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  「あまりいい知らせではないのだが。」床にへたり込んでいたジョミーに手を差し伸べて、彼の人は続ける。
 「君のことについて調査するように指示しておいたのだが、結局よく分からなかったそうだ。君のような子供が巻き込まれたと思しき事件、事故はなかったと報告を受けている。行方不明者のリストにも、君のような特徴を持つものはいないようだし。」
 それついては…、そうだろう。
 そう思って、視線をあさってに向ける。
 自分の素姓について真剣に探してくれた国王に、悪いことをしてしまった…。調べられなくて当然のこと。なぜなら自分はこの地上のものではないから。だけど、それは…、言えない。
 …ごめんなさい、国王様。
 ジョミーは気まずさから視線をそらしたまま心の中で謝罪した。
 そんなジョミーの様子を、国王は黙ってじっと探るように見つめていたが、やがて静かに目を伏せて。
 そして、次に目を開いたときにはいつもの笑みを浮かべていた。
 「でも、気にしなくていいんだよ。君は記憶が戻るまで、ここでゆっくりと養生すればいいんだから。」
 そんな優しい響きの言葉が聞こえるのに、ジョミーは顔を上げて国王に微笑みかけた。それは掛け値なしに裏のない、本当に嬉しそうな笑顔。
 『国王様、ありがとうございます…!』
 ちなみに。一連の国王の表情の動きについては、ジョミーはまったく気が付いていなかった。
 「…やれやれ、早速忘れているようだね。
 ジョミー、僕のことは二人だけのときは何と呼ぶんだい?」
 『あ…、すみません、ブルー…。』
 「よろしい。
 それから…、本当に悪かったね。」
 何のことだろうと思っていると、国王はなかなか手を取らないジョミーに焦れてか、強引に手を掴んで立つように促して続ける。
 「僕が風邪でもひくかと思ったんだろう?」
 国王が視線を移したその先に、床に落ちている毛布があった。
 「君は優しい子だね。」
 国王のその表情こそ優しい笑顔で、すっかり見とれてしまう。
 この人の傍にいられることが信じられない。記憶喪失、という嘘がどのくらいの間通用するのかは分からないけど、なるべく長くこの人と一緒にいたい…。
 ベッドに腰かけると、彼の人ももう一度椅子に座ってジョミーと向かい合う。
 「まだ…、起きていて大丈夫かな?」
 眠くなんて…!あなたと一緒にいられるのなら、数日眠らなくたって全然平気です!
 そんな思いを込めて、ジョミーはぶんぶんと首を横に振る。
 「では、もう少し話をしていていいかい?」
 それには、思いっきりうなずいた。
 その様子がおかしかったと見えて、国王は笑いながら続ける。
 「実は、折り入って君にお願いがあるのだが。」
 あなたの頼みなら何でも聞きます!
 そう口の形で伝えたのだが、にっこりと笑う国王の次の言葉で蒼ざめるやら頬を染めるやら、忙しく顔色を変えることになってしまい、ジョミーは困り果ててしまったのだった。
  翌日。ジョミーは困惑顔で鏡の前に立っていた。
 どう見ても、これはみっともない。大体、自分があの美しい国王の隣にこんな姿で立つなどと想像しただけでも溜息が出てくる。
 レースをふんだんに使った淡い緑色のドレスは、自分の貧相な身体にはとても似合うとは思えず、結いあげる長い髪もないので、お世辞にも美人になど見えないだろう。
 「よくお似合いですよ、ジョミー。」
 それなのに、リオはにこにこ笑いながらそう言う。
 そんな無責任な…。
 ジョミーはリオの言葉にまた溜息を吐いた。
  それは昨日の夜の話。「僕の婚約者のふりをしてほしい。」
 国王にそう言われたジョミーは、口をぽかんと開けて思いっきり固まってしまった。
 「君も感じているとおり、僕は独身であるがゆえに見合い話を持ち込まれることが多くてね。でも僕は、自分の結婚相手を誰かに決められるのは嫌なんだ。」
 それは…、そうだと思う。
 だけど、でも何で僕があなたの相手に…?男である以前に、あなたのように美しくも品があるわけでもないのに。
 「ジョミーは、仮にとはいえ僕の婚約者になるのは嫌かな?」
 そう伺われるのに、返答に困る。
 そ、そんなことはないけれど…。
 でも、こんなに美しくて賢くて、国民の期待を一身に集める国王の婚約者になるだなんて…。それが仮のものであってもそんなことが許されていいのだろうか。
 『ぼ、僕はあなたに釣り合いませんから…。』
 とりあえず。
 やんわりと断ってみようと思っていると。
 「君はかわいいから大丈夫だ。」
 どの辺を以ってそう断言できるのか分からないが、国王は笑顔で続ける。
 「君は十分綺麗だよ。
 輝くような金の髪に翡翠色の瞳。その目はとても澄んでいて、表情豊かで一緒にいても楽しい。健康的なしなやかな美しさは、誰もが羨むだろう。
 君が着飾れば、その辺の姫君も裸足で逃げ出すような淑女になる。」
  そんな赤面するようなことをささやかれて、何となく婚約者になることを承諾させられてしまったけれど。こ、こんなんで本当に大丈夫なのかな…?国王の名前に傷がつくようなことになったりしたら…。
 「本当に美しいですよ、ジョミー。自信を持ってください。」
 しかし、リオは微笑みながら重ねてそう言う。
 僕のどこが美しいんだろう…? いくら国王の頼みとはいえ、これは断ったほうがよかったんじゃないだろうか。
 だって、あの美しい国王の婚約者だよ?どんな美人かと思うじゃないか!それがこんな子供で、ふくよかな身体すら持たない男で…。いや、それ以前に容姿だって国王の隣に立てるような代物じゃないし…。
 そんなことを考えて、落ち込んでいたそのとき。
 「…これは想像以上だな。」
 ドアが開き、美しい彼の人が顔を出した。薄く化粧をし、瞳の色と合わせたドレスをまとったジョミーを見て、驚いたように目を丸くしている。
 「綺麗だよ、ジョミー。」
 『こ、国王様のほうが綺麗です…!』
 慌てて頓珍漢なことを言うジョミーがおかしかったようで、国王はくすっと笑う。
 そんな国王の笑顔のほうがよほど美しいというのに…!
 「では参りましょうか、わが婚約者殿。」
 ああ、そうだった…。
 昨日、押しかけ見合いのごとく訪ねてきたという隣国の公爵とその姫君に挨拶をするというのが、婚約者になりすます目的のひとつだった…。
 恭しく国王から差し出された手に自分のそれを重ね、ジョミーはもう一度溜息を吐いたのだった。
 
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        | hakuaの趣味全開です…!ジョミーのドレス姿、本気で見たい…。 |   |