あれから喧嘩別れのようにして自分の部屋に戻ってきたが、あの人は追うような様子も見せず、ただ黙ってこちらを見ていただけだった。
そもそも、あの人が僕を引き止めたいと思ったら、指一本動かすこともなく、サイオンと呼ばれる力で拘束することができるはず。
つまり。
そんなことなど、あの人は考えていないのだ。
あの人にとって、僕はジョミーの代わりにすらなれないのか…。
特別な力、サイオンを持つミュウの中でもひときわ力が強いとされる『タイプ・ブルー』と呼ばれたのはたった二人だけ。
ソルジャー・ブルーとジョミー・マーキス・シン。
星の自転さえ止めかねない強大な力を持つ『タイプ・ブルー』。当時中央政府のあったパルテノンが彼らに感じた恐怖は並大抵ではなく、ブルーとジョミーの抹殺は、彼らの至上課題となった。この二人さえ亡き者にしてしまえば、ミュウは大いなる力のみならず、結束力と拠り所を失って、遠からず自滅する。その考えは妥当だと思われた。
そして人類は、同胞の情に厚いミュウの性質につけこみ、彼らの裏をかくことで『タイプ・ブルー』一体の始末に成功した。
しかし。それにもかかわらず、ミュウは生き延びて地球へやってきた。
『タイプ・ブルー』の片割れであるジョミーを失いながらも、ソルジャー・ブルーはミュウを導き目標であるこの星までたどり着いたのだった。
ただの記録としての文字の羅列を見ているだけで寒気がするのに、ブルーはその偉業を実際にやってのけたのだ。後継者を失いながらも…。
そこまで考えて、シロエははあとため息をついて、ベッドに転がった。
…本当は分かっている。
あの人にとって、ジョミーという後継者がいかに大切で、何者にも代えがたい存在であるかということを。そうでなければ、こんな気の遠くなるような長い間、先に逝ってしまった後継者を待てるはずがない。
だからこそ、僕はあの人のことを必死で調べたんだ。
ほんの少しでもあなたを理解できるよう。ほんの少しでもあなたに近づけるよう。
「君の気持ちは嬉しいんだよ…?」
不意に聞こえた涼やかな声に、今度は驚いて飛び起きた。
「な、な、な…!」
視線の先に、ドアにもたれかかって苦笑いしているあの人の姿があった。
「だけど、君はその事実を知るためにどのくらいの危険を冒した?
ジョミーが死んだときの地球側の作戦など、僕はまったく知らなかった。今の今まで、あれはミュウの収容所に向かう際に偶然が重なった上で起きた戦いだと思っていた。おそらくジョミーもそうだろう。」
この人の微笑む様を見ながら、僕はなぜ、どうしてという単語しか頭に浮かばない。普通のときならば見とれるような笑顔も、このときばかりはほとんど何も感じなかった。
「なんで僕の考えていることが分かったんですか!」
言ってみればこれは、あなたに対する秘めた思いなのに…!
そう怒鳴ると、この人は不思議そうな顔をしてこちらを伺った。
「君はミュウのことについて詳しいと思っていたが。
僕をはじめとするミュウの持つサイオンには、精神感応という能力が含まれる。君のように思念の強い人間の心の声など、手に取るように分かる。」
「それは知ってますが…!
でも、相手の心をみだりに読んだりしないってことは、ミュウの間でもエチケットだったじゃないですか!」
照れ隠しに叫んでみるが、この人には僕のそんな思いさえ分かってしまっているらしい。くすっと笑われる。
「それは悪かった。これから気をつける。」
く、悔しい…。
そりゃ、この人は何千年とこの世界を見守ってきた人だ。僕なんかが太刀打ちできるような相手ではないと思うけど…。
やっぱり…、むかつく…!!
「君はジョミーとは違うよ。」
腹を立てているところに幾分か真面目な口調でそんな言葉が聞こえて、はっとする。
…ジョミーとは、違う…。そう、そのとおりだ。
だけど、この人からそうはっきり聞かされると…、やはり落ち込んでしまう。
「ジョミーはそんなことは気にしない。良くも悪くも隠すと言うことが苦手だったからね。」
ジョミーを思い出しているのだろう。寂しげな微笑に、こちらが惨めな気分になってしまう。
しかし、この人は次の瞬間には真っ直ぐにこちらに視線を向けた。
「君は君であって、ジョミーじゃない。僕にとって、ジョミーの代わりがいないように、君の代わりもいないんだよ。」
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