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    「どうなさったのです、陛下?」国王の部下らしい背の高い青年は、その腕に抱かれているずぶ濡れの少年を見て目を丸くする。
 「リオ、ちょうどいいところへ来てくれた。
 すぐに湯浴みの用意をしてくれ。それから彼に合う服も。このままではこの子が風邪をひいてしまうからね。
 部屋は東の棟の客間を。景色もいいし、それに段差が少なかったはずだ。この子は歩くことができない。」
 城内のホールに入ったところで出会った青年に、国王はてきぱきと指示を下す。
 ジョミーはというとその間、ホールのステンドグラスに見惚れていた。意外に質素な城内では、唯一このステンドグラスだけが煌びやかな光を放っている。特に、赤が綺麗だと思った。その色は、今自分を抱いている憧れの彼の人の目の色と同じだ。
 「承知いたしました。
 それから、ハーレイ侯爵が探しておられましたが。」
 リオと呼ばれた青年は、王に向かって一礼してから、思い出したようにそう言った。それに対して国王は息を吐くと、気遣いは無用とばかりに首を振った。
 「用は分かっている。
 では、君は先に行って準備を頼む。僕はこの子を連れて行く。」
 「はい、では失礼します。」
 リオが行ってしまった後、国王は再び歩きながら、ジョミーに視線を落とす。
 美しい彼の人に見つめられて、ジョミーは頬を染めた。同性だと思えないほどにこの人は綺麗で、夢のように美しくて。
 「そう言えば、自己紹介がまだだったね。
 僕はブルー、この城の主だ。」
 微笑みながらそう言われるのにどきどきする。
 そして、憧れの人の名前を知って、嬉しくなった。
 『ブルー』って言うんだ…。
 素敵な名前だと思っていたら、彼の人はさらに微笑を深くした。
 「ありがとう。君にそう思ってもらえると、嬉しいよ。」
 あれ?今のは喋ってもいないんだけど…。
 不思議に思っていると、その表情がおかしかったらしく、彼の人は吹き出すのをこらえながら言う。
 「君は素直だね。思っていることがすべて表情に出てしまう。」
 …そういえば、キースにも同じことを言われたっけ…。
 恥ずかしくなって、ますます顔が熱くなってしまう。多分、顔が真っ赤になっているだろう。
 その様子に、彼の人がまた微笑む様子が分かって、さらに顔が熱くなる。
 そのとき。
 「陛下!どこに行っていらしたのですか!」
 唐突に城内に響いた声に、どきっとする。
 見ると、廊下の向こうから大柄な男が歩いてくるのが見えた。
 「海岸の散歩だよ。」
 澄ましていう国王に対して、大柄な彼はなおのこと声を荒げた。
 「散歩ですと!?随分と探したのですぞ…!
 …おや?どうしたのです、その者は…?」
 怒鳴りかけて、ふと国王の腕の中のジョミーに目を移し、驚く。
 「ちょうどいい、ハーレイ。
 この子は自分の名前以外、何も覚えていないらしい。この寒い中、海に一人で…。」
 「何を考えているのですか、陛下!!
 そのような怪しいものを、城内に入れてどうするのです…!あなたのお命を狙う国の間者かもしれませんぞ!いや、もしかしたら刺客かもしれません!無害な子供の姿であなたを油断させようとしている可能性もあります!
 あなたはこの国の王であらせられるのですぞ!そのような自覚のないことでは困ります…!」
 間者か刺客かといわれるのに、慌てて首を振る。
 違う、僕はそんなものじゃないし、この人を殺そうとなんて思っていない!
 誤解を解こうとそう言おうとしたが、声を出せないことを思い出し、うつむいた。
 「この子はそんな子じゃないよ。」
 しかし、国王はやんわりと、だが確固たる否定の意思を持って首を振る。その言葉に嬉しくなった。
 よかった、この人は僕のことを信じてくれている…!
 「しかし…!」
 「ハーレイ。」
 王が強い調子で彼を遮る。
 「この子は違う、僕には自信がある。
 僕はこの直感だけで今まで生き延びたようなものだからね。」
 「は…あ…。」
 ハーレイと呼ばれた男は、王の言葉に毒気を抜かれたように黙り込む。
 「君にはこの子の調査を頼む。
 名前は『ジョミー』。しかし、名前以外何も分からない。本人も記憶がないようだ。もしかして何かの事件や事故に巻き込まれたのかもしれない。」
 「は、承知いたしました、陛下。」
 「それで君は、僕を探していたそうだが。」
 忠実な王の部下は、今ようやくそれを思い出したように手を打った。
 「そうでした!
 隣国の公爵がいらしておられます!」
 やはり、とつぶやいて、この人はため息をつく。
 「どうせ、娘を妃にという話だろう。何度来ても返事は同じだというのに。」
 「は、あ…。ですが、ご令嬢も一緒においでなので…。」
 「…姫まで来ているのか。」
 呆れた調子でつぶやくのに、ハーレイは申し訳なさそうに、はあ、とうなずく。
 「仕方ない…。では、すぐに行く。」
 国王の了解の返事に、ハーレイは顔をほころばせた。
 「それでは、これから先触れを…。」
 「それと、北の棟の客間を用意しておいてくれ。この時間だ。泊まるつもりで来たのだろう。」
 「はっ。」
 ハーレイは一礼すると、方向転換をし、大股で歩き出した。
 彼の人はそれを見送って、ジョミーに視線を移す。
 「すまない、客がきたらしい。」
 今の話から、それはこの人の結婚に関することだということは、すぐに分かった。この人の様子からは、それに乗り気でないらしいということも分かって、少しほっとしたけれど。
 もう…、行っちゃうの…?
 そんな思いが表情に出たのだろう、この人は安心させるように笑った。
 「大丈夫だよ、君のことはリオによく頼んでおくから。」
 そう言われても、せっかく会えたというのに、ほとんど話もしないままこのまま別れてしまうのは寂しかった。
 「それに、君のこともすぐに分かるだろう。
 僕は、この国のことなら大体のことは分かる地位にいるからね。」
 地位については国王なのだから、それは当然だと思うけど。でも、多分僕のことは何も分からないだろう。けれど、それを言うこともできない。申し訳ないと思いつつ、顔を上げると、彼の人の柔らかな微笑みにぶつかる。
 「リオは、僕と同じように読唇術ができるから、君の言うことはよく分かってくれると思うよ。
 僕も客人の相手が終わったら、君のところに顔を出すから。」
 国王であるこの人に、こんなに気を遣わせていいのだろうか…。
 これがキースの演出のおかげなら、感謝しなきゃと思う現金な自分がいた。
 
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        | 短くてスミマセン!もう少し進めば、甘いムードを出せると思います〜!さて、次は天使の告別式を…。 |   |