どうにも僕は、ブルーに弱い…。
ジョミーは隣を歩く少年にこっそり目をやった。
人並み外れて綺麗な顔立ちは、昔と変わらない。加えて今は、子どもらしい無邪気さも兼ね備える、14歳の少年としてジョミーのそばにいる。
これがよかったとは到底思えないけれど…。
一途に慕ってくる少年を見ていると、無下にするのがかわいそうな気がした。いやそれよりも。
『置いていかれるなんて、絶対いやだ! だから…お願い! 連れて行って!』
あの言葉で…完全に過去の自分が今のブルーに重なった。
ブルーがメギドに向かったとき。
自分のソルジャーとしての立場が歯がゆかった。指導者として、死地へ赴くブルー個人よりも、シャングリラのみんなを優先させなければいけなかったことが…辛かった。それでも、これは彼の人の遺志だからと嘆く心を凍らせて…地球への道を歩んだ。
あの思いを、この子にさせてはいけない。つい、そう思ってしまったのだけど…。
ジョミーは視線を前に戻す。
…とにかく、この子は守らなくてはいけない。あのときメギドに向かうあの人を見送るしかできなかったから、今度こそは…。
「ジョミー…?」
その声にはっとすると、傍らのブルーがこちらをじっと見上げていた。心配そうな紅い瞳。
「怒ってる…?」
…不安そうな様子が見えると思ったら…ジョミーがじっと考え込んでいたのを、わがままを通した自分に怒りを覚えているのかと思ったらしい。
「…いや」
微笑みながら首を振る。けれど、話さなければいけないことはしっかりと話しておかなければと思い、立ち止まった。一緒にブルーも足を止める。
「君にきちんと説明しないままA国行きを決めてしまってゴメン。立ち話のようになってしまうけど、最初からきちんと説明するよ。その上でもう一度考えてほしい」
「考えてって、僕は…」
「僕たちがA国に行くのは、過去の亡霊を消すためなんだ」
ブルーが否定しようとするのを遮ってそう言うと、少年は訝しげにこちらを見つめてきた。
「こんな話をすると、君は僕の正気を疑うかもしれない。でも、これは真実なんだ。そう思って聞いてもらいたい」
そういうと、ブルーは少しばかりひるんだ様子だったが、やがて真剣な表情になるとしっかりとうなずいた。
「うん、分かった」
…真剣なブルーの表情に、ジョミーはほっと息を吐くと続けた。
「随分前になるけれど…『人類が地球を窒息させている』と結論づけた一部の人間の考えによって、SD体制というものは強かれた時代を…ブルーは知ってる?」
「う…ん…学校で習ったけど…」
歴史の授業のことを言っているのだろう。
…じゃあ、SD体制自体については端折ろう。話が長くなりそうだし。
「SD体制はマザー・コンピューターというシステムによって管理された。そのため、人間も自らがつくったコンピューターの管理下に置かれることとなった」
おそらく、カリキュラムの中でさらりと流される程度の部分。そこに特別な感情など挟む余地はないだろう。それが証拠に、ブルーはきょとんとして聞いている。
「僕たちが消そうとしている亡霊は、そのマザー・コンピューターなんだよ」
そう言うと、ブルーは驚いたように目を丸くした。ジョミーは苦笑いしながらブルーをのぞきこんだ。
「…SD体制を改めることとなったきっかけは…習った?」
「う…ん…。その…SD体制によって迫害されたミュウっていう人たちが、反乱を起こしたからって…」
戸惑い気味に話すブルーだが、それはそんな昔に話が飛ぶとは思っていなかったからだろう。けれど。
反乱…か…。
ブルー自身の口からそう聞くのは何だかさびしい気がした。
確かに、学校ではそんな言葉で教えているのだろう。けれど、ソルジャー・ブルーの地球への思いや、安住の地ナスカを失ったときの皆の悲しみを、そんな言葉で表されるのは複雑だ…。
「ジョミー?」
ふと気がつくと、ブルーがこちらを見つめていた。
いけない、また黙りこんでしまっていた…。
ジョミーは頭をかいて軽く頭を下げた。
「何でもないよ。でも、SD体制が崩壊したのは、ミュウのためだけじゃない。マザーに守られていた人類自身も疑問を持って、ともに戦ったからなんだよ。機械に管理され、人間らしい感情さえ失わせるマザー・システムに対して、みんなが立ち上がったからなんだ」
そう、僕だけの力では<グランド・マザー>を斃すことなどできなかった。キースやみんながいてくれたから…。
ふとそんな懐かしい思いにとらわれたが、こちらを見上げてくるブルーの視線に気がついて、ブルーを正面から見つめた。
「ねえ、ブルー。ミュウのことはどのくらい知ってる?」
そういうと、ブルーは気まずそうに目を泳がせた。
「…あんまり知らない」
それはそうだろうが、歴史自体あまり得意な教科ではないらしい。
…やはり、ソルジャー・ブルーとは違う。あのときは彼自身が生きたミュウの歴史書のような存在だったから。
ジョミーはくすっと笑うと、口を開いた。
「ミュウは、手を使わずにものを動かしたり、言葉に出さずに意思を伝え合ったりできた、超能力を持つ種族だった。マザー・コンピューターはそんな能力を持つものを、体制を乱すものと危険視していたんだ」
その途端、ブルーの表情がこわばった。その言葉に、まさか、と思ったらしい。
「…そうだよ、僕がそのミュウだったんだ」
そう言うと、ブルーは信じられないという顔をした。
…この子は勘がいい。ソルジャー・ブルーとしての記憶はないが、今の話と僕とをすぐに結び付けて考えることができるとは。
そう、ひそかに感心したのだが、やはり世間一般の常識に照らしてみると、相当無理があったらしい。
「だって…! それはずっと昔のことだよ、何百年前の! ジョミーはまだ二十歳くらいじゃないか!」
そう反論されるのに、やはりそれが当然の反応だと思いなおした。
「生まれ変わりって信じられない? 僕の前世がミュウだった」
「…前世?」
おうむ返しにつぶやくブルーに、そうだよとうなずく。
「そのとき一緒に戦った人類のひとりが、キースだ」
そう言うと、ブルーの表情が変化した。不満げというか、むっとしたというか…。
「…あの…人相の悪い人?」
「…? うん、そうだけど」
まあ…確かに目つきは悪い奴だけど、女の子に人気があるんだけどなあ…?
そうは思ったが、そんなことは今関係ないかと思って気を取り直した。
「話を戻すけれど、あのときSD体制を崩すために壊した<グランド・マザー>というマザー・システムの中枢となる部分が、現代で復活しつつあるらしいんだ。もし、それが本当なら、計画自体を阻止しなければいけない」
いや、キースはいい加減なことをいう奴じゃない。だから…また、壊しに行かなければいけない。それがどんなに困難なことだろうと。
「そんな…! それじゃジョミーは危険なところに行くんじゃないか! 生まれ変わりっていっても、今のジョミーには何の関係もないじゃない!」
けれど…そういうとブルーは怒ったように叫んだ。
「ねえ、それってすごく大変なことなんだよね…? SD体制の崩壊のときも、いっぱい人が死んだってきいたもの。わざわざジョミーが危ない目にあうこと、ないじゃないか! そんなことは、誰かが…政府の偉い人が何とかするよ…!」
僕のことを心配してくれているんだろうけれど…。そんなブルーの反応につい。
…落胆した。
この子にソルジャー・ブルーとしての記憶はないから、それは当然の反応だろう。まさか、そんな国家レベルの問題を一市民がどうこうできると思っていないだろうから。でも…。
…ブルーの口から、そんな言葉は…聞きたくなかった…な…。
「ジョミーだって、大学を出たら学校の先生になりたいって言ってたじゃない! そんなことジョミーがやらなくっても…」
「じゃあブルー。僕のこの力は何のためにあると思う? マザーを斃したこの記憶は何のためにあるんだろう。誰かが何とかすると君は言うけれど、そうやってSD体制は何百年も続いたんだ。同じ人間であるミュウの虐殺を許しながら」
自分の事なかれ主義に気づいたらしい。ブルーははっとして黙り込んだ。
「ブルーを巻き込むつもりじゃなかった。だから…今からでも家に帰っていいんだよ?」
これは嫌味でもなんでもない、本心だから。ブルーは本当にただの14歳の少年で、本来ならこんな話など知るよしもないのだから。
「ごめん…なさいっ! 僕…自分のことしか考えてなくて…」
けれど、ブルーは泣きそうな顔で頭を下げてきた。
「…ブルー…」
「もう言わない、ジョミーがそう決めたのなら。だから、家に帰れなんて言わないで。一緒に連れてって…!」
今度は必死になってうるんだ目でこちらを見つめる様子に…強くいいすぎたかなと少しばかり後悔した。
10へ
まあ、歴史で習うようなことを現実だって言われてもねえ…。
おまけに、ブルーはジョミーがミュウの中心人物だって知りませんし(なんとなく分かるでしょうが)、ジョミーことソルジャー・シンが若くして非業の最期を遂げたことも当然知りません♪(非業といえば非業かなと。<グランド・マザー>と戦って重傷を負い、その傷がもとで動けなくなって地下に閉じ込められて亡くなったワケで…。)
子ブルが知ったらさぞかしショックでしょうね〜! おまけに自分自身がジョミーをそういう運命に追いやったと知ったら…vv
それはそうと、A国行きのメンバー発表まで行きませんでした!それは次回に…(こうして無用に話は延びていく…) |
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