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 「40.2度か…。」
 ………?
 聞き覚えのある声にふと目を開ければ、あの人が体温計を見ていた。
 『なんだよ、またお説教?』
 「こんなときにまで、そんなひねくれた言い方をしなくてもいいと思うけどね。」
 『…じゃあ見舞いにでも来てくれたの…?』
 声がかすれている。
 どうやらこの『僕』も風邪を引いて寝込んでいるらしい。
 これはいつもの夢。僕ではない『僕』と、あの人の夢。
 「『鬼の霍乱』と皆がうわさしていたよ。」
 『一番そう思っているのは、君だろ?』
 「そうだね。
 でもいい機会だ。完全に治るまで、しばらく安静にしてゆっくり休養すればいい。」
 言いつつ、この人は隣の椅子に腰掛けた。
 『…ちょっとは否定くらいしてくれればいいのに…。
 それに、君は今僕のそばにいないほうがいいんじゃない?』
 「どうして?」
 『風邪がうつるかもしれないし。
 今君が風邪引いて倒れたらマズいだろ。』
 「君のは、子供の風邪がうつったんだろう?」
 『子供の風邪だろうが何だろうが、大人の僕が引いたんだから!』
 「君も子供のようなものだということだろう。」
 『…病人の枕元でむかつくこと、言わないでくれる?』
 「それはすまない。」
 どこらへんがすまなく思っているのか。この人は微笑みながら謝罪する。
 『…ここにいるならちょっとは役立ってよ。
 この額のタオル、代えてきて。』
 「タオル?」
 『変に温くなって気分悪いの!』
 「人使いの荒い病人だ。」
 そう苦笑いしながら、この人はタオルに手を伸ばす。
 「本当だね、熱くなってる。」
 タオルを取るついでに額の熱でも測ろうと思ったのか、この人は『僕』の額に触れた。
 「…こんなに熱が高いと、脳みそが沸騰して溶けて出てきそうだな。」
 『…澄ました顔でそんな気持ち悪いこと言わないでよ…。』
 確かに…。
 正直な感想なのだろうけど、あなたのその綺麗な顔でこの台詞はないだろう。さっき言われなくてよかった。絶対ショックのあまり、悶絶していただろうから。
 「これは絶対安静だな。ふらふら出歩いたら厳罰ものだ。」
 『大丈夫、出歩く気にならないから…。』
 今までからかっていたようなこの人の目が、不安そうな色を浮かべる。
 いつもとは反応の違う『彼』に戸惑っているのだろう。
 「とにかく、タオルを…。」
 と、額から離れようとしたこの人の手を、『彼』がそのまま掴んでしまった。
 『こっちのほうが気持ちいい。』
 「こっちって…、僕の手?」
 『うん、3分でいいから。』
 「…気持ちがいいなら、ずっとこうしていてもいいのに。」
 『だから、それはダメだって。風邪がうつるだろ?3分が限度。
 君、指導者の自覚あるの?』
 「…君に言われるとは心外だな。」
 『じゃあ、あと2分50秒だね。』
 「…随分と細かいね。」
 それっきり。
 この人も『僕』も口を開くことがなかった。
 
 
 
 
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        | 拍手連載!ちょっと引っ張ってみる風邪ネタだったり…。 |   |