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 目が覚めて、起き上がったあとも心臓が早鐘のように鳴っている。
 外が暗くなっているのを確認してから、時計を見る。夜の8時を過ぎたころだ。あと、小2時間もすればあの人が来るのだろうけど、そんなに待っていられなかった。
 着替える時間も惜しい。
 パジャマのままカーディガンを掴んで、部屋を出た。
 「まあ、ジョミー!ちょっとどこ行くの!?」
 玄関先でママの声が背後で聞こえたが、構っていられなかった。
 早く会わなきゃ、あの人に早く伝えなきゃいけないことが…。
 
 自宅から博物館まで2キロちょっと。いつもならこのくらい走っても何てことないのに、病み上がりの今日は息が上がった。おまけに急に走ったせいか、頭がぐらぐらする。
 博物館前に入ろうとして、門扉に手をかけたが、閉館時間のため鍵が閉まっていた。
 そうだった、サムと来たときもここを乗り越えたんだっけ…。
 意を決して門扉の細工に足をかけて登ろうとしたとき、傍らにふっと人影が出現した。
 「…そんな格好ではせっかくよくなった風邪がぶり返すよ?」
 綺麗な顔にはいつもの微笑みがない。さすがに不機嫌そうだ。それはそうだ、今朝出歩くなと言われたばかりなのだから。
 そんなこの人の様子に、過去の記憶がダブる。
 「夜になったら僕がそちらに行くと言っていたのに、聞いていなかったのか?」
 くす。
 言おうと思っていたことは山のようにあったのに、今はまったく出てこない。その代わり、なんだか笑えて仕方ない。
 こみ上げてくる笑いを抑えることができず、ジョミーはそのままうずくまって笑い出してしまった。
 「…ジョミー…?」
 そんな様子に、一転して心配そうに覗き込むこの人に、さらに笑いが止まらなくなる。
 まだ分かってない、でもそれは当然か。
 「ほ、本当にこんなに待ってるなんて…。」
 待つにしたって限度ってものがあるじゃないか。
 「あなたって頭のいい人かと思ってたのに、意外に馬鹿だったんだ…。」
 これだけ永い間待っていてくれた人にその言い草はないだろう。さすがに怒ったかなと思ってこの人を伺ってみれば。
 「君ならそう言うと思ってたよ。」
 嬉しそうな微笑みを浮かべて、ジョミーを見下ろしていた。
 この瞬間をずっと待っていたのだろうか。
 「あなたは随分優しくなったよね。僕を待っている間に性格が丸くなったんじゃない?」
 「君はあまり変わらないけどね。
 以前と同じで、無茶はするし言い出したら聞かないしで。」
 言われてみればそのとおり。
 でも、事実を言い当てられると、腹が立つのは人情で。
 「悪かったですね、全然進歩がなくって!」
 「進歩がないとは言ってないよ。むしろ、君が慎重だったり聞き分けがよかったりしたら、僕の調子が狂う。」
 「それってどういう意味…?」
 「言葉どおりだよ。」
 この人は澄ました顔でそんな風に言う。
 「君はそのままでいいんだから。」
 何か言ってやろうとしたのに。
 その一言で、反論を封じられてしまった。
 …降参。あなたには敵わないよ…。
 そう、昔っから。
 
 
 
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        | 拍手連載!皆様、お付き合いいただきまして、ありがとうございました。このあとも番外編でお楽しみください。(オイ…。) |   |