やっぱり諦められなかった…。
朝、ベッドの中で目覚めてふっと思う。
自分の未成年という弱い立場や、ジョミーのアルバイトとしての接し方、そして…僕のジョミーへの思い…。いろいろな事情や背景を天秤に掛けてみたが…やはりジョミーと離れたくないという気持ちが勝った。…でも、だからといってどうすればいいかなんて分からない。
…ジョミーは…ウソをつくのが苦手だから…。友人と外国で過ごしてから帰ってくるって言ったけど、それがでまかせだということはすぐに気がついた。
いつだろう、ジョミーがウソをつくときの癖を知ったのは…。微妙に声のトーンが落ち、視線が下方向へズレる。表情にも精彩を欠いてしまう。
会ったのが最近なら、過ごす時間もそう長くなかったはずなのに…。それだけ、僕がジョミーのことをよく見ているってことだろうけど…。いや、そんなことよりも…。
ブルーははあっとため息をついた。
…ジョミー、向こうで永住する気なのかな…? あのキースとかいう奴と一緒に。
そう考えるとむかむかしてくる。だって、今度こそ僕はジョミーと一緒に生きるんだ…! 二度と彼を放すつもりはない…のに…?
そこまで考えて、はっとわれに返った。
待って…今度こそ一緒に…? 二度と手放すつもりはない…?
自分の心の中に起こった感情に、慌てた。
僕は、最近ジョミーと会ったんだよね? 間違いなく、初対面で。だって、ジョミーだって最初に会ったときには「はじめまして」なんて言ってたじゃないか…! でも…。
ブルーはゆっくりと起き上がり、窓から見える青空を目を眇めてみた。
「…もしかしたら、ずっと小さいころに会っていたりして。」
実は、そう思ったのは今回が初めてではない。ジョミーの何気ない仕草や微笑に、既視感を覚えることが何度もあったのだ。そのたびに、ジョミーと自分とは以前どこかであったことがあるんじゃないだろうかと思えてしようがなかった。
「…そういえば、クラスの女子が、前世からの約束がどうとかって言ってたよな…。」
どうやら、前世で結ばれなかった恋人同士は、今度こそ幸せになるために生まれ変わってまた出会うという話があるらしい。ロマンチストな女の子らしい話だ、と感じたことを思い出す。
でも…もしジョミーと僕がそうだったら?
馬鹿馬鹿しいと一笑に付していた話も、こうなると信じてみたくなるものだ。そのくらい、ジョミーのことが好きなのだと自覚してしまう。
…でも、ジョミーはもうすぐA国に行っちゃうんだよな。
そう考えた途端、女子生徒の浮かれた話から現実に引き戻されて、ブルーはしゅんとうなだれた。
引き止められるのなら引き止めたい。でも、どういってもジョミーは意志を曲げようとしないだろう。
そりゃ、僕はただの子どもだし、単なる図書館の常連だし…。
『一緒に来ればいいでしょう。その覚悟があるのなら』
リオという青年が言った言葉がよみがえるが…たかが中学生の身の上で、一体何ができるだろう? まだ義務教育の最中で。成人年齢にも達していない。何一つ自分で決められないというのに、ジョミーの傍で生きていくなんて…。
ベッドの中で悶々と考え込んでいたが、階下から母親のブルーを呼ぶ声が聞こえてきて、慌てて返事した。
とにかく…! こんなところにいては、何も解決しない。
そう思って朝食を食べたあと向ったのは、やはり図書館だった。ジョミーの顔を見たくない、でも…会いたい…。
そう思って歩いていると、前に見慣れた金髪が見えた。その隣には、背の高い亜麻色の髪の青年、リオと。
…A国行きの…話かな?
だが、二人の話し声はここまで届かない。もう少し近くに…と思ったとき、ジョミーがこちらを振り向いた。慌てて物陰に隠れたが、多分バレているだろう。それが証拠に、程なくして彼がここに近づいてくる気配がする。
「ブルー?」
ジョミーの、声。僕が物陰から出てくるのを待っているらしい。
「…少し話そうか。」
そういわれるのに、そっとジョミーの前に姿を現し、顔を上げる。彼の、太陽に輝く金髪が目に入った。続いて、優しそうな笑顔。…いつの間にかリオはいなくなっていた。
ずっとこうしていられると思っていたのに…。ジョミーと話して、笑ったり、ときには言い争うこともあったり…。
ジョミーが図書館のアルバイトを終えても、大学を卒業しても…こうしてまた会える、また話ができると、理由はないけれど確信していたのに…。
「ジョミー…。」
話しかけようとして。目の前に急に割り込んできた赤い色に言葉が止まった。
な、なに…?
「グランパ! やっぱりグランパだ!」
赤い色と思ったのは燃えるような髪の色。長い赤毛の青年は、がしっとジョミーにしがみつくと、嬉しそうに叫んだ。
「え…? お前…トォニィ?」
呆然とジョミーがつぶやくと、赤毛の青年は嬉しそうにうなずいた。こうしてみるとジョミーよりも上背がある。
「そうだよ! ジョミー、会いたかった…!」
ぼうっとしていたジョミーだったが、やがてトォニィを見つめて嬉しそうな表情を浮かべた。
「…そうか。あのとき別れたっきりだったから…心配はしていたんだ。」
「僕も…! ずっとジョミーのことが気になっていた。きっとここでも会えると思って、ずっと探してたんだ…!」
再びトォニィがジョミーを抱きしめるのに、ジョミーは少々戸惑いながらもなだめるようにぽんぽんと自分より背の高い赤毛の青年の頭を撫でた。
だが、状況が読めない人間がここにひとり。
…ブルーはむかっとしながらも、そんな二人を見守った。
どうやら、感動の再会らしいが、話に入れない立場としては、ただむっとするよりほかがない。しかも、ジョミーと話をしようとしていた矢先にだから余計だ。
…この間のリオといい…この…「トォニィ」といい…一体何者なんだ? おまけに、ジョミーとはとても親しそうで、なおさら腹が立つ。それに、ジョミー自身も愛しいものを見るような表情を浮かべていることが…気に入らない…!
「じゃあ、僕は帰る!」
そこでようやくジョミーは僕の存在を思い出し、トォニィという奴は初めて気がついたらしい。
「あ…ブルー!」
この場にいたくない、そんな思いで、ジョミーが引き止めるよりも早くその場を走り去った。
何の躊躇もなくジョミーに抱きついた、トォニィという青年。それは僕の場所なのに…! とむっとしたが、二人の間に入り込めない絆というものも感じて、結局逃げ出すように分かれてきた自分にも…腹が立った。…二人がどういう知り合いなのか知らないが、ジョミーとトォニィとは親しい以上の繋がりを感じた。それはリオにもキースにも共通するものだ。
走って走って走り続けて。息が切れてようやく足が止まった。
でも…ジョミーは追いかけてこない。
運動神経の鈍い自分のことだから、ジョミーが本気で追いかけてきたら、逃げられるわけがない。けれど…。
…ジョミーは…僕のことよりあのトォニィのことが大事なんだ…。
そう思うと、余計に落ち込んだ。
どうして僕は、ジョミーの一番じゃないんだろう…? 子どもだから? 頼りないから? 今度こそ、ジョミーを守りたいと思っているのに…!
そう考えて、またはっとする。
今度こそ…? ジョミーを…守る?
自分の感じたことに、ひどく戸惑い、立ち尽くす。訳の分からない感情が自分を支配し、それが心の奥底の何かを呼び起こしそうな気になる。
…何なんだろう、この感じ…。
そんな自分自身に戸惑って、ぼんやりとしていたそのとき。何かの気配に顔を上げ、ブルーは自分の目に映った光景に驚いて言葉を失った。武装した外国人らしい男たちが数人、こちらに銃口を向けて立っていた。外国人らしい、というのは、大きな黒のゴーグルをしているため、顔がよく分からないためだ。
「…ソルジャー・ブルーだな?」
…ソルジャー…?
何なんだろう? 告げられた言葉には、まったく覚えがない。でも…。
この光景、どこかで…。
ぼんやりと思ったが、銃器の安全装置を外される音にはっとした。
「…待って…!!」
『待って、僕は何もしない…!』
ふっと頭の中の何かがダブる。
これは…何? この感覚は一体…?
「撃て――!」
リーダーと思しき男の号令らしき声に、慌てて頭をかばってうずくまった。
何で? どうして、こんな平和な町の中で、こんなどこにでもいる中学生を狙撃しなければならないのか。僕は…一体何に巻き込まれたの…?
さして大きくない銃声が響く。おそらく住宅地ということで、余計な混乱を生じないために音の静かな銃器を使ったのだろうと、心のどこかで思った。
こんなときには、今までのことが走馬灯のように心を駆け巡ると聞いていたのに、そんなことは何一つ浮かんでこなかった。その代わり、金の光をまとう太陽のような彼の笑顔だけが、心に浮かんだ。
…ジョミー…。
しかし。
予想した衝撃は一向にやってこない。どうして? と恐る恐る顔を上げると、目の前にさっき別れてきたばかりのジョミーの背中が見えた。嬉しくなって呼びかけようとして。改めてジョミーに目をやり、ものもいえないくらい驚いた。
…なに…? かげろう…?
ジョミーの身体の回りを淡い青色のオーラが立ち上っているように見えた。戸惑って周りを見て、銃弾が浮いている様子にも、目を瞠ってしまう、
…ジョミー…?
あまりの事実に声さえかけられず…ブルーはジョミーの後姿を見ているしかない。だが、男たちはこの事態を予想でもしていたかのように平然と構えている。
「…ソルジャー・シンか。」
その呼称がジョミーを指しているのだとすぐに分かった。しかし、ジョミーは黙っている。
「お前たちは存在してはならないとの命令だ。」
「…誰のだ?」
低い、地を這うようなジョミーの声。こんなジョミーの声は初めて聞いたかもしれない。
「誰の命令だ…?」
「お前に答える必要はない。」
リーダー格の男のすげない返事とともに、再び銃器を構える冷たい音が響いた。
「ジョミ…っ。」
「ブルー、目を瞑って…!」
再び銃声が耳朶を打つ。反射的にジョミーの背中にしがみついたのだが、それらしき衝撃はなく、またそっと顔を上げた。その瞬間、周囲のアスファルトが恐ろしい音を立ててはがれ、上に上がる。まるで、大型機械で地面を掘り起こし、それを宙に浮かせたかのような様子に、声も出ない。
それが、目の前の武装集団へ落下した途端、土ぼこりがもうもうと立ち上り、彼らから悲鳴が聞こえた。
「ば…っ、化け物だ…っ!」
そのとき、ジョミーがこちらを振り振り向いた。身体に燐光をまとい、瞳の色も青みを帯びて、厳しい表情でこちらを見つめた。
「こっちだ、ブルー…!」
そういわれて抱きかかえられ。次に瞬きをしたときには、どこなのかよく分からない林の中にいた。顔を上げてジョミーを見ると、周りをじっと伺っているようで、ぴりぴりした雰囲気が感じられた。
話しかけようとして。あの光がジョミーを包んでいる様子に…急に恐ろしくなった。
今の力は、ジョミーの…? では、それは一体何なんだろう? 常軌を逸した、人間離れした力。誰かが、「化け物」といったが、あの力はその言葉がぴったりだった。
ふっとジョミーがこちらに目をやる。その途端、恐怖に息を飲んだ。「ひっ」という音が、ブルーののどの奥から漏れる。
「…大丈夫だよ。」
わずかに微笑んだ、悲しげなジョミーの表情に…ブルーは彼を傷つけてしまったと感じた。
でも…今は謝罪の言葉など出てこない。それよりも、ジョミーが怖いと、恐ろしい人だと…戸惑うよりほかがなかったのだった。
7へ
それでも戻らなかったブルーの記憶、一応サイオンは密かに発動してるのですが…! でも、これでジョミーにとってブルーを置いていくという選択肢は消えましたvv |
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