…あれ?
先ほど博物館で別れてきたばかりのあの人がいる。
しかし、博物館で静かに微笑んでいた人とは思えないほどの、不機嫌そうな横顔に疑問符が出てくる。
おまけに。
僕が歩いているこの場所は見たことのないところだった。
味気ないグレーの廊下が延々と伸びていて、奥が暗くなって見えない。その手前に彼は壁を背にして立っている。こちらを見ようとはしないけど、意識しているのは分かった。
「…どういうつもりだ…?」
さらに彼の口から出た低い、怒りを感じるような響きに、こちらのほうが焦る。
…僕、何かしましたか…?
そう言おうと思ったのに。
『お説教ならお断り。』
そんな言葉がするりと出た。
え?今僕が言ったの…?
すると彼は、今度は怒りを隠そうともせずに背を預けていた壁から離れ、こちらに向いた。美人の怒った顔は、美しさもまた壮絶だ。
「作戦を無視して単独で飛び出すなんて。
うまくいったからいいようなものの、伏兵がいたらどうするつもりだった…?」
何の話だろう、と焦っている間に会話は進む。
『結果オーライだよ。』
「だからそれは結果論だ。
大体君のそういう作戦無視や戦法無視はこれで何度目だ?付き合わされるこっちの身にもなってほしいものだな。」
『付き合わなきゃいいじゃないか。』
「そういう減らず口が叩ける間は放っておいても大丈夫か。
とにかく、そんなことじゃ早死にする。人の忠告くらい素直に聞いたほうがいいと思うけどね。」
『君だって人のことは言えないだろ?』
「…少なくとも今の君のように、皆に迷惑はかけていない。」
彼の、一瞬返事の遅れた空白が、何となく気になった。
『まあいいけど。
じゃあ僕はもう休むよ。さすがに疲れたし。』
「当たり前だ。自分がどれほどの無茶をやらかしたか、寝ながら反省でもしたまえ。」
『悪いけど、僕の辞書には「反省」とか「懺悔」とか、そんな言葉はないの。
それに、あれはあれで、戦略的にはありかなって思ってるし。』
そう言った途端、彼の顔にさっと朱がさした。今まで怒りつつも顔色が変わらなかった彼にしては、この変化は相当なものだと思った。これは完全に怒っている状態だなと思いつつ、まったく口を挟めないので黙って見ているしかない。
「…まったく君には呆れ返るな…!
あれが戦略的にありだって?君は自分の命をどう考えている…!?」
『…そんなに怒るなんて、君らしくもないじゃないか…。』
さすがに、彼の剣幕に喋っている『僕』も気後れしたらしい。
「そんなことはどうだっていいだろう!
とにかく、しばらく君は前線に出るな…!自分の命さえ大切にできないくせに、人を守るなんておこがましい!!」
彼はそれだけ言うと、今度は顔を見ているのも不快だと言わんばかりにさっさときびすを返して廊下の奥に消えてしまった。
『…自分の命まで構ってられないよ。』
ぽつんと出た言葉が、自分の中の何かとダブる。
この感覚って?
一体なんだろう…。
ピピピピピ…。
その電子音にはっとして目を開けた。見慣れた自室の天井が見える。
…夢…?
本当に、夢、なんだろうか…。生々しい、じっとりとした感覚が、ただの夢でないことを告げていた。
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拍手連載!私の書くブルーって儚さがあまりないよね…。なぜ?そんなところも好きなのに…。 |
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