な、なんでこいつがこんなところに…!
さっきまでのショックはどこへやら。ブルーは突如目の前に現れた、キースという男をにらみつけた。
「聞こえなかったのか、うちまで送ってやるからさっさと来い」
そう繰り返されるのに、冗談じゃないと内心つぶやいてから。
「結構です! ひとりで帰れますから!」
「あんな怪しい奴らが、貴様を狙っていると分かっていても、か?」
そう言われると、うっと詰まる。そう、僕を『ソルジャー・ブルー』という人と間違えて、殺そうとした人たちのことを忘れていた。同時になぜこの男が知っているのだろうと思いかけて。
どうしてジョミーは、僕が危ないって分かったんだろう…?
そう思ってジョミーに目をやると、困ったようにこちらを見ているジョミーの視線とぶつかった。
「あの…人たちは、何?」
「貴様は知らなくていいことだ」
ジョミーが口を開くより先に、この横柄な男が口元に笑みを浮かべながら言い放った。それにはカチンときて、ブルーは勢いよくキースを振り返った。
「撃たれそうになったんだよ! 知らなくていいってこと、ないだろ!?」
「知れば後戻りできないぞ…? 貴様の家族や友人をも巻き込んでしまうことになる。両親や級友を危険にさらす真似はしたくないだろう」
パパやママ、それに、友達を…危険にさらす…?
その言葉には…戸惑わざるを得なかった。困惑して視線を泳がせた先に…ジョミーの心配そうな表情があった。
「…ブルー、キースと一緒に帰ったほうがいいよ」
え…。
「キースなら大丈夫。こいつは口は悪いけど、信用していいよ」
「おい、誰が口が悪いだと?」
その言葉にキースは苦虫をかみつぶしたような顔でジョミーを見つめる。それに対して、ジョミーは目を瞬かせてキースを見返した。
「自覚、ないのか?」
「俺は紳士だからな」
「…紳士の意味を取り違えてるんじゃない?」
そのやり取りに、二人の過ごした時間を感じて…つい、嫉妬したくなってしまう。こういう軽口を叩ける、お互い遠慮のない間柄であると見せつけられたような気がして、ブルーはさらに落ち込んだ。
「それはさておき」
キースはそんな会話を打ち切るように今度はこちらを向いた。
「ジョミー、さっさと行け。チャーター機を用意したからな」
「え…もう?」
ジョミーにとっても、こんなに早く発つのは予想外だったらしい。驚いたように目を丸くした。そう言えば、キースはこの場に現れたとき、『予定を切り上げる』と言っていたなと思いだした。
「何を言っている、もう手続きは済ませただろう。荷造りはいらん、いざとなれば俺が何とかする」
「ダメ!」
それまでただ成り行きを見守っていたが…。ジョミーがA国へ行ってしまう、しかも…こんな奴と一緒に、と思うと、腹が立ってきた。
確かにジョミーの人智を超えた力は恐ろしいと思う。アスファルトを剥がし、銃弾を止め。…そんなことのできる人間がいるなんて、しかもそれが…よりによって…ジョミーだなんて…。
でも。そんな思いとは別に、ジョミーと一緒にいたいという思いが確かにこの胸に存在している。
「ダメ! 絶対にっ」
その言葉に、ジョミーが困ったようにこちらを見つめてきた。
「ブルー…、あの…」
「貴様、自分の立場が分かっているのか、発育不良の中坊。貴様などまだ未成年で、その気になれば存在そのものを消すなど造作もないことなんだぞ」
ジョミーが何か言いかけたが、それをキースが遮ってしまう。
「それは、貴様の両親も同じだ。ある日家に帰ってみたら、そこはすっかりもぬけのからになっていたという、信じがたいことだって起こりかねない。それだけの力を持った組織が相手なんだ。だから、貴様のような子どもは、分相応に平和な暮らしを享受し、学業に励めばいい」
そう言われるのには少しばかりひるむ。脅しにしてはあまりにも恐ろしいことをあげられて、ブルーはただ立ちつくした。
自分はいい、自分だけは。けれど、それが原因で誰かを巻き込むなんて…。
「分かったのなら、来い。悪いようにはせん」
そう手を差し伸べられるのに…ブルーはふと思い出したことがあった。
「じゃあ…ひとつだけ教えて」
「何だ?」
…ジョミーに言ったつもりだったのに、返事をしたのはキースだった。
「『ソルジャー・ブルー』って、誰? 『ソルジャー・シン』は、ジョミーのことなんでしょ?」
響きからして、『ソルジャー』は何かの敬称だろう。彼らが僕と間違えた、『ソルジャー・ブルー』は、ジョミーとどんな関係にあるのだろうか。
「だから、貴様は知らなくていいと言っただろうが!」
「僕はジョミーに聞いてるんだ!」
ジョミーは。困ったようにブルーを見つめていた。が、やがて表情を緩めて小さく笑った。とても悲しい表情だ、と思った。
「…『ソルジャー・ブルー』は、僕の大切な人だ。何をおいても守りたい、愛しい人だよ」
その言葉に…無性に腹が立った。けれどジョミーはそんなことなどまったく気付かないようだった。
「とても優しくて、切ないほどに強い人だった。仲間のことだけを考えて、いつも自分のことは後回しで…。だから、僕だけはその人を守りたいと思っていたんだ。」
…誰かは分からないが、『ソルジャー・ブルー』とは、ジョミーが何よりも大事に思っている存在らしい。だが、頭に血が上っているブルーには、ジョミーがその人となりを過去形で話していることに気がつかなかった。
そんなこと、全然言ってなかったのに! ジョミーにそんな人がいるだなんて、教えてもくれなかったのに…!
「僕も行く!」
そう思ったら…そんな台詞が勝手に口をついて出ていた。
それは、衝動的なものだったかもしれない。でも、ここでジョミーを見送ってしまったら、僕は一生後悔する。パパやママには…ごめんなさいとしか言えないけど…。
「僕も一緒に行く! 連れて行ってくれなきゃ、みんなにジョミーの不思議な力のことをバラしてやる!」
我ながら、なんて幼稚で卑怯な言い草だろうと思う。ジョミーも呆気に取られたと見えて、口をぽかんと開けたまま、固まってしまっていた。
「置いていかれるなんて、絶対いやだ! 足手まといにならないようにするから…だから…お願い! 連れて行って!」
多分。ジョミーも、このキースも、僕の身の安全を考えてくれているのだろう。けれど。
ジョミーが大切に思っている『ソルジャー・ブルー』という存在…。その人はどんな人? 名前からすると、男…だと思うけど、もしかして女? ジョミーよりも年上なの? それとも年下? 素敵な人? かっこいい人? 綺麗な人? かわいい人?
…僕に構ってくれたのは、その人と名前が同じだったからなの…?
「ブルー…」
ふと顔を上げると、ジョミーがこちらを見つめていた。その緑の瞳が、ひどく動揺しているのを見て取れる。
「ブルー、僕は…」
それっきり。ジョミーはこちらをじっと見つめていたが、やがて意を決したように続けた。
「…後悔、するかもしれないよ? 僕たちと一緒に行ったら、戻ってこられないかもしれない」
「ジョミー!!」
何を言い出す!? とばかりにキースは慌てているようだが、ジョミーはため息をつくともう一度口を開いた。
「死ぬかもしれないし、死ぬよりも辛い目にあうかもしれない。それでも…?」
脅し、ではないのだろう。ジョミーの真剣な顔に、気を引き締めて…こっくりと首を縦に振った。
「…分かった」
ジョミーはそううなずいて、次には申し訳なさそうにキースを見た。
「キース、あの…」
「ああもう、勝手にしろ…! 俺はどうだっていいんだ、お前さえよければな!」
「ゴメン…。で、キース、ブルーの両親のことだけど…」
「ああ、分かった。配慮はしてやる!」
キースから投げやりに言われるのに、ジョミーは苦笑いした。そして、そのままブルーを振り返る。
「怖くない?」
何のことを聞かれているのだろうかと思った。
「僕のことが、怖くない?」
さっき男たちに囲まれたときの、ジョミーの不思議な力のことを言っているのだとようやく気がついたが、ブルーは首を振った。
「だって、ジョミーはジョミーだから」
本当のことを言えば…恐怖は消えていない。でも、そんなことよりも、ジョミーと一緒にA国へ行けることのほうが、嬉しかった。
9へ
前ふり長し…! やっぱりこうなるのですよね〜。次はジョミー語りのターン、A国行きメンバーも発表です。
それにしても「ソルジャー・ブルー」が自分だとはつゆ知らぬ子ブルー。誤解が誤解を生んで、キースのからかいのネタにならなきゃいいんですけど♪ |
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