どうしよう、次にどうやって国王様に会えばいいんだろうと思いながら、すでに日が落ちるころになってしまった。
今晩、家臣である伯爵の屋敷で行われる舞踏会に招待されている。
舞踏会には君も一緒に来るんだ、いいね?
ブルーは、国王様はそう言いおいて、部屋を出て行ったけど…。こんな気分であの美しい国王様と一緒に、舞踏会に出るなんて…。
それにあのときはぼうっとしていて何も考えてなかったけれど、ダンスのステップなんか全然知らないのに、国王様と一緒にそんな席に出席していいものだろうか…? 国王様に恥をかかせるようなことになってしまったら…!
そんなことを考えて悶々としていると、部屋のドアがノックされた。
だ、誰!?
心臓が飛び出そうなくらい驚いて、ドアを見つめる。
「失礼します。ジョミー、今日の舞踏会に着るドレスを持ってきましたよ。」
顔を出したのはリオだった。
「陛下から、ジョミーの美しさが引き立つような衣装をといわれていますが…。適当に見繕ってお持ちしましたので、着てみてもらえますか?」
今度は先日の淡い緑のドレスとは違い、まわりの目を引く美しい赤のドレスだった。
こ、こんな素敵なドレス、僕が着てもいいんだろうか…?
「あなたの金髪には、赤も似合うのではないかと陛下がおっしゃいまして。」
えええっ? 国王様が!?
美しい彼の人が自ら心を砕いてくれたということに嬉しくなった。しかし、同時に切なくなってうつむいてしまった。
…お願いだから、そんなに優しくしないで…。
国王様の恋人は、別にいるってことを忘れてしまいそうになってしまうから…。
「ジョミー?」
どうかなさったんですか? と心配そうに伺ってくるリオに、何でもないと首を振る。事情を知らないリオを困らせてはいけない。
それよりも、言わなきゃいけないことがあるんだった…!
『リオ、僕はダンスなんて踊れないんだけど…。』
それなのに、舞踏会に出て国王様に恥をかかせたらどうしよう? と言うと、リオは面白そうに笑った。
「大丈夫だと思いますけど。陛下だってそのくらいはお分かりでしょう。」
『でも…。』
「どうしても心配ならば、陛下に相談してみてはいかがです? おそらく、あなたを舞踏会に連れ出すのは、自分の婚約者として紹介したいがためでしょうから、ダンスなど二の次ですよ。」
けれど、もしダンスを申し込まれたら? どうやってお断りすればいいか、分からないし…。
青ざめて困り果てるジョミーを見ながら、リオがくすりと笑う。
「その辺は陛下にお任せでいいと思いますけどね。」
ジョミーの戸惑いようが愛らしく映ったのか、リオはこの上ないくらい愛おしげに彼を見つめていたが、当のジョミーはそんなことに気づく余裕などなく、どうしようとばかり考えていた。
ジョミーがリオと一緒にドレスを着て階段を下りていくと、彼の人が玄関のホールに佇んでいる姿が見えた。立ち姿も美しく、こんな人の隣に自分なんかがいてもいいんだろうか…? そう思えてしまう。
そのとき不意に国王がこちらを振り返った。そして、リオに伴われたジョミーを見るや顔をほころばせた。
「綺麗だよ、ジョミー。」
にこやかに名前を呼んでくれることにほっとしたけれど、先の出来事を思い出して心が沈みそうになってしまう。
ああ、いけない! そんなことよりも言わなきゃいけないことがあるのに。
『国王様、僕、ダンスなんて踊れないんですけど…。』
…さすがに、美しいこの人に恥をかかせてはいけないから、それは先に言っておかなければ。
『だから…、あなたに恥をかかせてしまったらって…。』
「そんなこと、心配しなくてもいいんだよ。君は僕の婚約者なんだから、ダンスの申込みなど僕がすべて断ってあげよう。」
え…。そんなことでいいの?
その思いが顔に出たのか、彼の人はくすっと微笑んだ。
「せいぜい僕が独占欲の塊で、君にベタ惚れだとうわさされるだけだろうから、まったく問題はないよ。」
…そうまでして、男でこんな面白みのない子供に執着していると見せかけてまで、フィシス様のことをお守りしたいんだろうか…?
そう思って暗い気持ちになったが、結局国王様の頼みは断れない。
うなずいて、国王から差し出された手に自分のそれを重ねた。
すごい…!
舞踏会会場となる伯爵邸の大ホールに入った途端、ジョミーは煌びやかな装飾に目を瞠った。
金の細工を施した壁面、天井からは豪華なシャンデリアが下がり、床にはふかふかの絨毯が敷いてある。正直な話、今身を寄せている王城のほうがよほど質素である。
「これはこれは国王陛下。」
奥から女性の声が響く。その方向を見ると、年配であろうオッドアイの女性がこちらに歩いてくるところだった。
彼女は二人の前まで来ると、ジョミーをじっと見つめてから国王に視線を移した。
「連れて来てくれてありがとう、この子がジョミーだね?」
「いや、礼には及ばない。僕もいずれは皆に紹介したいと思っていたからちょうどよかった。」
どうやら今日僕を連れてきたのは、目の前の女性からリクエストがあったためらしい。
…それにしても。
ジョミーは、女らしいというよりも気風のよさそうな姉御肌の女性を見つめながら思った。
この人は誰だろう? 国王様とは親しそうだけど…、伯爵夫人なのかな?
そう考えていると、国王が微笑みながらジョミーを振り返った。
「ジョミー、彼女はブラウ。伯爵家の当主で、僕の幼馴染兼家庭教師だった女性だ。」
か、家庭教師?
この女性が、どんな風にして国王様に勉強を教えていたのだろう…? 国王の聡明さや王者然とした物腰と、この妙に頼りがいのある女性の思い切りのよいさっぱりとした性格とはどう考えてもつながらず、よって二人の勉強風景などまったく想像がつかない。確かに、面倒見のよさそうな人ではあるけれど…。
「ジョミー、彼女だって昔からこうだったわけじゃないよ。当時は、誰よりも熱心で教育者の鑑だとうわさされるくらい優秀な家庭教師だったんだよ。」
「おや、随分と言うじゃないか。陛下だって、昔は今ほどひねくれてなかったように思うけどね。」
「そうかな?」
「そうさ。」
かつては家庭教師だったんだろうけど、今は友人同士のようだ…。
ジョミーはそう思って、微笑ましい気持ちになった。
肉親には恵まれないというこの人に、こんな風に心を許しあえる友人がいるなんて。相手は女性だが、そんなことすら気にならなかった。
「まあ、昔のことは昔のこと。
そんなことより、どんな美姫にもなびかぬ陛下が唯一執着を示した恋人が、どんな子なのか気になっていたのさ。」
言いながら、ブラウはなめるようにジョミーを見つめて、次ににやりと笑った。
…な、なんだか恥ずかしい…。
頬を染めてうつむいてしまうジョミーの初心な反応に、ブラウは今度は声を立てて笑った。
「そうだね、何となく陛下の気持ちが分かるような気はするよ。
でも、これじゃダンスの申込みが殺到して、この子はなかなか陛下の傍にはいられないかもね。」
そうブラウにいわれるのに、踊れないというのにどうしよう? と思っていると。
「それは心配ない。愛しい恋人が傍にいるのに、みすみすほかの男の手になど渡すものか。」
そういわれるのに、ひどく落ち込んだ気分になった。今の言葉は、本物の恋人に対しての台詞だろう。
…フィシス様は、この人にこんなにまで大切に想われているんだ…。
しかし、ブラウはそれを聞くと呆れたようにこちらを見た。
「やれやれ。陛下がここまで嫉妬深いとは知らなかったよ。典型的な博愛主義かと思いきや…。」
だからそれは、僕に対してじゃなく…。
そう思っていたが、そう思わせることこそがこの人の狙いだったと思い至ってぎこちなく笑顔を浮かべておいた。
…舞踏会、早く終わればいいのに…。
憧れの国王の隣にいるというのに心は遠く離れていて、ジョミーにはそれがひどく悲しく感じられたのだった。
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相変わらずの勘違いジョミーです!次はフィシス様、登場♪ |
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