皮肉な結果だ。
何の感慨もなくそう思った。
そのうち死ぬだろう、そう言われていた自分のほうが生き残って、彼らのほうが先に死んでしまうというのは、皮肉以外の何者でもない。
この場所に閉じ込められた理由はよく分かっている。
『あなたを守るためよ。』
そう言ったのは誰だったのか、今では覚えていない。一般に母親と呼ばれる人だったのか、まったく関係のない人だったのか。
そういう意味合いもあったのかもしれないが、どちらかというと、世間体を気にして、いないものとして隔絶されていたというのが正解だろうと思っている。
原因は、この『目』だ。
『あれは悪魔のものだ』
『薄気味悪い』
『村の皆に知られたらなんと思われるか』
それでも、これだけ忌み嫌っていたこの目を潰さずにいたのは、そのうち死ぬからという根拠のない理由だったと理解しているが、今となっては分からないし、どうでもいいことだ。
そもそも彼らとは面識はあったが、まったく言葉を交わしたことがないから、知りようがないのだけど。
だから、悲しくないのか。
だから、この惨状を見て何も感じないのか。
僕はとうの昔に壊れていて、感情がまったくなくなっているのかもしれない。だが、それすら分からない。
しかし、どちらにしても僕も彼らと同じ運命か。
目を向けた先に、黒い異形のものがうなり声を上げてこちらを伺っている。
彼らと同じになるとすれば、喉元を食いちぎられてから、身体をむさぼり食われることになるのだろう。死ぬとしても、あまり良い死に方じゃないなと思いかけて。
いや、死んでしまえば同じなのだから、あまりこだわるのも変な話と覚悟を決めた。
黒い、大きな犬のようなものがこちらに向かって跳躍した。
こんなとき目は閉じたほうがいいのか、と場違いなことを考えていたそのとき。
まぶしい光があたりを照らした。あまりの光量にさすがに目を開けていられなかった。その光が収まり、ようやく目が慣れたとき。
…天使…?
背中に羽根を背負っていたわけでもなく、頭の上に輪がついているわけでもなかったけれど。
金髪碧眼という絵に描いたような色彩の、少年といっても差し支えないくらいの幼い整った顔立ちに、その言葉を連想した。
「あ、あの…。」
こちらも見とれてしまっていたが、あちらも何かに気を取られていたらしい。
「だ、大丈夫、ですか…?その、怪我、ありませんか?」
なぜかどもりながら言うその言葉に、おかしくなった。
おかしくはなったが、笑えない。笑い方がよく分からないと言ったほうがいいのかもしれない。だから首を振るだけにしたが、それを見て彼はほっとした笑顔を浮かべた。
「よかった…。」
そう言ってから周りを見渡して、今度は痛ましい表情になる。
「…あなたのご家族は、僕が来たときにはもう亡くなっていました。何と言っていいか分かりませんが…、お気の毒です…。」
そう言われて心が痛んだ。
家族と言われた彼らの死に対して、僕が何の感情もないと知ったら、目の前の彼は何と思うだろうか。
「とにかく、ここじゃ危ないので避難しましょう。歩けますか?」
「…長い間歩ける自信はない。」
「あ…、そ、そうですか?それなら…。」
「だから、置いていってくれればいい。」
「え…。」
さすがに絶句したらしい。でも、すぐに怒ったような、不満そうな表情になる。
「せっかく助かった命なんですから、粗末にするようなことは言わないでください!」
そう言いながら大またで歩み寄ってきた。何をするのかと思っていたら、強引に抱きかかえられた。
「歩けないなら僕が抱いて行くまでですから!」
そう言うと彼はむっとした表情のまま、歩き出した。
「…重いだろう。」
「無茶苦茶!軽いです!!もっと食べてください!」
余計な一言だったらしい。さらに彼の機嫌が悪くなったように思えた。
屋敷の外に出て、その光景に声も出ないくらい驚いた。破壊された家々、道端に倒れる人たち。多分、すでに事切れているのだろう。
「ジョミー!」
反対側から、金髪の少女が駆けてくる。
「ニナ、他に助かった人は?」
ニナ、と呼ばれた少女はかぶりを振った。
「そうか…、でももう少し探してみて。」
「うん。」
うなずくとまた駆け足で去っていく。
その様子を見送ってから、ジョミーと呼ばれた少年はこちらを見て悲しげに笑った。
「…どうやらここで助かったのはあなただけのようです。運がよかったですね。」
それは運がいいのとは違う。
単に幽閉されていたから、見つかりにくかっただけのこと。それをも『運』だというのなら、別に否定はしないが。
「一度、僕たちの住んでいるところまで移動します。」
「…どこへ…?」
別にどこでもいいが、ジョミーが、このくるくる表情のよくかわる彼が住んでいるところ、という部分が気になった。
そう聞くと、彼はいたずらっぽい笑顔で空を見上げる。
「空の、上。
空、飛んだことないでしょ?今から飛びますから、移動中は楽しんでてください。」
そう言いながら、軽く目を閉じる。
ばさりという音がして、彼の背にひときわ大きな白い羽根が姿を現した。
…やはり、天使だったのか…。
直感で思ったことが、まさに事実だったことには感動も何もなかったが、大きな翼を背負ったジョミーの姿は綺麗だと思った。
それを感じ取ったのか、ジョミーは軽く首を振った。
「僕は天使じゃないですよ?有翼種族とでも思ってください。」
どう違うのだろう…?
それよりも、今から空を飛ぶといったが、荷物を抱えていては大変ではないだろうか。
「…空を飛ぶのなら、僕は邪魔じゃないか?」
「またそんなことを言う!あなたはあなたのご家族の分も生きなきゃいけないんですから、それ以上言うと、本当に怒りますからね!
それにあなたは軽すぎるってさっき言ったでしょ?僕の翼は軽いあなたを抱いたくらいじゃどうなるものでもないですから、変な心配はしないでください!もっと重量級の人を連れてだって平気なんですから!!」
…また怒らせたらしい。
家族の分も生きるというくだりはぴんと来ないが、有翼種族は人ひとり抱えていても、飛行には問題がないということは理解した。
翼を2、3回大きく羽ばたかせると、ふわりとした浮遊感がある。
「空からの景色を眺めていれば、気分も晴れますから。」
…ああ、そういうことか。
空を飛ぶから移動中は楽しんで、と言ったのは、僕がショックを受けていると思ったからなのか。ショックどころかこの短い間で完全に忘れていた瞬間が何度あったことか。
それを言えば、薄情だと君は思うのだろうか。
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某サークルさんのジョミブル本見ながら妄想した話。ブルーのイラストがあまりにも美しく!ついついこんなのを書いてしまいました〜!まったり更新して行きたいので、お付き合いのほどを〜!! |
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