遅番だというから、今日ジョミーが図書館に来るのは午後だろう。幸い、風は気持ちいいから、少し歩いていこう。
そう思って、今日は遠回りして図書館に向かった。途中通路になっている公園に差し掛かったとき。見慣れた金の髪が生い茂った樹木ごしに見えた。
…ジョミー!
嬉しくなって走り出そうとしたとき。その傍に、忘れもしないあの嫌味っぽい男がいるのに気がついて足が止まった。ジョミーに「キース」と呼ばれていた男は、ジョミーの腰かけたベンチの隣に立って、真面目な顔で何事か話している。対するジョミーは、やはり真剣な表情で黙って聞いていた。
会話の内容までは聞こえてこないが、こうして見ると嫌味なあの男が上背のあることもあって、とても格好よく見えた。切れ長のアイスブルーの瞳、どこかふてぶてしそうな顔立ちだが、それは綺麗に整っている。身長は高く、筋肉のついた身体は衣服越しに感じられて、その体格は男性なら一度は憧れるものだろう。
なんだか悔しい…。
ついそんなことを考えてしまう。
…それにしても…、何話しているんだろう? 何となく二人とも深刻そうな顔をしているけど。
しばらくジョミーはキースの話を黙って聞いていたようだったが、やがて顔を上げて切なげな微笑みを浮かべた。
な、何でそんな奴にそんな顔を向けるの…!?
ブルーの焦りなど全く気がつかず、二人はその後何度かやり取りしたあと、連れだって公園から出て行った。
…なんだか腹が立ってきた…!
結局のところ、何やらいわくのありそうな二人を盗み見るだけになってしまった自分に、ひどくむかついた。
とにかく…、ちょっと走ってから図書館に行こう。少しは筋肉がつくかもしれないし…!
「ブルー! 汗びっしょりだよ、どうしたの!?」
図書館についたときには、息切れと頭痛で倒れそうになったくらいだった。カウンターに座っていたジョミーは立ち上がってこちらに来てくれた。
「この暑い中、帽子も被らずに走ってくるなんて。早くこっちにおいで。」
ジョミーは肩を抱くと、一番冷房の強くあたる席に連れてきた。
「待ってて。飲み物を持ってくるから。」
それだけ言うと、ジョミーはさっさと走っていった。いつもは『図書館では静かに』というのにそんなことすら頭にないようだった。
熱に浮かされたような頭で、ジョミーの後姿を見ながらふと思う。
…この感情は、一体何だろう…? 僕のジョミーに対する思いって、一体何なんだろう?
今まで、一人っ子だった自分が兄のような存在に出会えて、単純に思慕と憧れというべき感情をジョミーに感じているのだと思っていた。しかし、それが実は微妙に違っていると気がついたのはつい最近、そう、昨日ジョミーと親しげに話をするキースという男を見たときからだ。
自分の知らない、何か強い絆で結ばれているような二人を見て、わけのわからない嫉妬と焦りを感じて、昨日は夜遅くまで眠れなかった。今頃はジョミーの家で泊っているかもしれないキースのことを考えると、胸が焼け付くような焦燥感が襲ってきて…。
「お待たせ。」
すぐに戻ってきたジョミーは、スポーツドリンクを手渡してくれた。
「こんなに日差しが強くて暑いんだから、暑さ対策はきちんとしなきゃ。それに、ブルーはもともと身体が強くないだろ?」
気を遣って言ってくれているんだろうけど、後の言葉にはむっとした。
「ちょっと走るくらい、なんてことない!」
「この暑いのに顔面蒼白にして? それに、君の汗は冷や汗に近いじゃないか。とにかく、無理な運動はダメだよ。」
穏やかにだが、はっきりとそう言い渡される。
…子供扱いだ。
むっとしてジョミーをにらむが、まったく効果はなさそうだ。
そりゃ、ジョミーは僕よりも年上だし、身体が強くないということも事実なんだけど…。やっぱり…、むかつく。
「ああ、そうだ。君に話があったんだった。」
「話…?」
うん、と言いながら、それでもこちらが落ち着くのを待っていてくれるらしく、スポーツドリンクを飲む様子を眺めている。
こんなに改まって、一体なんだろう?
理由はないが、何となく嫌な予感に襲われた。
「ここでのアルバイトは夏休みいっぱいだって言っていたけど。」
そう言いながら、図書館の中をぐるりと見渡して、またこちらに視線を向ける。
「来週で、やめることになった。」
その言葉に頭の中が真っ白になった。
「な、なんで…?」
「外国に行くことになったんだ。」
急な話だけどね、とさびしそうに微笑んだけれど…。
「どこ? 何しに? なんで急に…!?」
頭痛など吹っ飛んで、ここが図書館だということも忘れて問い詰めた。だけど、ジョミーは先ほどと同じように悲しそうに笑うだけだった。
「今までとても楽しかったよ。ブルーは…弟みたいだったからね。あと一緒にいられるのももう少しだけど。」
その言い方が、今生の別れのように聞こえて、ますます焦ってしまった。このまま彼を行かせてはいけない、と強く思った。
「だから、どこ行くの!?」
「…A国だよ。昨日来た友人と一緒に。」
あのキースとかいう奴と…!?
そう考えただけで、焦りよりも怒りのほうが先にたってきた。
何で、あんな口の悪い奴にジョミーを取られなきゃいけない…? 一緒に外国に行くってことは…、あっちではずっと一緒にいるってこと!?
「ダメ…!」
「…ブルー?」
「ダメったらダメ! 行っちゃダメ!!」
自分がとてつもなくワガママで、聞き分けがなく、どれほど無茶苦茶なことを言っているかよく分かっていた。でも、キースという男に対する競争心もさることながら、絶対行かせてはいけない、このまま彼を見送ってしまったら、きっと僕は後悔することになる、と強く思った。
「ブ、ブルー、ここは図書館だから…。」
中学生ともあろうものが、真昼の図書館で学生アルバイトにすがって泣き叫んでいるなど、そんな真似は平常時ではとても恥ずかしくてできないというのに、今はこの手を離してはいけない、と必死だった。
ジョミーは傍目にもおろおろしながら、何とかなだめすかそうと思っているようだったが、こちらもジョミーが『行かない』というまで納得するつもりなどなかった。
それでも、『とにかく後で話そう』というのに、絶対譲らないから、と言い置いてからジョミーの手を離した。さすがにアルバイトなんだから、仕事をしないとマズいだろうと思ったのと、ジョミーが撤回してくれなければ絶対家に帰らない、と心に決めていたのと。
困ったような表情のジョミーだったが、それでも仕事に戻ることのできる安堵感からか、ほっと息を吐いてカウンターに戻っていった。
しばらくそんなジョミーを見つめていたが、すぐ傍からくす、と笑う声がした。振り返ると、やはり背の高い銀縁の眼鏡をかけた青年が微笑みながら立っていた。
「ここ、いいですか?」
可笑しくてたまらないといった風体の青年は、ブルーが返事する前にさっさと向いの席に腰掛けると、笑いながら話しかけてきた。
「ジョミーのことが好きなんですね。」
「…誰?」
初めて見る顔だ、と思っていると、相手は軽く頭を下げてきた。
「失礼しました。私はリオと言います。ジョミーの古い友人です。」
にっこり微笑む彼からは、穏やかな人柄がうかがい知ることができてほっとした。それに…彼とは初めて会った気がしないのはなぜだろう?
「でも、ジョミーのA国行きを止めることはできないと思いますよ。彼は彼でしっかりと意思を固めていますからね。」
しかし、その言葉には警戒した。
この人は一体何者だ? ジョミーの古い友人と言ったけれど…。
「黙って行かせてあげてもらえませんか?」
微笑みながらそう言われるのに、ブルーはじっとこの青年を見つめた。
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転生者一人目のリオ登場♪ ブルーには予知能力(?)が潜在している模様です〜。 |
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