ジョミーはというと、今の言葉に目を丸くしていた。
口に出す、つもりじゃなかったのに…。
心の中だけに留めておくはずだった。いつものことなのに、慣れているはずなのに…。
「邪魔って…。もしかしてあなたを地上に戻すって話ですか!」
どうやらジョミーにとっては、まったく考えてもいなかった言葉を突きつけられた格好になったらしい。びっくりしている。
…君は呆れただろうね。
諦めにも似た思いで、ジョミーの次の言葉を待った。
「あの、そんなつもりは全然なかったんです。」
しかし。
逆に頭を下げられて、こちらが呆然とした。
「あなたは元々地上の人だし、そのほうがいいかなと思っただけで…、増してや邪魔だなんて…。」
ジョミーが誤解を解こうと思って説明しているのは分かっていたが。
思っていたのとはまったく違う反応を返されて、むしろこっちが返事さえできない。
「そんな風に聞こえてしまったのなら謝ります、ごめんなさい。
地上へ戻るという話は取り消します。」
僕に謝る必要などないのに…。
「…指導者の君が、僕に気を遣うこともないだろう。」
「僕が指導者であったとしても、あなたは僕の一族じゃないと言ったでしょう?つまり、あなたと僕は対等なんですから、あなたこそ僕に従う理由はないんです。」
…そういう意味だったのか。
ほっとしたと同時に、力が抜けた。
「当のあなたが乗り気でないなら本末転倒です。
だから、忘れてください。」
…では、ここにいていいのだろうか。君の傍にいても…?
それは口に出したわけではなかったけど。
「こんなところでよければいてください。
平生は閑散としていますが、祭事には人であふれることもあります。みんな気のいい人たちばかりですから。」
いつもと変わらない笑顔に、今度こそ緊張が解けた。よかった、とそれだけ思っていた。
「それで、ちょっと訊いてみたいんですが。」
とジョミーがじっと覗き込んできた。
今度は何だろう…?
「どうして僕が指導者だって分かりました?」
誰かから聞いたんですか?
そう言われるのにしばらく考えて。
「それは、指導者相談役のフィシスが君の側にいるから…。」
ゴン、という鈍い音がした。ふと見ると、ジョミーがテーブルに突っ伏していた。
もしかして、言ってはいけないことだった…?
顔を上げて苦笑いされるのに、ようやく自分の失言に気がついた。ジョミーだけでは指導者に見えないと言ったも同様だったからだ。
「そんなつもりでは…。」
なかったと言おうとしたが、それより早くジョミーが笑いながら手を振った。
「いいんですよ、はっきり言ってくれても。それに、さっきみたいに正直に感じたことを話してもらえれば、鈍い僕でもよく分かりますから。」
あなたの本当の声を聞いた気がします、とジョミーは続けた。
本当の、声…?
ジョミーの話には例え話が多く入るようで、たまに意味が分からない。
「それに誰だって同じことを言いますし。
僕は代替わりしたばかりで、指導者としての威厳も何もありませんし、それに比べれば、フィシスは先代から仕えている預言者ですから。貫禄がありますしね。」
だから気にしないでください、と笑顔で言う。
それに対しては、何を言えばいいのかよく分からない。結局、黙っているしかできなかった。
しかし、ジョミーにはそんな様子を気にした風もない。
ところで、と突然話題を変えてきた。
「あなたはあなたがいた村と、こことの関係を知っていますか?」
急にどうしたのだろう…?
「あなたに何でも話してほしいと言いながら、僕はあなたには情報をまったく渡していないんです。話して欲しいというからには、先に僕が話さなきゃいけませんよね。
ね、どこまで知ってますか?」
それは確かに知りたいと思っていた。けれど、環境が変わりすぎてそこまで気を回せなくて。
「何も、知らないに等しいと思う。」
そう言えば、ジョミーは静かにうなずいた。
「そうですか。じゃあ必要な部分を最初から。
この世界は東西南北の4箇所の守手がいて、それぞれが、自分たちの領地を守っています。守手は四神とも呼ばれていますが、別に神様じゃありません。
ちなみに、あなたのいた村は南側になります。」
「では君は南の守手か。」
四神、というからには南は朱雀だろう。ちょうど翼を持つジョミーにうまく当てはまる。
「…よく分かりましたね。
南の中空に浮く島が僕と僕の一族の住処ですが…。」
「君が指導者であることと、今の話を組み合わせればすぐに分かる。」
「そ、そうですか?」
ジョミーは首を傾げながら続ける。
「あなたの村を含む南側に位置する部落はすべて、僕の一族が守る対象に入ります。
でも、あなたの村は元々孤立してたので、魔物の襲撃があったときに発見が遅れてしまって、ほとんど全滅に近い形になってしまいました。注意はしていたつもりなんですが、気の毒な結果に終わってしまいました。
…最近多いんです。
魔物の出現は南に限らず、どこもそうらしいので、何か原因があるのかもしれませんが、まだよく分かりません。」
ジョミーは一度言葉を切って、ブルーを見つめた。
「…迎えにいくのが遅くなって、すみませんでした。」
唐突に何を言い出すのだろう。
僕以外には確かに気の毒だったのだろうけど、遅くなどなかった。現に間に合って、僕は怪我ひとつしていなかったし。
「もっと早くあなたと会うべきでした。
…あなたがこんなに傷つく前に。」
「怪我はしていない。」
「見えないところで怪我してますよ。痛々しいくらいです。」
どこのことだろう…?
ジョミーは悲しげに見える微笑を浮かべ、簡単ですがこんなものです、と締めくくった。
怪我をしているというのは、何を指しているのかたずねる余裕もなく。
「何か他に聞きたいことってありますか?」
次に顔を上げたときには、いつもの笑顔に戻っていた。先ほどの余韻はほとんどない。
何でもいいですよ?と重ねて言う。
君は確かに何でも話してくれればいいと。そういったけど。
「何でも、いいのか?」
僕のいた村のことや、魔物に襲われたことでなくても?
「はい、条件つけますけどね。」
「…条件…?」
「パンひとつ食べてから質問をどうぞ。」
え…?
ジョミーが指差す先に、まったく手付かずの昼食がある。
「あなたは気にしていないようですが、昨日からほとんど食べてないですよ。」
…いつものことなのに。
食に対する執着というものがもともとないから、食べることはあまり好きではない。尤も、本来は生き物の本能だから、そんな話にはならないのだろうが。
ジョミーとパンを見比べてからため息をつく。
「その、一度にパンひとつというのは食べたことがないから…。」
「…だからそんなに軽いんですか…。」
体重のことを言っているらしいが、それよりも。
「一口、ではだめだろうか。」
そう言ったらジョミーは呆気にとられたあと、さもおかしいと言わんばかりに笑い出した。
「な、何を言い出すかと思ったら…。」
そんなに笑われるようなことを言ったんだろうか…?
ジョミーにそう言うと、さらに笑いが止まらなくなったようだった。
「だって、まるで小さい子供が好き嫌いしてるみたいだから、面白くって…。」
「好き嫌い、ではないのだが…。」
「同じようなものですよ。あなたって意外にかわいいところがあるんですね…。」
かわいい、などとは言われたこともない。だから、返すべき反応さえ分からないので、やはり黙り込むしかなかった。
「分かりました、一口で結構です。のどに詰まらせないように、飲み物も飲んでくださいよ。」
それこそ子供に言う台詞だ。
そうは思ったけれど、ジョミーがまだ笑っているのを見てそれ以上言うのはやめた。余計に笑われそうな気がして。
どの大きさでも一口は一口だと思って、パンをちぎって口に入れた。
それをにこにこしながら見ていたジョミーは、それで?と訊いた。
「僕に何を聞きたいんですか?」
「君のことを。」
「僕?」
きょとんとして、自分を指差す。
そう、君のことが知りたい。一緒にいると否応なくペースが乱されるけれど、不思議と憎めない、君の。
「僕、ですか…。約束ですから話しますが、見てのとおりで大した話はできませんよ?」
「何でもいい。君が生まれたときの話とか。」
他にどんな話があるのかは分からないけれど。
ジョミーは、物好きですねとつぶやいた。
「退屈するかもしれませんよ?
僕が生まれたところは本当に普通の家で、裕福でも貧乏でもないどこにでもあるような家庭です。」
そんな風に、淡々と話し始めた。
「ところで、ちょっと脱線します。
僕はあなたに、自分のことを有翼種族といいましたが、正式は『飛ぶもの』と呼ばれています。その中で翼を持つのは1人だけで、その翼が指導者の証となります。つまりは僕です。
他は『飛ぶもの』とは言いつつも、自分の力で飛ぶものはいません。大抵大型の鳥に乗って移動します。
今言いましたとおり、翼を持つものは、イコール指導者です。しかし、僕に翼が現れたのは4,5年前、先代がご崩御される直前だったので、それまでは本当に普通に育ちました。」
つまり、ジョミーはほんの4,5年前までは、自分が指導者であると言うことも知らなかったということになる。それはさぞ驚いただろう、と思った。
「先代が病床に伏した中ここに来て、引継ぎもほとんどなしに指導者になりましたので、当時はまわりじゅう不安だったと思いますよ。増してやそのときはまだ僕は14歳でしたから。
尤も、皆が不安がっているということについては今も変わらないと思いますけど。」
当時を思い出しているのか少し苦そうな顔をしている。
「フィシスがいなかったら、まず回ってないでしょうね、ここは。
だから感謝はしてるんですが、まだ僕の力不足で、彼女念願の温泉旅行には出してあげられません。」
「温泉旅行…?」
って何だろう…?
「あ、温泉って知ってます?」
「そのくらいは…。」
実際に行ったことはないが、本で読んだことはある。
「夢、だそうですよ。1年くらいかけて温泉巡りするのが。
預言者だけならまだしも、相談役も兼ねてもらってますので、フィシスには悪いのですがその夢はあきらめてもらわなきゃと思っているんです。」
そういえば、さっきフィシスは先代から仕えた預言者だと言っていたか。
では、先代に仕えた指導者相談役は…?
「前の指導者相談役は、先代の妻でした。すでに引退して、のどかに暮らしていますよ。
相談役は、先代の例のとおり、本来指導者の妻が当たるんですが、僕のところに来てくれる人なんかいませんから、フィシスにはずっとその役をやってもらうことになると思います。」
「なぜ?指導者の君が妻を持たないといろいろと問題があるのでは?」
それこそ、地上では体面だの跡取りだの、いろいろなことが取りざたされるのに。
そう思って言ったのに、逆に自分の言葉に引っかかった。
ジョミーの、妻になる人…?
「世継ぎとかそんなのを考えてます?でも、僕たちにはそんな概念はありません。」
しかし、ジョミーはというと、あっさりと否定した。
「地上の人たちは世襲が基本なのでしょうけど、僕たちの間ではそんな考えはほとんどありません。現にここの指導者は、翼を持つことが条件ですし。
指導者の直系だからといって翼を持つとは限りませんし、むしろ、直系から翼を持つものが生まれたという話自体聞いたことありません。
僕だって、先代の指導者とは何の縁もないところから出てきたんですから。」
そう言うと、今度はいたずらっぽく笑う。
「それに、僕はモテたことなんかありませんから、一生独身でいいと思っています。」
「そんなことはないだろう。」
正直にそう思ったのに。
「気を遣ってくれるんですね、ありがとうございます。
でも、本当ですよ。まあ、フィシスには迷惑がかかるとは思いますが。」
他に何かありますか?と笑顔で言われるのに、さすがに今度は辞退した。
君のことはもう聞いたから、他の話は次の機会にしよう。とにかく、次に話すのは、食事時でないことを祈っておこう。
さすがに、交換条件に閉口してしまっていた。
7へ
あり?またこっちが先にアップ…。すみません、次は間違いなくトップ会談に〜!! |
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