怖いとか恐ろしいとか、そんなことは思わなかった。むしろ、静かな微笑みを浮かべるこの人に触れることができない、それがもどかしかった。
「ちょっと聞いてみますが…、あなたはその…。」
遊び半分に入ってみた閉館した博物館の中。
ジョミーは親友のサムと一緒にここに入ったはずだったのだけど、途中ではぐれてしまい、結局ジョミーは今このホールで彼と一緒にいる。
「霊魂、残留思念、といった呼び方になるのだろうけど、君の好きに呼んでいいよ。」
「やっぱりそうなんですか…。」
目の前のこの人が実体を持たないとはっきり聞いて、残念だと思った。こんなに綺麗な人なのに、すでに故人なんだ…。
いつごろ生きていた人なのか、何をしていた人なのか、どんな状況で亡くなったのかとか…。服装から言うと、随分昔にいた人のような気がする。しかも雰囲気がいまどきの若者とはかけ離れていて、落ち着いているせいか身分が高い人に思える。威張った様子や偉ぶったところはまったくないのだが、オーラとでも言うのだろうか、上に立つ人はこんな人なのかと自然に思えるというところが不思議だ。
両親や学校の先生に、立派な人だと紹介されても誰一人として尊敬できなかったことを考えれば、そう思うこと自体信じられない。
…こんな人、初めてかもしれない…。
若い外見に似合わず、彼の紅い瞳は悠然としていて威厳があることも一因だろう。
それにしても死ぬのには若すぎるんじゃないだろうか、とふと思う。
年のころは17、8歳くらいで、自分の年とそう変わらないし、いくら昔で医療事情が悪いとはいえ…。
病気…かな?
ふと思ったのがそれだった。あまり人が死んだ原因についてあれこれと考えるのは失礼だとは思ったものの、つい考えてしまう。
うん、肌は白いし、身体も細い。あまり健康そうとは言えないし…、と思いかけて、ユーレーなんてそんなもんかと思っていると、目の前の彼が僕を覗き込んでいた。
「もしかして、僕が死んだときのことを想像してみた?」
「え…!いえ、そうじゃなくて…!」
「じゃあ、何が『病気』なのかな?」
うわ、うっかり口に出しちゃったのか!?
慌ててしまって、ここでとっさに適当な理由を答えられないのが腹立たしい。彼は彼で面白がるような笑みを浮かべているし。
「残念だったね、ハズレだ。僕は戦争で死んだんだよ。」
目の前の人は、意外にもあっさりと自分の死因を明かした。
「とはいえ、僕にもよく分からないんだ。銃弾は受けたけど、あのときはいろいろあってね、直接の死因はもしかするとまた別にあるのかもしれないな。」
戦争で銃弾を受けて、と言われて悪いことを聞いてしまった…と思った。
「すみません…。」
「構わないよ。今はどこも痛くないし、身体を持っていたときよりも動きやすいくらいだ。」
本当かどうかは分からない。ジョミーを安心させるための方便かもしれないとは思ったが、とりあえずもうこの話題には触れないことにした。
「何でここに留まっているんですか?」
言ってみればこれは成仏していないという状態なのだろうが。
あとで考えて、これまた随分と失礼なことを聞いてしまったと思ったが、そのときはまったく考えも及ばなかった。
彼も別に気にした風もなかったし。
「僕が死ぬ少し前に亡くなった人がいて、その彼の遺言でね、『この星を見守ってほしい』と言われていたんだよ。僕が生きていた当時、この星は人が住めないほど荒廃していて。」
ちょっと待て、それはいつの昔なんだ?
確かに、かなり昔地球が汚染されて人類は他の星に移住したことがあるとは習った。それは何十年の単位じゃなく、何百年、何千年の単位だったと思う。
ということは、それだけ長い間この人はこの星をずっと一人で見守ってきたのか?気が遠くなりそうだ。
いや、それ以前に、その遺言は…。
「あの、その人そんなに長い間見守ってほしいって言ったわけじゃないんじゃ…?
あなたにそんな無理を言ったつもりはないと思うけど…。」
そう言えば、彼はうなずいた。
「そうだろうね、せいぜい僕が生きている間というつもりだったんだろう。でも、僕はこの星が好きだったから、この地球に人が住めるようになる過程を見ていることは苦痛じゃなく、むしろ本望だったんだよ。」
本当にこの星を愛しているんだ、と彼の表情を見て思った。夢を見るような表情で遠くを見ている。
でも、その先に見えるのは、地球?それとも…。
「…あなたの先に亡くなったという人、友達だったの…?」
そう問うてみれば、彼は少し首をかしげた。
「友達、と言えなくはないけど、どちらかというと、あまり仲はよくなかったかな。
彼と僕は立場がよく似ていて、そのためか意見の衝突はしょっちゅうでね。彼は意見を曲げないし、僕は、彼曰く頑固だそうだから。」
「頑固、なんですか?」
この人が?
「彼にも言われたよ。僕はこの見かけで随分得してるとね。」
この人が、当時仲のよくなかった『彼』の話をするとき、嬉しそうでいて切なそうな目をする。
「彼が亡くなって、思ってた以上に僕の心の中は彼に占められていたんだなと分かった。
まあ、戦いの最中だったから、彼が亡くなった直後はいろいろと取り紛れてしまったけどね。当時はそんな感傷に浸っている暇はなくて、こうして僕自身死んだ後にゆっくり思い出していたくらいだし。」
相槌さえ打てない。
もうここにはいない『彼』は、それでもこの人の中にいるんだ…。
「彼は僕に頼みごとなんかしたことなかったんだけど、亡くなる直前、そんなことをお願いされたものだから、僕としても心に残ってしまって、つい…。」
こんなに永くここに留まってしまったんだよ。
無性に、その仲のよくなかった『彼』が。
うらやましくなった。
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拍手連載下ろしました♪スミマセン、他にも書かなきゃいけない話があるのに…! |
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