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   「ジョミー!」「こんにちは、ブルー。」
 カウンターの向こうで、金髪の青年が顔を上げた。
 彼は最近図書館に短期のアルバイトで入った。図書館が改装して、その本の整理と言うことで、夏休みのみの学生アルバイトだと以前聞いた。
 「いつも熱心だね。」
 微笑みながらそう言われて、あいまいにうなずいた。もともと本は好きだけど、今こうして図書館に通いつめているのはそのせいじゃない。
 いや、それよりも。
 「ジョミー、今日って何時に終わるの?」
 「今日は早番だから5時だよ。」
 「じゃあ、待っててもいい?」
 いつもなら、笑顔でいいよとうなずいてくれるのだが、今日はちょっと…とつぶやきながら、視線を泳がせた。
 「ゴメン、今日の夕方は大学の友人と約束があって一緒に帰るのは無理なんだ。」
 …そりゃジョミーはこの図書館の中でも人気があるし、大学にだって友達はいっぱいだろうけど…。
 「…そうなんだ…。」
 そんな当たり前のことにがっかりしてしまった。
 「ああ、じゃあ明後日は?」
 明日は遅番だけど、明後日はまた早番だから。それならいい?と訊かれるのに、落胆した顔は繕えなかったけれど、何とかうなずいた。
 でも…、ジョミーの友達ってどんな人なんだろうと思って、勉強をしている間中気になって仕方がなかった。
 ジョミー・マーキス・シンは、20歳で大学3年生。ここにアルバイトに入ったのは7月過ぎてすぐ。そのときから特に女性に人気で、最初はなかなか声をかけられなかった。
 いつもなら、初対面の相手には声をかけようなどと言う気は起こらないのだけど、今回はこの新しい図書館のお兄さんのことが気になって仕方なかった。増してや誰かと親しく話をしている姿を見かけると、余計に落ち着かなかった。
 だから、ジョミーが図書の返却コーナーでひとりデータを打ち込んでいたときに、思い切って声をかけた。
 そしたら、最初は面食らった顔をしていたジョミーだったけど、次にはにこりと微笑んで、僕をじっと見つめた。
 『君は毎日ここに来ているよね。本好きなんだね、いいことだよ。僕なんかはこのアルバイトにつくまで、本には興味がなかったんだから。』
 それからは、たまに一緒に帰るようになった。そのときにジョミーが両親を亡くして一人暮らしであること、大学では生物を専攻していること、将来は教職につきたいと思っていることなどを知った。誰も知らないジョミーの一面を知ったようで嬉しくなった。
 だけど、遅番のときは夜の9時を過ぎてしまうので、待っていることを許してくれない。
 『そんなに遅くに出歩いて、君に何かあったら僕が悲しいから。』
 そう言われてしまうと、それ以上何も言えなかった。
 「ブルー。」
 「え…っ?」
 目を上げるとジョミーのアップがあって驚いた。
 ジョミーは本当に綺麗な顔立ちをしている。輝く金の髪、若葉を思わせる緑の瞳。決まった恋人はいないと言っていたけれど、そんなはずないと思う。ジョミーが無関心でも、まわりが放っておかないだろう。
 ジョミーは考えごとをしていると、こちらがどきっとするほど切なげな表情をすることがある。それがなんなのか、誰に向けられているものなのか分からないんだけど…。
 「じゃあ僕はもうすぐ帰るけど、ブルーも早く帰るんだよ?」
 そう言われて時計を見ると、時刻は4時50分だった。
 「うん…。」
 「気をつけて。」
 「…うん。」
 微笑んで言われるのに、もう一度うなずく。それに安心したのか、ジョミーはまた持ち場に帰っていった。
 …ここにいたって勉強は進まないし、もう帰ろうか…。
 そう考えて、勉強道具をかばんの中にしまって立ち上がる。カウンターの向こうではジョミーが手を振ってくれたので、ぎこちなく笑顔で応じた。
 …たまたま一緒に帰れないだけなのに、何でここまで落ち込むんだろう。
 それほどいつも一緒にいたいと思ってしまうのだ、ジョミー・マーキス・シンとは。相手が女の子なら恋愛感情かと思うほどだけど、ジョミー相手だから思慕に近いのか…。
 そんなことも考えて図書館から出たとき。
 どん、と誰かにぶつかった。
 「いたた…。」
 衝撃でひっくりかえってしまってしりもちをついてから、ぶつかった相手を見上げた。
 「あの、すみま…。」
 「すまん、あまりにも小さかったから見えなかった。」
 その言葉に思いっきりコンプレックスを刺激されて、むかっとしてしまった。
 身長はおそらく180センチ以上はあるだろう。175センチのジョミーよりも上背に見える。黒髪の男がアイスブルーの瞳を面白そうに瞬かせて、手を伸ばしてきた。つかまれ、という意味だろうけど、そんな奴に起こしてもらうなんて冗談じゃないと思って、一人で立ち上がる。
 相手からにやにやしながら「怪我は?」と訊かれるのに、黒髪の男をにらんでから。
 「大丈夫です!」
 そう言って、歩き出そうとした。
 「その身長じゃ、同じ学年の女のほうが大きいだろう。偏食などせずに何でも食べて大きくならないと、モテないぞ。」
 からかうような響きで、そんな余計なことを言われるのに、カチンときて振り返った。
 「あなたにそんなこと…!」
 言われる筋合いはない、と言おうとしたのだが。
 「お待たせ! あれ、ブルー?」
 職員通用口から出てきたジョミーの姿に、言葉が止まってしまった。しかも、ジョミーの最初の言葉は、この横柄な男に向けられている。ということは、まさか…。
 「いや。俺が急に来ただけだからな。」
 もしかして、ジョミーが約束していると言っていた大学の友人って…。
 「わざわざここに来なくっても、僕のアパートで待っていればよかったのに。鍵は持ってるだろ?」
 「お前に早く会いたかったんでな。」
 この黒髪の男の言葉は、ジョミーにと言うよりもブルーに向けられていることに、当のブルーは何となく気がついた。
 つまり…? つまり、ジョミーとこの男とは、親しい以上の仲…? 鍵を渡すことのできるような…!?
 「そんなこと言っても、何も出ないよ。」
 笑いながら応じたジョミーだったが、気がついたようにすぐにブルーに向かい合った。
 「ブルー、気をつけて帰るんだよ。」
 「女の子みたいに小さいからな。変質者に狙われないように。」
 せっかくのジョミーの気遣いだったが、目の前の男がそういうのに、さすがにむっとした。
 「キース、なんてこと言うんだよ! ブルーはまだ成長期なんだから!」
 その途端、ジョミーは黒髪の男に食ってかかるように怒鳴った。
 …庇ってくれるのは嬉しい。嬉しいけど…、なぜか落ち込んでしまいそうになる…。
 「まあいい。別に俺は発育不良の中学生など、どうでもいいからな。」
 「キースっ!」
 そう言いながらさっさと歩き出した男に怒鳴ってから、ジョミーはブルーを振り返った。
 「ゴメン、ブルー。あいつの言うことは気にするなよ。じゃあまた!」
 慌ててそれだけ言うと、ジョミーはそのまま先に歩く背の高い男を追いかけた。
 …な、何でジョミーがあんな口の悪い男と友達なんだ…!?
 一人残されたブルーは、対照的な二人を呆然と見守る以外できなかったのであった。
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        | と言うことで、始まってしまいました、転生話。(どれかの話の完結後に始めようと思っていたのですが…、すみませんー!)ブルー視点とジョミ視点、交互に書きますので、次ジョミ視点でーす。 |   |