まだ心臓がドキドキしている…。
ブルーはそっとジョミーを伺った。今のジョミーはいつもと変わらない。優しそうな緑の瞳でこちらを見つめてくれている。
そう思ってほっと息を吐く。
荒唐無稽な物語。ジョミーの口から出てきたのは、にわかに信じがたい話だった。けれど、ジョミーの言葉にうそはないと思った。なぜかは分からない。ジョミーじゃないほかの誰かから同じ話をされても、きっと信じられないだろう。
でも。
ジョミーの言うことは真実なんだ。
そう思ったからこそ、そんな危険なことはしないでといった。前世で戦ってきたのなら、今世でまで戦うことはないじゃないか。ほかの誰かに任せればいい、ジョミーは今を自分のために生きればいい。
だけど、そういった途端、ジョミーの雰囲気ががらりと変わった。
あんなに優しい緑の瞳が、こんなに冷たく光るとは思っていなかった。いつも聞いているだけで暖かな気分になった声が、あんなにぞっとする響きを持つとは思ってもいなかった。気温が一気に下がったような、そんな気分に陥った。
軽蔑、されたのだろうか。それとも…僕になんか話さなきゃよかった…なんて思われたのかな?
ジョミーの雰囲気が和らいでも、ブルーには不安が残った。
もう…ついてくるなって言われたら…どうしょう。
「今回の旅は、本当に危険なんだ。だから、必ず僕やキースの指示に従ってほしい」
だが。そんな声をかけられるのには、何となくほっとした。けれど、内容にむっとする・
「…いやなのか?」
ブルーの様子にジョミーは首をかしげた。
まだ連れて行ってくれる気でいると思ってほっとしたものの、あの意地の悪い男のいうことを聞けといわれるのには、やはり抵抗があった。
「そうじゃないけど…ジョミーの指示にって言われるのなら分かるけど、あのキースの指示って言われると…」
言いながら、ブルーは頬を膨らませた。その様子に、ジョミーはくすっと笑う。
「…何がおかしいの?」
その笑いには何か含みがあるようで、つい言葉が詰問調になってしまう。ジョミーは「何でもないよ」と首を振ると、今度は真顔でブルーを見つめた。
「だけど、僕がその場にいないことも考えられるから、それはきちんと聞き分けておいてくれないとね」
連れてはいけないよ?
そういわれると、弱い。ブルーは不承不承ではあったがうなずいた。
「…でも、僕ジョミーと離れる気ないから」
ずっと一緒にいるという意思表示にと、今度はぴたりとくっつくように腕にすがりついた。するとジョミーは嬉しそうに笑った。でも…次の瞬間にはさびしそうな笑顔に変わる。
…ジョミーがこんな笑い方をするのはどうしてだろう。
ジョミーがこんな風に悲しそうな顔で僕を見るのは、初めてじゃない。会ったときから何度も見た。そのたびに、なぜそんな表情をするんだろうと思って、何度も訊こうとして…でも訊けなかった。訊いてはいけないような気がしたからだ。なぜかは分からないけれど…。
「ああ、それから」
その声にはっとした。
「A国行きのメンバーの中には、僕のように変わった力を持つものがいる。それでも…君は平気?」
じっとジョミーに覗き込まれて、ふと思った。
僕はジョミーさえいればいい。だから、あのキースとか言う男がいても我慢する。ほかの誰がいても関係ない。けれど…。
「その中に…『ソルジャー・ブルー』っていう人、いる?」
そういうと、ジョミーは表情を消して黙り込んでしまった。
あれ…? もしかするとと思ったけど、見当違いだったのかな…? ミュウだったころのジョミーが『ソルジャー・シン』なら、『ソルジャー・ブルー』もきっとA国行きのミュウのメンバーにいるだろうと思ったのだけど。
「ジョミー…?」
ジョミーの大切に思う『ソルジャー・ブルー』がそばにいたら、きっと心穏やかじゃないだろうなと思って聞いてみたんだけど…。
しかしジョミーはただ黙ってブルーを見つめているだけ。どのくらいそうしていただろうか、ジョミーは目を伏せると首を振った。
「いや…いないよ。『ソルジャー・ブルー』は、ずっと前に死んでしまったんだ。生まれ変わっているのかもしれないけど、どこにいるのか分からない」
…そうなんだ…。
その言葉に、少しほっとした。少なくとも、今回一緒に行くメンバーにはいないらしい。
「そう…なの」
けれど、『ソルジャー・ブルー』のこと話すジョミーがあまりにもさびしそうで、あからさまに喜ぶわけにもいかず、うなずいてから「誰がいても平気だから」と伝えた。
と、そのとき。目の前に高級車が滑り込んできた。黒のロールスロイス。見慣れない大きな長い車に目を丸くしていると、ウィンドウがするすると下がった。
「グランパ、迎えに来たよ!」
「早く乗ってください、もう出発だそうです」
座席に乗っているのは、リオとトォニィと呼ばれていた青年だった。
リオは予測していたものの、この妙にジョミーに馴れ馴れしい赤毛の青年までもが同行するメンバーだったとは…。
「ああ、そうだな」
と、ジョミーも笑いながら車のドアを開く。その途端、豪華な内装が目に入る。ベルベットのふかふかのソファ。小さいながらも豪華なシャンデリアの車内灯…。
しかし、車に乗ろうとして、ふとひやりとしたものを感じて立ち止まった。
何だろう、と思ってジョミーを見ると同じように何かを感じ取ったらしい。険しい顔をして今来た道をにらんでいる。
「じょみ…」
「先に行け」
ジョミーの声のトーンが下がる。さっき感じたようなぞっとする感覚ではないが、張り詰めた弦のような緊張感が伝わってくる。
ジョミー…。
その雰囲気に声をかけられなかったのだが、視線を感じたらしく、ジョミーはこちらを振り返った。
「大丈夫だよ。君はリオたちと一緒に先に行っていて」
少し表情を緩めてから、ジョミーはそういった。そして、こちらの返事を待つまでもなく、くるりと方向を変えると、さっと走り去ってしまう。止める間もあったものではない。
「…ジョミ…っ」
声をかけようと思ったときには、もう彼の姿は見えなくなっていた。追おうかどうしようかと一瞬悩んだが、どこへ行ったのか分からないのに追いかけることはできない。そう思って途方に暮れてしまったのだが。
「どうしたんです? 早く乗ってください」
「先に行けってさ」
振り返ると、車の二人がこちらを見ていた。リオは微笑みながら、トォニィと呼ばれていた青年は何をぐずぐずしているんだとばかりに不機嫌そうに。…二人とも、まったくジョミーのことを心配している様子がない。
「でも…ジョミーが…」
そういうと、トォニィは、ああ、とジョミーの走り去った方向に目をやった。
「グランパにとっては何てことないよ、肩慣らしにもならないほどだろ?」
何が何てことないのか、何の肩慣らしなのかさっぱり分からない。分からない、けれど…。
ジョミーは、あの不思議な力を使って戦いに行ったんだ。
なぜそう思うのか分からなかったが、そう確信できた。
「大丈夫、ジョミーはすぐに来ますよ」
もう片方のリオは、安心させるように笑ってから車のドアを開けてくれた。乗れ、という意味だろうが、ジョミーを置いてここを去っていいものか迷った。
「乗ってください。あなたがここにいても仕方がない。それにジョミーは必ず戻ってきますから」
そういわれるのに、不承不承うなずく。
それもそうか…。僕がここにいたって何ができるわけでもないし…。
リオに促されるまま車に乗り込む。車の中は、3人で座っていてもまだ広く感じられるほどだ。それは自分が小さいせいだろうか、などとつまらないことを考えて落ち込んでしまう。そのくらい、リオもトォニィも身長がある。二人とも、間違いなくジョミーよりも背が高いだろう。
「そういえば、きちんと挨拶していませんでしたね。私はリオ。彼はトォニィ。ジョミーと同じ『ミュウ』と呼ばれた仲間です」
すでに、ジョミーから説明があったと思ったのか、リオは何のためらいもなくそう切り出した。
…やっぱり…。
実はそんな気はしたのだ。ジョミーがミュウという種族の生まれ変わりならば、古い友人だというリオもそうだろうなと。じゃあ…。
この…トォニィも…?
じっと赤毛の青年を見つめていると、トォニィはこちらを見下ろしながら、ふふんと鼻で笑った。何となくむっとする。それを察したのか、トォニィは吹き出した。
「ああ、怒るなって。こうやってあんたを見下ろしていると、不思議な気分になるなと思っただけだよ」
なんのことか分からない。けれど、馬鹿にされていることには違いなさそうで、むかっとしてそっぽを向いたそのとき。
ふと別の考えが頭をもたげた。
ここにいるのは、ジョミーのミュウだったころを知る人間だ。じゃあ、当時のジョミーのことを聞くことはできるだろうか。それに…『ソルジャー・ブルー』のことも…。
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次も引き続きブルー語りのターン♪
それにしても、自分のことを聞いてどうしようってんですかね、ブルーってば。褒められたりしたら腹が立つだろうに…。 |
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