「…不思議なものだな。」
キースは夜の帰り道を、自分と同じくらい背の高い青年と並んで歩いていた。
「そうですね。」
隣を歩く青年、リオも微笑みながら応じる。
敵として戦った相手が傍にいるのに、怒りの感情など微塵も湧いてこない。いや、むしろ同じときを共有し、ともに戦い傷ついた仲間のような意識すらある。
「でも、あのときだってお互い憎しみも怒りもなかったんじゃないですか…?」
穏やかな表情でそう続けると、キースは「そうだな」と空を見上げた。
「あのとき俺たちが戦っていた敵は、お前たちじゃなかった。」
「ええ、私たちもあなたたちを相手に戦っていたわけじゃありませんから。」
あのとき戦った相手は、SD体制。そしてそれを強いたグランド・マザー。共通の敵を相手に戦い抜いて果てたことに、お互い戦友のような感覚を覚えていた。
「…それをまた繰り返す羽目に陥るとはな。」
懐かしそうに目を細めていたキースが、ふと苦い表情を浮かべた。その嘆きは尤もなことであろう。
はるか昔。人類と、その亜種で成人検査の脱落者である『ミュウ』と呼ばれた種族があった。同じ人間でありながら生きることを許されなかったミュウたちは、それでも人類の追撃の手を逃れ。自らの存在価値を問うため、人類に戦いを挑んだ。そして、すべてはミュウ抹殺をプログラムされているグランド・マザー。さらに彼女を頂点とするマザーシステム自体が諸悪の根源であるという結論に至り、人類とミュウはともに力を合わせて彼女を停止させた。
そうやって、先人が必死の思いで取り戻した人としての尊厳を、今人間たちは再び手放そうとしている。
現在のキースの父親や叔父は政治に深く関わっており、その関係で仕入れた情報だが、かつてのユグドラシルの跡地の地底深くであるプロジェクトが進行しているという。
『マザー再生計画』。
かつては人類に汚された地球を再生させる目的のもと、人類を管理し、母親の敷いたレールから逸脱することのない完璧で理想的な社会を築くために創られた、絶対者であり神とも呼ぶべきグランド・マザー。しかしその存在は、人間から考える力を奪い、ひたすら母親の庇護を求める脆弱で愚かしい社会を作ってしまった原因でもあったのだ。
「私は、記憶と力が戻ったときから、いつかこんな日が来るのではと思っておりましたから。むしろジョミーからの呼びかけを聞いて、彼も無事にこの世界へ転生を果たしていたと分かって嬉しかったですよ。」
「…そうか。」
穏やかに微笑むリオに、キースは心なしかほっとしたように息を吐いた。
「…それに、記憶は戻っていないようでしたが、もう一人の大切な人と会えて嬉しかったです。やはり、あの方はジョミーの傍に転生していたのですね。」
キースはそれを聞くと、ああ、とつぶやいて今度は苦そうな顔をした。
「…まったくあいつは…。黙っていなくなればこんな厄介なことになることもなかったというのに…。」
ご丁寧にも、自ら面倒を増やすとはな。
「そういわないでください。あの方は、ジョミーにとって特別なんですよ。」
リオはそういいながら思い出したように微笑んだ。
「…昔のあの方は、いつも孤独でいらっしゃいました。寂しそうな素振りは一切見せませんでしたが、常に一人で何かに耐えているような、そんな気配を感じておりました。だから、先ほどジョミーにしたような駄々をこねる子供っぽい仕草は新鮮でしたよ。」
それでうっかり声をかけて、余計に怪しまれてしまいましたけどね。
「…まったく…ミュウというのは意外に迂闊なんだな。」
呆れたようなキースからそういわれるのに、リオは苦笑いした。細い路地から大通りに出た彼の足がぴたりと止まる。
「返す言葉もありません。さて、私はホテルに戻りますのでこれで。」
「…ホテルを取っているのか。」
意外そうに言うキースに、リオは面白そうに微笑んだ。
「ジョミーの部屋だってそんなに広くないでしょうから。」
そう言うとリオは一礼して、キースに背を向けた。
「…ブルー、いい加減に帰らないと、パパやママが心配するよ?」
「誤魔化さないで!」
もうすでに10時を回っている。友人宅で勉強するから遅くなると連絡したのだが、この時間になっても帰ってこないとなると確かに両親は心配するかもしれない。
日中は暑かったが、夜になると涼しくなっていて、図書館裏のベンチに座っていても気持ちがよかった。
でも…、絶対に思いとどまらせないと! そうでなければ、ジョミーはこのまま戻ってこないような気がする…。何の根拠もなくそう確認していた。
「A国にはしばらくの間滞在するだけだよ。すぐに戻ってくるから…。」
「ウソだ!」
こんなときジョミーは正直だ。ウソをつくと、すぐに視線を逸らしてしまう。
「ブルー…。」
ジョミーは悲しげにその名を呼ぶ。いつから気がついたのだろうか、この名前を呼ぶときの、ジョミーの切なげな響きに。
「A国に何があるのか、教えて。」
「…言ってるじゃないか、ただ友人と夏休みの間留学するだけだって。」
さっきからこの繰り返しで、ちっとも前に進まない。
「…リオって誰?」
そう言うと、ジョミーはまた動揺したように言葉に詰まった。
「彼も…A国に行くの?」
そう言うと、ジョミーはため息をついてこちらを見やった。
「…そうだよ。」
素直に認めたが…しかしそれ以上は説明する気はないらしく、黙り込んでしまう。
いつもでなく歯切れの悪いジョミーに、腹が立つ以前に悲しくなった。自分の無力さと非力さを思い知ったようで、泣きたいような衝動に駆られる。ジョミーの中でこんなにも僕は重みのない存在なのか、と空しい気持ちがこみ上げた。
…あのキースという人相の悪い友人や、リオという優しそうな青年とは分かち合えることでも、僕には話してくれない。
「ブルー。」
ジョミーの手が、頤に触れる。そしてそのまま上を向かされた。ジョミーの優しい微笑みが目に入ってくる。
「ブルー、僕は君の幸せを願っているよ…?」
そのまま抱き寄せられそうになったが、手を突っ張ってジョミーの抱擁を逃れた。ジョミーにとっては、突き飛ばされたような格好になって、呆然としてこちらを見下ろしてくるさまに、罪悪感を覚えたが、こんなことで誤魔化されないから!という思いをこめて、精一杯眼光を強くした。
「どうして、何も話してくれない…?」
そう言っても、ジョミーは黙ったままだった。
「…僕はジョミーより年下だし、頼りないだろうけど…。」
「え…? そんなこと…。」
「やせっぽっちで貧弱で、何の役にも立たないだろうけど…!」
「ちょっと…待ってよ、ブルー。」
「僕は…! ジョミーのことなら何でも知りたいし、何でも話してほしい…!」
だから…教えて。何のためにA国へ行くの? 何を隠しているの…? そんな精一杯の思いをこめて、ジョミーの瞳を見つめたけれど…。
「…ゴメン…。」
ジョミーはそうつぶやいたっきり、また黙り込んでしまった。
…もう、僕のことなんかどうでもいいのかな…。
そう思って、ブルーは愕然とした。
…そうじゃ、ない。今まで何を自惚れていたんだろう。ジョミーはここのアルバイトで、僕はここに頻繁に来る子どもでしかない。アルバイトの身では、そんな子どもであっても親切に対応するのが仕事なのだ。
そんな職業意識が、どうしてこんな思い違いを生んでしまったのだろう…?
「…帰る…。」
「あ…じゃあ家まで…。」
送ろうと言われる前に、かばんを掴んで走り出す。
そんな風に親切にするから…勘違いしてしまう。ジョミーが、僕を特別視してくれるなんて…。
君なんかどうでもいいんだ、僕の問題に口を出さないでくれ。そういわないだけ、ジョミーは気を遣ってくれたんだと、感謝するべきなのだろうか。
しかし…そんなことを考えながら走っていたが、体力のない身では早々に息切れしてしまって、立ち止まざるを得なかった。
…悔しい…。
息切れしながら、頭を振った。
この何の力のない自分が…ちっぽけで何の役にも立たない自分が…。
「大丈夫ですか?」
その穏やかな声に顔を上げると、リオと名乗った青年がこちらを見ていた。
…どうして…?
つい数時間前、図書館で会ったとき。自分はジョミーの古い友人だと自己紹介して、ジョミーのA国行きを許してくれといわれたときに、あなたは何者だ、なぜそんなことを言う? と問い返したのだが、結局明確な答えは一切もらえなかった。
その彼が…なぜここにいるんだろう?
「ジョミーの傍を離れたくありませんか?」
そんなことを微笑みながら言う彼に、むっとする。
あなたに関係ないだろう、そういおうとしたとき。
「ならば、一緒に来ればいいでしょう。その覚悟があるのなら、ですが。」
穏やかな表情でそういわれて。唖然として彼を見返したのだった。
5へ
と言うわけで、リオはブルーの味方♪(ジョミーには叱られるだろうなvv)次はジョミ視点で、キースとの会話から始まります♪ |
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