「…馬鹿だな。」
「う…っ。」
「それに、迂闊だ。」
「ぐ…。」
反論できない…。
ブルーに気づかれてはいけない、僕たちがそうだったように、何がきっかけで前世の記憶がよみがえるか分からないのだから、刺激を与えることはできる限り避けなければいけなかったのに、自らがそんな事態を招くとは…。キースにそう詰られても仕方ない。
「…まったく。奴のことを大切に思うのは勝手だが、それなら黙って消えたほうがよほどよかったのではないのか。」
「ゴメン、キース…、」
そのとおりである。ただ…自分がブルーの前から黙っていなくなってしまうなんて、悲しかったから。多分…行けばもう戻ってくることはない。それなら、せめてお別れくらいは、と思ったのだが…。
「本当に…ダメだなあ…。」
自分でいってみると、余計に落ち込んでしまう。だがキースは、ふっと目を逸らすとぼそりとつぶやいた。
「…まあ、いいさ。奴を巻き込まないというのは、お前の信条でもあることだし、説得に苦労するのは他ならぬお前だ。」
「説得するも何も…。」
ブルーには愛してくれる両親がいて、学校には友人もいる。学業もあるし、将来の夢もあるだろう。ブルーが僕たちとともにここからいなくなるなんて選択肢は、ありえない。
「ブルーと会うのはあと一週間だけ。それが終わったら、彼の前から姿を消すから。」
ブルーだってそのうち忘れるだろう。彼はまだ14歳で、これからいろんなところに行っていろんな人と出会う。僕のことは…たまに思い出してくれればいいから…。
しかし、その様子にキースはふんと鼻を鳴らした。
「…まったく甘いことだな。」
そのささくれ立った声に、ジョミーはえ? とキースを見上げた。
「一週間…? お前はそんなに奴と離れるのが嫌か? そんな甘っちょろいことを言っていられるほど、奴には行動力がないようには見えなかったぞ? 発育不良のガキだからと甘く見ていると、とんでもないことになる。何といってもあれは、タイプ・ブルー、オリジンの生まれ変わりだ。」
「別に甘く見てるわけじゃない。大体、『発育不良』なんてブルーに失礼…。」
「お前が奴にとって大事だと思っているものは。」
反論しようとするジョミーを、キースはじろりとにらみつけて遮った。
「奴にとってはさして大事じゃないということだ。いざとなれば、慣れ親しんだものにも執着を見せないだろう。」
「そんなことはない…!」
それには反論がある。例え若さゆえに学業を軽んじていたとしても、肉親との愛情や学友との友情が、ブルーにとって大切じゃないなんてことはありえない。
「ほう…? なぜそう言い切れる?」
「ブルーはかつてアタラクシアにいた僕を連れ去るようなことはせず、両親の元で育つようにと計らってくれた。それくらい、肉親の情を大事に思ってくれていたんだ! それに、ブルーはミュウの仲間たちのことを自分の命よりも大切に思っていた!」
そう言うと、キースはまたふんと鼻を鳴らす。
「奴が仲間思いだったことは認める。だが、当時のお前を『目覚めの日』まで両親と一緒に生活できるようにしたというのは、お前がそう願っていたからだろう?」
キースの言葉に、ジョミーはぽかんと口を開けた。
「お前が両親のことが好きだったから、お前の気持ちを尊重しただけだろう。テラズ・ナンバーに記憶を消されそうになったときも、お前の心の奥底にあった希望に添ったに過ぎない。俺はそう思っている。」
「で、でも…。」
困ったように視線をさまよわせるジョミーを、キースは苦笑いしながら見つめた。
「…お前は奴と一緒にいたというのに、その辺は疎いな。では言い方を変えよう。今の奴にとってどんなに大事なものであっても、天秤にかければお前以上のものはないということだ。例え前世の記憶がなかったとしても。」
「そう…かな…?」
そう…なんだろうか。ブルーにとって僕は、ただの『図書館のアルバイトのお兄さん』で、会う時間もそんなに長くないし、話したこともそう多くない。大体、前世のブルーの大事って地球以外ないと思っていたから、現世だって…。
「…まあ、そんなことなどどうでもいいか。いざとなれば、俺が何とかしてやる。幸い今の奴は未成年だ、追い払うネタは山のようにある。」
「追い払うだなんて…。」
「ジョミー。」
言いかけたジョミーだったが、キースの様子に口をつぐんだ。ひどく真剣な表情が…いつもの皮肉屋のキースらしくなくて…。
「俺まで置いていくなよ?」
どきりとした。キースはミュウではないのに、その心を読む力などまったくないはずなのに、ときに心の奥底を覗き込んでいるかのような言動をすることがある。
「…分かってる。」
「本当だな?」
「本当だよ。」
そう応えれば、キースは幾分か表情を緩めた。
「それなら、いい。」
…そうだよね。
心の中でこっそりとつぶやく。
置いていかれる辛さは、よく分かるから…。あのとき…メギドに向かうあの人を見送った苦く悲しい気持ちは…未だにこの胸に残っている。
はるか過去の思い出がゆるりとよみがえりかけたとき。ふっとキースが思い出したように顔を上げた。
「お前、大学に休学届は出したのか?」
「え? それはまだだけど…。」
「じゃあ明日一緒に出しに行くか? お前がバイトに行く前に。」
「それはいいけど…。」
でも…なんで休学?
そんな思いが顔に出たのだろう。キースはふふんと笑った。
「戻って来ないと決まったわけじゃない。予想外に生き残って、住む場所どころか大学にさえ席がなくなったらどうするつもりだ? もう一度大学を受け直して、また合格できる自信はあるのか?」
皮肉屋の友人の言葉に、笑いがこぼれた。
「そうだね…。」
こんなときにあっても、穏やかな気持ちで笑っていられる。前世で地球を目指したときには、必死にならざるを得なかった。笑う資格すらないものと…そう思っていた。
記憶が戻ったときには前世で奪った命の重さに愕然とし、やはり現世でも同じように生きていかなければいけないのかと思ったものだが、この友人はあっさりと否定した。
それでは生まれ変わった意味がない。前世で奪った命に報いたいと思うなら、今を精一杯生き、この星に貢献することこそその償いではないのか? 神というものに許されて今ここにいるとは思わないが、それでもこの世界で何かすべきことがあるのだろう、と。
この友人に葛藤がなかったとは思わない。だが、彼はそう言っていつもの皮肉っぽい笑顔を浮かべた。
「キース。」
呼びかければ、何だ? と少し眉を上げる。
「…一緒にいてくれて、ありがとう。」
微笑みながらそう伝えれば、キースは何かまずいものを飲み込んだような顔をしたあと、ふん、とそっぽを向いた。
「…何をいまさら。」
一緒に最期を迎えた彼となら…ともに戦うことができる、と。そう思った。
翌朝連れだって大学へ行き、ともに休学届を出したあと、教授に話があるというキースと別れてアルバイト先である図書館に向かった。
…ブルーは…もう口を利いてくれないかな?
それでもいい、実験体として辛酸を舐め、志半ばで死ななければならなかった前世など思い出さずに、今をしっかり生きてくれればそれでいい。そう思って歩いていると、後ろから声をかけられた。
「今から仕事ですか?」
振り返るとリオが微笑みながら立っていた。
「ああ、うん。リオ、昨日はごめん。」
久しぶりに会って、呼びかけるきっかけになったことやこれからのことを話したいと思っていたのに、ブルーをなだめるのに必死ですっかり後回しになってしまっていた。
「いえ、気にしないでください。」
「ありがとう。じゃあ、今晩ゆっくり話をしようか。リオが今どんな生活をしているか気になるし。」
「…そうですね。でも、それよりも彼ときちんと話をしたほうがいいんじゃないですか?」
言いつつも、リオはジョミーの後ろにちらりと視線を移して笑った。それにつられるように後ろを向いたジョミーは、民家の塀の後ろに慌てて隠れた銀の光に目を丸くした。
「あそこでずっとあなたを待っていたようですよ。」
…ブルー…。
「うん、そうだね…。」
そう言いつつも…。今度はどうやって説得しようかなと。そんなことをぼんやり考えてため息が出たのだった。
6へ
子ブルシンらしくなりません…! なぜに私はいつも牛の歩みのような話を書いてしまうのでしょうか…。(そんなの知るか!) ていうか、これじゃキスジョミ…。 |
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