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    『ジョミー、長老様がお呼びなのだけど…。』あれから程なくして、先ほどジョミーの朝食を持ってきた女性が、やや遠慮がちに顔を出した。
 ジョミーは嫌な顔をしていたけど、ため息をひとつつくと了解の返事を返した。
 彼には指導者という立場があるのだから、公の職務があって当然で、こんなところで油を売っている暇はないのだろう。
 それで席を立つのかと思っていたのだが。
 ジョミーは黙したまま動こうとしない。
 だから。
 『君が行かないと、彼女の立場が悪くなるのではないのか?』
 そう言ってしまったのだけど。
 言った途端、何かが胸につかえたかのような気分になった。
 さらに、はじかれるように顔を上げたジョミーの怒ったような、それでいて悲しそうな顔に、さらに何か重いものでも飲み込んだかのような感覚に襲われた。
 『そうですね…。』
 同意しつつも、またうつむいてしまう。
 『やはり…、僕の言っていることは分かりませんか…?』
 …分からない。
 それでも、そのまま言ってしまえば、君がまた悲しむのは分かっていたので、結局返事ができなかった。
 『…失礼します。』
 しばしの沈黙が続いた後。
 ジョミーはうつむいたまま、席を立って一礼してから今度は振り返らずに出て行って。そして、今に至っている。
 太陽は中天を過ぎたころで、あれから数時間が経過しているらしい。
 僕にできることと言えば、せいぜい考えることくらいしかなかった。
 ジョミーの言う『自分を大切にする』という言葉の意味は、どう考えても分からない。けれど、ジョミーが急に態度を変えた理由は分かった気がした。
 きっかけは同居していた家族と関係を持っていたと言ったあたりだったと思う。
 僕は女性ではないのですっかり忘れていたが、世の中の男性は生娘を好む傾向にあるという記事を何かの本で見たことがある。ジョミーもその一人だと考えれば、突然態度が硬化したことにも合点がいく。
 ただ、別に結婚するわけではないのだから、そこまで難しく考えることもないのでは、と思ってしまって。
 なるほど、嫌われるわけだと納得できた。
 ジョミーがそんな軽い考え方をする人間かどうかなど、たとえも短い会話の中であったとしても、すぐに分かろうというものだ。それを見くびってしまったのだから、彼が怒るのも無理はなかろうと…。
 君はもう二度と僕の前には来てはくれないのかもしれない。そう思うと、日が差してこんなに暖かいのに、底冷えがしてくるような気がする。
 いや。
 誰も来ないのはいつものことだ。今更何を思う必要がある…?
 「どうしたのです?ぼんやりなさって…。」
 その声にふと顔を上げると、フィシスが首を傾げて立っていた。トレイを持っているところを見ると、昼食を運んできたのだろう。
 「ノックはいたしましたのよ?でも返事がなかったので、勝手に入らせていただきました。」
 「すまない、聞こえなかった。」
 そうですか、とフィシスは気を悪くした風もなく微笑む。
 「ジョミーと喧嘩でもしたのですか?」
 …彼女はやはり勘が鋭い。
 だが、それは当たっているようで当たっていない。
 「喧嘩…ではないと思う。僕が彼を怒らせただけだから。」
 「…それは何が原因でしょうか?」
 そう訊かれると、言葉に詰まる。
 さすがに、女性の彼女に話していい内容なのか分からない。ジョミーのためにも聞かせないほうがいいだろうと判断して沈黙を守ることにする。
 「もしかして、あなたは自分の何がジョミーを怒らせたのか分からないのでは?」
 「大体のところは分かっている。」
 「そうでしょうか?」
 フィシスの謎めいた微笑に、眉を寄せる。
 彼女は何も知らないはずなのに、なぜ何でも知っているかのように振舞うのだろう…。
 「ジョミーにお尋ねにはならなかったのでは?」
 「…確かに訊いてはいないが。」
 「それなら、あなたのせいではないと思いますわ。
 そうあなたに思わせてしまったのは、ジョミーの話し方が悪かったんでしょう。」
 「そんなことはない。」
 「まあ、随分とジョミーの肩を持ちますのね。」
 「彼は、僕は悪くないと言っていたから。」
 ほら、とフィシスはわが意を得たりとばかりに笑う。
 「では、あなたがそんなに落ち込むことはないでしょう。ジョミーがそう言うからには、あなたは悪くないのでしょうから。
 ジョミーはどんな気休めでも嘘は苦手なのです。素人目に不自然だと分かりますよ。
 あまり気になさらないことですわ。おそらくジョミーは今日の務めを終えたらまたあなたのところへ顔を出すでしょうし。そのときにもう一度お話をすればよいではありませんか。」
 「来ないかもしれない。」
 「それはありませんわ。だって、ジョミーはあなたに夢中ですもの。
 昨日の夜だって、あなたの顔を見たいからなんて理由にもならない理由をつけてここに来たのではありませんか?」
 …どうして分かったのだろう…?
 そんな思いが顔に出てしまったらしい。彼女は苦笑した。
 「やっぱりそうでしたか。もう、あの人は…。」
 フィシスがそう言いかけたところへ、再びドアが開き。
 「あれ?なんで?」
 うわさをすれば影ではないだろうが、ジョミー本人がひょっこり顔を出した。
 「…ジョミー、今日のお務めは終わりましたの?」
 「今、昼食時間。」
 言われれば、やはり昼食を持参で来ている。しかも二人分。
 「…それでここで食べるのですか。」
 「さっき、ブルーと話が途中になってたから。」
 当然のように言うジョミーに、フィシスは呆れたように肩をすくめた。
 「…そうですか、ではお邪魔虫は消えますわね。」
 「うん、ありがとう!」
 嬉しそうに笑うジョミーの姿に、フィシスはふうとため息をついて退出するべく向きを変えた。
 あてられるためにここに来たのかしら、とつぶやきながら。
 彼女が出て行くのを見送ってから、こちらを振り向いたジョミーは。
 「さっきはすみませんでした!」
 トレイを置くなり、いきなり頭を下げた。
 何に対して謝っているのか分からない。謝らなければいけないことが彼にあるのかさえ。
 「あなたには、好きな人っていないんでしょ?」
 呆気に取られていると、畳み掛けるようにそう問いかけてくる。
 …確かに、好き、と思える人はいなかった。
 そう思ってうなずく。
 「…そうだね。」
 その肯定の返事に、ジョミーは少し苦そうな顔をしたがすぐに普段の笑顔に戻った。
 「やっぱりそうですよね…。
 じゃあ、僕の言う意味が分からなくて当然です。焦りすぎてました。」
 謝っている理由は、『自分を大切にする』という言葉を理解していないのかと尋ねたことだとは分かったのだが…。
 それでなぜ今度は理解できなくて当然と来るのかがよく分からない。
 「きっと、あなたに好きな人ができれば、『自分を大切にして』って言葉の意味も分かると思います。
 あなたの好きな人が傷ついていたり粗末な扱いを受けていたり。…自分自身を思いやらなかったりしていたら、自然に。
 だから、時期が来れば分かるものなんですよ。」
 そんなものだろうか。
 少々疑問はあるものの、ジョミーがそう言うのだからそうなのだろう。人間関係については苦手なことこの上ない。
 いや、それ以前に。
 「好きな人…?」
 今まで身体を重ねても、誰一人として好きになれなかったことを考えれば、これから先そんなことがありうるか疑問だ。
 「それはどうだろう。」
 だから、素直にそう言ってみたが、ジョミーは首を振った。
 「大丈夫ですよ、今まで隔絶されていただけですから。多くの人と接していれば、好きになれる誰かに出会うものでしょうから。
 …それで、まだ先の話にはなりますが、地上に戻ることも考えておいてください。」
 地上…?
 今までまったく考えてもいなかったことを言われて、愕然とした。
    地上に戻るということは…?
  「ですから、まだまだ先のことですよ?」その驚きようを見て、ジョミーはなだめるように笑う。
 「あなたのいた村は小さかったので、あなたの目については変な迷信めいたものが信じられていたのでしょうけど、都会ではただの遺伝子のいたずらだと理解されると思いますから。」
 だから、大丈夫。
 そう言われたたけれど。
 
 今は、この目のことなどどうでもいいと思った。
 この先ずっと君の笑顔を見ていられるのだと思っていたのに。
 
    地上に戻るということは…、
    …君と離れることに…?
 
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        | もうちょい、すれ違わせてください〜!(ちょっとどころか、大いにすれ違っているような気もするけど…。)すみません、トップ会談忘れたわけじゃないんですが、拍手で気をよくしてこっちが先に更新〜!記念誌のことも忘れてないですよ〜!! |   |