「あれって…もしかして…」
トォニィは、ブルーの走り去った方向を見ながら、呆然とつぶやいてからこちらを見つめた。
「ソルジャー…ブルー…?」
「うん…。でも、彼は前世のことはまったく思い出していないんだ」
ブルーの前世…。
それを思うと、胸が苦しくなりそうになる。
ブルーを失ってから、僕は彼の過去を知った。別に調べようと思ったわけではないが、実験体のミュウことや、その収容施設のことを調査した中で、タイプ・ブルー、オリジンのファイルを見つけ、その解凍に成功した。
そしてその内容に…愕然とした。
あの人は穏やかな表情の下に、こんな過去を隠していたのかと…愛おしくなった。あの成層圏で見せてくれた過去は、ほんの一部だったことを思い知らされた。思えば、前世のブルーは、今見せてくれるような全開の笑顔を浮かべたことがなかったのだ。それは、あの凄惨な過去によるものかもしれない。ならば…今のブルーには、余計なものは背負わせたくない…。
「彼は…今度の戦いには、参加させないつもりだ。」
もし…ソルジャー・ブルーの力を得られたら、きっとグランド・マザーとの戦いは楽になるだろう。それでも…。
「グランパ! 大丈夫だよ、僕がいる…!」
ふっと顔を上げると、トォニィの自信に満ちた表情が目に入る。
「僕はグランパのためだったら何だってできるんだ! グランド・マザーにだって絶対負けない…!」
トォニィは心を読んだかのように胸を叩いた。
「僕は、グランパのためにこの世に生まれてきたんだ。それは、前と同じだよ? 前のときは…」
そこで、トォニィはふっと顔を曇らせた。
「前のときには…僕はグランパを助けることができなかった。血を流して冷たくなっていく身体を抱きしめていることしかできなかった。」
「それは…お前のせいじゃない」
だが、トォニィは首を振った。
「ずっと…心に残っていた。あのとき、グランパの言葉に従って、メギドを壊しに行ったことを後悔しているわけじゃないけど…。ミュウや人類、それに地球のために三十年余りの生涯を閉じたグランパが、一体何を思っていたのか…。あの寂しい地下で…苦しい思いはしていなかったか…」
…トォニィ…。
この子は僕と同じだ、と思った。
僕も、ずっとブルーのことが気にかかっていた。ソルジャーとしてミュウを守り、メギドに向かったブルー。彼は自分の最期さえ誰にも伝えてこなかった。それだけの力はもうなかったのかもしれないが、ブルーなら自分ひとりですべて背負い込んでしまったような気がした。弱音ひとつ吐かず、辛い顔も見せず。
「…トォニィ…」
「だって…グランパは長寿だといわれるミュウなのに、人類よりも短命だったんだよ? あれから僕はソルジャーになって、人類との共存を目指した。…だんだんと二つの種族のわだかまりもなくなってきたけれど…それを見てほしかったグランパが隣にいないってことが、一番悲しかった」
自分が若くして命を落としたということは、まったく考えていなかった。ブルーに見出され、ソルジャーとなってからの自分の人生は、何十年もの時間を凝縮したかのごとく密度の濃いものだったからだ。
それよりも…。
「…僕は幸せだったよ」
心からそう思う。トォニィは、その言葉にはじかれたように顔を上げた。
「ユグドラシルの地下で、僕は満ち足りていた。ミュウや人類の強い意志の力に、誇らしささえ感じた。それに、僕は死ななければいけなかったけれど、僕にはミュウと人類の生きる道を切り開く後継者がいた」
お前だよ、といえば、トォニィの表情が歪む。
「同時に、お前のことが心配だった。確かにお前は小さい子どもだったから。こんな役目を押し付けて、死ぬしかなかった自分が歯がゆかったけれど…」
お前なら、大丈夫だとも思っていたんだよ…?
あとの歴史が証明したとおり、お前はよくやった。ミュウと人類は再び同じ種族となり、自らの人生を機械に頼らず、生き抜く術を覚えた。
そう言うと、トォニィは涙ぐんだ目をごしごしと服の袖で拭うと、再度笑顔になった。
「うん、ありがと!」
そして…ミュウの力も消滅した。あれは、人類としての尊厳を守る、マザーへの反抗の意思だったのだろうか。ミュウと人類とがひとつになったとき、まるでその役割を終えるようにサイオンはなくなってしまったのだ。
トォニィは目を潤ませたまま嬉しそうに笑った。
「僕は…ほかの誰よりもグランパに誉めてもらいたかったんだ。誰よりもグランパに認めてもらいたかった。僕をソルジャーに指名してよかったと、グランパに言ってほしかったんだ!」
その台詞に…自分が重なった。
ブルーに記憶がなくて、安心した。けれど、同時にがっかりしたことは否めない。なぜなら、自分もブルーにそう言ってほしかったのだ。
…君はよくがんばった、君を後継者に選んでよかった、と。
そのとき。
誰かの叫びが聞こえた。
…ブルー!?
切迫した叫びに、その位置を特定する。その様子を透視して…唖然とした。
「すまないトォニィ、話は後だ…!」
「グランパ!?」
トォニィの了解の返事を聞く間もなく、その場からテレポートする。
…なんで気がつかなかったんだろう! ブルーを囲んでいる奴らは、A国陸軍だ。A国といえば、マザー再生計画が行われている国なのだ。多分…もっと前からブルーのことを調べていたに違いない…!
それと同時に愕然とする。
…ということは…マザー・システムの復旧は、思ったよりも進んでいるんじゃないか? ブルーのことを調べられるくらいだ、完全とは言いがたくても、ミュウの転生者を割り出せるくらいには…。
中空に姿を現せば、ブルーのまわりに青いサイオンの光が見えた。
…まずい…! サイオンが戻れば記憶も戻るかもしれない…!
だから、その場に無理やり割り込むような形でサイオンを発動させた。同時にブルーのサイオンは、ジョミーの姿を確認した時点で収束した。だが、ほっとする暇もなく、相手はじりじりと迫ってくる。
何があろうとブルーは守る…! この子だけには手出しさせない…!
「こっちだ、ブルー!」
ブルーの赤い瞳が不安に揺れていたが、それに構っていられる暇はない。ジョミーはブルーの小柄な身体を抱きかかえると、再び瞬間移動で彼らを振り切った。
姿を現したのは、森の中。大学へ行くときに少し遠回りして通る静かな場所だ。
…よかった。不審なものは、そばにいない。
しばらくまわりを慎重に伺ってから、ジョミーは息をついた。テレポートもマザーの予測のうちかと思ったが、今は追いかけてくるものはいないらしい。
ふっとブルーに目を向けた。
もう心配ないよ、といおうとして。ブルーの怯えたような瞳に、どきりとした。
…そう、か…。ブルーは、この力のことは何も覚えてないんだ…。ブルーにとってみれば、この力は想定の範囲を超えた、恐ろしいものに映るだろう。
そう考えてひどく悲しい気分になったけれど…でも、ブルーが無事だっただけでもよかったじゃないかと思って、彼に微笑んだ。
「…大丈夫だよ。」
君には何もしないから…。
そっと手を伸ばすと、必死の形相のブルーに振り払われ、手の甲がパンと音を立てた。
怖い…! 今の力は何? 化け物、触らないで…!
一瞬にして、そんな心が伝わる。そこにあるのは紛れもない恐怖。未知の力を有するものへの、強い不安。
けれど、ブルーはその乾いた音に、はっと我に返ったらしい。
「ご、ごめん、ジョミー…。」
ブルーの動揺があまりにひどいのを見て取って…途方に暮れた。
ブルーはサイオンすら目覚めていないというのに、心を読ませない。無意識のうちにガードしているのだろうと感心していたが、今はそれすらできないようで、恐怖と後悔がない交ぜになった内心がダイレクトに伝わってくる。
何とかブルーを落ち着かせて、彼の安全を図らなければいけない。それは分かっているのに、ブルーに拒絶されたショックからか、何をどういえばいいのかまったく分からない。
心のどこかで、これがミュウを率いて連戦連勝を続けたソルジャーなのかと自嘲的に考えた。そのとき。
「ジョミー」
時間だけが過ぎて行く中、聞きなれた声がこだました。振り返ると、キースともうひとりの少年が立っている。その少年には見覚えがあった。
…あれは、前世でキースの側近だった…。
「マツカ、先に行っていてくれ」
キースがそういうと、少年は「はい」とうなずいてくるりと方向を変えた。
「どうして…」
ここが分かったんだ、と続けようとしたのだが、キースはそれを遮った。
「予定を繰り上げるぞ、ジョミー。今夜発つことにした。理由は言わなくても分かっているな?」
今夜…!?
あまりに急な話に一瞬呆けた後、ブルーを伺う。ブルーも、突然現れたキースを呆然と見つめていた。
『そいつのことは、しばらく俺の家が面倒を見る』
不意に、キースの思念が聞こえた。キースはテレパシーこそ使えないが、ミュウと話すことに慣れている。
『戦いに参加させたくないのだろう? ならば今は下手に刺激しないことだ』
暗に任せろと言われている。政治家を多く輩出するキースの家ならば、A国の圧力にも対抗できるかもしれないとは思ったものの…それでもジョミーはブルーのことが気になった。
『心配しなくても、今のお前よりもうまくやる』
さっさと行け、と言われるのに、ジョミーはもう一度ブルーを見る。今度はこちらを見つめていたブルーの紅い瞳と目が合った。
…A国へ…行っちゃうの?
ブルーの、そんな心が響いた。
ジョミーに対する恐怖は消えていないが、離れたくないという気持ちに、少しばかり安心した。
「そこの発育不良」
ところが。シニカルな笑みを浮かべたキースの言葉に、ブルーの関心が見事にそれた。
「だれが発育不良だ…っ!」
「うちまで送ってやる。早く来い」
…刺激しないといったのは誰なんだ?
ジョミーは立ち去ることもできず、ブルーとキースを見守った。
8へ
相変わらず、牛の歩みのような進行状況ですみません…!
拍手コメントに対するお返事は明日にでも…!(こんなところでごめんなさい〜!) |
|