『まあ、これは…』
『…こんな展開は予想外だったな。』
そんな二人の言葉に目を開けたら…まさかこんなことになっていただなんて…。
神事に続くように、ジョミー女体化の祈祷が始まり、それが終了した夕刻のこと。ジョミーはあてがわれた部屋に戻り、自分の身体を見てため息をついた。
…女の子にはなれたけれど…。でも…これは、どう考えればいいのだろう…?
服を着ていてでも分かってしまう自分の胸の大きなふくらみに、ジョミーははあっとため息をついた。
『65D? それともEかしら?』
『よもやまさか、お前がこんなグラマーになるなんてな。』
フィシスが言った暗号のような言葉の意味はよく分からなかったが、キースが言うように、まさか女体化した途端、こんなに胸が大きくなるなんて思っていなかったから…。でも…。
これで、国王様が、僕をお嫁さんにしてくれるなんて保証はどこにもない。むしろ、少年の姿だった時と比べ、こんな柔らかい身体では、身代わりとしての価値までなくなってしまうかもしれない。
そんな風にぼんやりと考えていると、神殿の警備兵たちの動きが慌ただしくなった。彼らが前門に集まっていく様子が見える。何だろうと思ってジョミーはそっと窓から外を伺うことにした。この身体の固定化のため、人前に出ることは許されない。もし姿を見られて男性に戻ってしまうようなことがあれば、二度と女性の身体にはなれないと言われているためだ。
門の前に立っているのは、昨日舞踏会会場で別れてきた、シャングリラ国王その人だった。たった一人で白馬にまたがって神殿の前門にたたずむ姿はやはり指導者の風格で、家来も連れていないというのに、この人こそがこの国の至宝であると感じさせる。その威厳のある様子にジョミーはこっそりと見惚れた。
…やっぱり…国王様って素敵な人だ…。
自分が海を捨ててでも一緒にいたいと願った人。その審美眼は正しいのだ、と思った。
「…やれやれ、やはり来たか。」
そのとき、背後から友人の低い声が響いたのに驚いて、ジョミーは慌てて後ろを振り返った。
『き…っ、キース!?』
いつの間にこの部屋に来ていたのか、いや、キースは魔術を使えるのだからたった今どこかから湧いたのかもしれないが!
…心臓に、悪い…。
友人の顔を見ながら、ジョミーはこっそりため息をついた。
「お前を迎えに来るとは言っていたそうだが…。何だか祈祷が終わる時間を見計ってここに来たようなタイミングだな。」
『すぐに迎えに行くからね。』
確かに、フィシスと一緒に会場を出てくるときに、そんな言葉をかけられたような気がするけど…。
ジョミーは再び外を伺った。
国王様、本当に…来てくれたんだ…。
神殿の警備兵と何事か話しているらしい姿を盗み見しつつ、ジョミーは嬉しさに涙が出そうだった。
僕のことなんか、気に留めていられるほど暇なわけではないだろうに。それでも、こうやって迎えに来てくれたんだ…。
だが、背後の友人はというと、呆れたようにジョミーを見遣った。
「…喜ぶのは結構だが、今あの男のもとに帰るわけにはいかんぞ。今日からお前は28日間、ここで宮籠りだからな。」
『…うん。』
分かっている。女体化の固定のためには、その事情さえ話すことを許されないということも…。
「彼女に任せろ。きっとうまく追い払うだろう。」
キースはそう言いながら、顎をしゃくって窓の外を見た。その前を優雅な足取りで歩いて行く巫女姫が見えた。前門にいたブルーにもそれは見えたのだろう、警備兵を強引に振り切ると、フィシスの前まで馬を走らせた。
「いらっしゃいませ、陛下。」
品のある仕草でひざを折るフィシスに、ブルーは馬を下りて凛とした声で告げた。
「ジョミーを迎えにきた。」
「そうでしたわね。でも。」
フィシスは微笑みながら、ブルーの背後を伺う。
「警備兵から、神殿内には私の許可なく立ち入らないようにとお聞きになりませんでしたか?」
微笑む巫女姫からは、目に見えないとげが国王に飛ぶ様子が分かって、二人の夢のような美しさとは対照的に見る者を寒々しい気持ちにさせる。
「…まったく。陰険漫才は、よそでやってもらいたいものだな…。」
キースがそっとため息交じりにつぶやいた。二人の交わす会話が陰険漫才か否かは別として、それはジョミーも同感だった。
この部屋はキースがとっさに結界を張ったので、ブルーに気付かれるようなことはないだろうが…。
なんでこんなところで話すことになっちゃったんだろう…?
「ああ、今聞いたところだ。」
「まあ、紳士的なわが王のすることとも…。」
「フィシス。」
だが、フィシスの言葉を遮った言葉に含まれるものは、いつもの優しい国王からは考えられないほど冷たい響きだった。
「もう神事は終わったはずだ。そうでなければ、君がこうして神殿の敷地内を歩き回っているはずがない。」
「はい、そのとおりでございます。」
「では、ジョミーの用も終わったと思っていいはずだな。」
「その質問に答える前に、陛下に申し上げたいことがございます。どうぞこちらへ。」
「ここで聞いても構わない。」
「いえ、一言二言で済むようなものでもありませんので。」
フィシスの確固とした意志を前に、ブルーは黙って目を伏せ、先導するように前を歩き始めたフィシスの後ろに続いた。しかし、不愉快そうな様子を隠そうともしない様子から、それが巫女姫の話を友好的に聞こうという態度だとは到底思われなかった。
「…やれやれ、やっと行ったか。」
キースは気配の消えた窓の外を見やってほっと息を吐いた。
「じゃあ俺は海に帰るが、また様子を見に来るからな。」
『…う…ん…。』
ジョミーは戸惑いがちにうなずいたが、それはキースが帰ることで心細くなったというよりも、フィシスがどうやってブルーをなだめるのだろうということが気になって仕方がなかったからだった。
鏡面に消えるキースを見送ってから、ジョミーはこっそりと部屋を抜け出した。
大丈夫、誰にも会わなきゃいいんだから! 大体、神殿の周りには人はいっぱいいるけれど、神殿の中にはほとんど人はいない…!
だから大丈夫だと、ジョミーは周囲に気をつけながら廊下を歩いた。
「この国に、水難の啓示が表れました。」
恐らく二人のいる場所は客間だろうと思っていたのだが、予想は完全に外れてしまった。客間に向かおうとしたその途中、長い回廊の外からその声は聞こえてきた。どうやら、廊下の外の目立たぬ場所で話をしているらしい。ジョミーは声が聞こえるぎりぎりの位置までそっと近づいた。
「私が午前中に行った神事は、その水禍の原因を探るためでしたが…。残念ながらこれから起こることはよく分かりませんでした。ですが、王城が主にその被害をこうむる可能性が強いということだけは断言できます。」
え…?
ジョミーにとって、その話は初耳だった。
グランド・マザーが起こすと思われる災厄が…王城に降りかかる…の? じゃあ…国王様は、どうなっちゃうの?
「今、あなたのもとへ参じようと思っていたのですが…来ていただいてよかったですわ。」
「日にちは特定できるか?」
先ほどとは打って変わって、この国の最高機関としてのブルーの落ち着いた声が、静かに問う。
「近々…としか申し上げられません。」
申し訳ございません、とフィシスが謝罪する声が聞こえてきた。
「…いや。それよりも、君の予言は外れたことがなかったな。」
言いながら、ブルーはしばらく沈黙した。だが、やがて彼の息を吐く気配が感じられた。
「君は…その水害の中にあっても、この神殿を無傷で守り通すことができるか?」
「はい。陛下のご命令であれば、命に代えましても。」
「では、僕の大切な花嫁を預かってくれ。君のもとにいるのなら…安心だ。」
その笑いを含んだ響きに、ジョミーは妙な焦燥感を感じた。ブルーの『大切な花嫁』のことよりも、グランド・マザーが王城に攻め入るのかと思うと、自分の愛する人がどうなってしまうのか、そればかりが気になった。
「王城は、何とか僕と臣下で守り抜こう。君にはここの守りを頼む。」
「…承知いたしました。」
二人の会話に、ジョミーはグランド・マザーの残酷な微笑みを思い出していた。
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ここまで来て、まだすれ違うかというジョミーとブルーですが!ところで女性化したジョミたんの胸は大きい♪というのは私の夢です〜。 |
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