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    衣擦れの音…?誰かがこちらへ歩いてくる。いつもなら何かの気配を感じると同時に目が覚めるはずが、とんでもなくまぶたが重い。ようやく目を開けて見えたのは、昨日と変わらないジョミーの寝顔。そしてその向こうに…。
 「おはようございます。よくお休みになれまして?」
 フィシスがにっこり笑って立っていた。が、ジョミーが眠っている姿を見て深くため息をつく。
 「…ジョミーったら…。
 なかなか戻ってこないので、どうしたのかと思えば、あなたのところにいたのですね。もう、しようのない人だこと…。安眠妨害にはなりませんでしたか?」
 別に妨害はしていない。もともと眠りは浅いから…と思いかけて、ふと気がつく。
 …今、すぐに起きることができなかった?
 「ジョミー、起きてください、朝ですよ!」
 「んー…。」
 とりあえず、フィシスはジョミーを起こしにかかっているようだが、当のジョミーはというとまったく目覚める様子がない。
 「今何時だと思っているのです、ジョミー!」
 「…昨日は帰りが遅かったから、疲れているのではないか?」
 気持ちよさそうな顔をして寝ているジョミーを見て、つい口を出してしまったが、それに対してフィシスは、あら、と顔を上げていたずらっぽく笑った。
 「まあ、あなたの声をはじめて聞いたと思ったら、ジョミーの擁護の言葉だなんて。
 でも、よろしいのですよ、気になさらなくても。ジョミーが起きないと、あなたまでベッドから出られないでしょう。
 ジョミー、いい加減に起きてくださいな。ジョミー!」
 ベッドから出られないというのは、位置関係のためだろう。こちらは壁際で、ジョミーが寝ているほうが部屋に通じる場所だから。
 しかし、フィシスがどれだけ揺り動かそうが、やはりジョミーは起きない。とうとうあきらめたかと思ったとき。
 「ジョミー!寝汚いのもほどほどになさってください!!」
 フィシスはジョミーが頭に敷いていた枕をむんずと掴むと、力任せに引っ張った。
 「ってえ!!」
 それとともに、ジョミーの身体がベッドから落ち、床に激突した。フィシスは容赦なく、引っ掴んだ枕を、転がっているジョミーに放って渡した。
 「いててて…。な、何だよ…?」
 「ようやくお目覚めですか、ジョミー。日はもう随分と高くなっていましてよ?」
 さすがにフィシスの優雅な言葉の中に棘が垣間見える。
 ジョミーはというと、そんな彼女を恨めしそうに見ながら伸びをしていた。
 「お目覚めって…、起こしたんだろぉ?相変わらず手荒いんだから…。」
 やはりまだ眠いらしく、目をこすってあくびをしている。
 「あら、あなたが帰っていることを長老方に秘密にしてさしあげようと思っていたのに。
 では、早速報告に行って参りましょうか。」
 涼しい声でそういわれた途端、ジョミーの態度が急に改まった。
 「あ、ゴメンなさい、フィシスさま!だから黙っててください!!」
 お願い!と手を合わせて拝む姿に、フィシスはゆったりと微笑む。
 「分かればよいのです。
 では、あなたの分の朝食も運ばせますね。」
 そう言ってきびすを返し、悠然とした足取りで歩いて行く女王様然とした指導者相談役には、ジョミーは頭が上がらないようで。
 ああ、よかったとため息をついて床に座ったまま、こちらを見上げる。
 「おはようございます、ブルー。」
 その位置に座っていると、ちょうど日の光がジョミーに降り注いでいて、金の髪と緑の瞳が太陽を反射してまぶしく見える。
 「昨日はごめんなさい。僕、先に眠っちゃったみたいですね。あなたはよく眠れましたか?」
 どう答えていいのか見当がつかない。いつもとは目覚めた感覚が違っていたような気はしたが、それがよく眠れたと言っていいのかがよく分からない。
 「僕はよく眠れたと思います。このままずっと寝ていたかったくらい。」
 それはそうだろう。あれだけ起こされていたにもかかわらず、まったく起きる気配がなく、実力行使でようやく目が覚めたほどなのだから。
 ノックの音ともに、ジョミーは機敏な動作で立ち上がる。さっきまで寝ぼけていたとは思えないほどだ。
 朝食を持ってきた女性からトレイを受け取って、こちらを向いてにっこり笑う。
 「とにかく、朝食食べましょうよ。」
 
 「もう食べないんですか?」
 ブルーがスープしか手をつけていないことを見咎めて、ジョミーは首をかしげた。
 「食欲がない。」
 「ダメですよ、食べないと。
 朝食をしっかり食べないと一日のリズムが狂いますし。」
 言いながら、ジョミーは何個目かのパンを手に取る。
 朝からよくこんなに食べられるものだ。
 そう思ったが、昨日夜中に帰ってきて、そのまま寝ているのだから空腹なのも当然かと思い直した。
 それにしても、まだ一日しか経っていないのに、随分とまわりが変わってしまったものだと思う。その中でも最も印象が強く、ブルーを惹きつけてやまないのは、目の前にいる天使のような存在。
 なぜ彼は僕を厭わず、こうして傍にいるのだろう…?
 「君は…、どうして僕に構う…?」
 「え?どうしてって…。」
 「同情しているのか。」
 「まあ…、そういうところはありますが…。
 やっぱり、目かな?」
 目…?
 「うん、あなたの目を見たときから、ずっとあなたのことが気になっている。
 あなたの紅い目が僕を映していると、すごく嬉しい。」
 言いながら、本当に嬉しそうに笑う。
 「…そんなに気に入っているのか?」
 「うん!」
 まるで子供のように笑いながらうなずく姿に、そこまで好きになってくれたのならと思って。
 「では、こんな目でよければ君にあげよう。」
 僕は何も持たないから、それで喜ぶならと思ったんだけど。
 「は?」
 それに対して、ジョミーは思いっきり呆気に取られた顔をした。
 「僕はこの目が好きじゃないから。」
 そう続けて言っても、ジョミーは困ったように頭を掻いている。
 「いや、その…。
 目をあげるって言われても、ちょっと困るんですが…。だって、その目はあなたの顔の中にあるからこそ、綺麗なんですよ?」
 「…そうなのか?」
 「うん、そう!
 あ、ちょっと待って。訂正!あなたの顔だけじゃありません。言葉遣いやちょっとした仕草にもよく似合うんで、もしくれるんならあなた自身がいい…。って!?」
 そう言った直後、ジョミーは急に顔を赤くした。
 「ご、ごめんなさい!
 ちょっと勢い付いて言ってしまって…。あんまり深く考えないで!」
 「…君とフィシスとは恋人同士だと思っていたが。」
 そう言ったなら、何で急にフィシス?と言わんばかりの不思議そうな顔をされた。
 「冗談でしょう?結構フィシスって怖いんです。姉のような存在で頼りにはなりますが、恋人には絶対にしたくありません。そもそも僕にはまだ恋人なんかいませんし。
 でも、どうして?」
 それなら、変な三角関係に巻き込まれずに済む。あの家の中では、はっきりと口に出すものはいなかったが、そんな嫉妬に似た感情が渦巻いていたから。
 「では問題はない。
 欲しいのなら、僕を君のものにすればいい。」
 ジョミーの手からパンが落ちた。
 そして、まじまじとブルーを見つめる。
 「あ、の…、意味分かって言ってます…?」
 「君に抱かれると言うことだろう。」
 そう言うと、今度は沈黙してしまった。それでも何か言わなきゃと思っているのか、それはそうなんですけど、とつぶやきながら言葉を継ぐ。
 「…確かに、くれるのならあなた自身がいいとは言いましたが…、そんなつもりで言ったわけでは…。いや、ちょっとは思いましたが、でも。」
 しどろもどろになりながらも、ジョミーは息を吐いてブルーを見つめた。
 「あなたは、自分を安売りする必要はないんです。」
 「金を取る気はない。」
 「ああ、そうじゃなくて!安売りというのはものの例えで…。
 僕はあなたをお金で買おうなんてことは全然…。って言ってて恥ずかしくなったじゃないですか!大体、僕がそんなこと考えてるわけないでしょう!?」
 さっきから慌てすぎだと思う。
 ジョミーにとっては、そんなに大きな問題なのだろうか。
 「僕はあなたに、自分を大切にしてもらいたいだけなんです。」
 「慣れているから、気にしなくてもいい。」
 さらりと言われたその台詞に、今度こそジョミーは凍りついたように完全に動作が止まってしまった。
 「そう頻繁ではなかったが、求められることはあった。」
 「ま、待ってください!
 あなた、家族の方やほかの人と話したことはないと…!」
 「別に話はしていなかったから。それとも、そんな行為も会話のうちに入るのか?」
 僕に用があるといえば、それ以外なかったし。
 そう思ったのだが、ジョミーの様子がおかしいことに気がついた。
 「…そんな、馬鹿な話が…!」
 吐き捨てるように言った言葉とともに、ジョミーはそのままうつむいてしまった。
 「ジョミー…?」
 …また、泣かせてしまったのだろうか…。
 しかし、ジョミーは今回ばかりは泣くどころではなく、憤懣やるかたなしといった様子でテーブルの一点を凝視している。
 「…僕は何か変なことを言ったのだろうか。すまな…。」
 「僕に謝らないでください!あなたは全然悪くないんですから!!」
 今まで聞いたことのない怒鳴り声、というよりも悲鳴のような叫びに、言葉が出てこなかった。
 …悪くないといいつつ、結局君を怒らせたのは僕なんだろう。
 けれど、今のジョミーには、何を言っても余計に怒らせるだけのような気がして、何も言えなかった。
 「…すみません、大声出して…。
 過去のことは覚えておかなければいけませんが、あなたが今いるのはあの村でも暗い部屋でもないんです。だから、もっとあなた自身を大事にしてください。
 お願いですから…。」
 怒りを押さえつけて、何とか冷静にならなくてはと思っているらしいジョミーに、もう何をどう言えばいいのか分からない。しかも、どの辺がジョミーの気に障ったのかさえ理解できなかった。
 
 
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        | というわけで、育ち方によるすれ違い〜〜〜♪何気に18禁めいてきて、一人で舞い上がっていますvvしかし、ジョミーはへたれですな…。女王様フィシスが書けたので嬉しいけど。 |   |