|   気分が悪い…。
 それは、目覚めたときに感じたときのままで、まったく気分は和らいでくれない。さっきジョミーと話したときのショックのせいだろうか。
 ブルーは息を吐いてからスクリーンを呼び出し、外の光景を眺めた。ナスカの赤い星が、なおさら赤く見える。まるで、星が燃えるような…。そんなちりちりとした感覚に、スクリーンの電源を落とす。
 口を出すな、とジョミーは言ったが、そんなことを聞いてじっとしているわけにはいかない。そう思って立とうとして、腕をついた途端、かくんと力が抜けそうになった。
 『無理はいけません! あなたは何年眠っていたと思っているんですか!!』
 ノルディはそう言って渋顔を作った。けれど…いざとなればそんなことも言っていられない…。
 カモフラージュはしているが、人類からこのナスカに何かがあると知られている以上、いったんこの星を離れるべきだというジョミーの説得に、一部の若者はどうしても応じようとしないらしい。
 では…彼は一体どうするつもりだろうか…。
 そのとき、しゅんという音が青の間への来訪者を告げた。
 …誰だ?
 首をめぐらせたその先に、小さな影が見えた。3歳くらいの赤毛の子どもが立っている。だが、今のシャングリラの中で、こんな小さな子供がいただろうかと思いかけて。…長老たちやジョミーから聞いた自然出産の話が思い出された。そのときに、最初に生まれた子供は今3歳で、真っ赤な髪だと聞いたことも思い出す。
 じゃあ、この子がユウイとカリナの…。
 ブルーが見守っている間に、子どもはとことことこちらに歩み寄ってきた。
 「…どうしたんだい? 迷子にでも…」
 ベッドの横まで来た子どもに優しく声をかけようとして。ブルーはふと言葉を止めた。
 この子どもから感じるもの。それはミュウとは異なるマイナスエネルギーの波動だ。自分の身近にはないオーラ。いや、しかし感じるのは初めてではない…。
 「どうしたの?」
 きょとんとしてこちらを見やる子どもの無邪気なしぐさ。それだけ見ていると、本当に愛らしい幼い子どもに違いないが…。
 「…久しぶりだね。でも、なぜ君がここにいるのか、教えてもらえるとありがたいが」
 一転して冷たい紅い目で見つめられた子どもは、最初は目を見開いて驚いた様子でブルーを見つめていたが、やがてふっとあどけない表情を消すと不敵に笑った。
 「さすがはソルジャー・ブルー、年季が違うね。誰も気がつきもしなかったのに」
 誉め言葉の中に暗に年寄りと揶揄され、ブルーは眉を寄せた。
 「そんな禍々しい気配を匂わせている人間は、このシャングリラにはいないからね。近づいてくれば、当然分かる」
 「ふん。けど、あんたの大好きなジョミーだって僕と同じなんだよ?」
 「ジョミーは君のような不穏な気配は匂わせないからね」
 …思えば不思議なのだが、その辺の遮蔽は鉄壁なのか、ジョミーから魔物の香りはほとんどしない。だから、気配に敏感なはずの自分が、ジョミーとともに長い時間過ごすことができるのだろうが。
 赤毛のナイトメア、トォニィはそれを聞くとにぃと笑った。子どもらしからぬ、邪気に満ちた笑い方だった
 「そうかもね。でも、だからと言って、ジョミーはあんたたちと同じミュウだと思ったら大違いだよ」
 むっとしたが、ブルーはそれには応えずに違う話題を振った。
 「それで? 君がここにいる理由はなんだ? ジョミーと一緒にいたいからか? そんな小さな身体になって、何をしようとしているのか理解に苦しむが」
 「もちろん、ジョミーとは一緒にいたいよ? でも、僕がここにいるのは、ジョミーに呼ばれたからなんだ」
 その言葉に、ブルーは沈黙した。
 以前、僕の夢の中に勝手に入り込んだトォニィを、ジョミーが叱り飛ばしたのはいつのことだったか…。あのときは、この負けん気の強いトォニィに謝罪さえ入れさせたというのに…。
 それなのに…ここにわざわざ呼んだ…?
 「あんたも知ってると思うけど、自然出産で生まれた子どもは7人。これは、ジョミーが地球への戦いのために用意した、『タイプ・ブルー』なんだ」
 「7人…?」
 その符丁に、何かがダブる。確か、ジョミーの養い子は7人ではなかっただろうか。
 「…へえ。まだ頭は錆びついてないようだね。そういうことだよ、アルテメシアに潜んでいるわけでもなし、今ミュウを、いや『タイプ・ブルー』を補充しようと思っても、成人検査不適格者と見せかけて連れてくることもできない」
 だから、自然出産なんだよ、とトォニィは笑った。
 では…ジョミーは本当に人類と戦うつもりでいるのか…。
 『補充』という言葉に、この赤毛のナイトメアがミュウを道具扱いしていることは分かったが、それを訂正させる気力は今のブルーになかった。
 …無論、自分たちの立場を認めさせ、成人検査を廃止させるためには、相手と同じ土俵に立つ必要があるだろう。しかし…ジョミーは…本当の敵を分かっているのだろうか…? それは決して人類ではないということに…。
 「全然知らない仲でもないからさ、ちょっと挨拶しようと思ってきただけ。今はこんななりだけど、必要とあればすぐにでも大きくなるさ」
 「…言葉は正しく使ってもらいたいものだね。挨拶ではなく、宣戦布告の間違いだろう」
 「そうとも言うね」
 トォニィは楽しそうに笑いながら、ふわりと浮いた。
 「ま、あんたはそこから見てればいいよ。僕たちがこの船を地球とやらに連れてってあげるから」
 そうすれば、ジョミーだって心残りがなくなるだろうし。
 それだけ言うと、トォニィの姿がふっと消えた。あまりに突然で止める暇もないくらいだった。ひとり青の間に残されたブルーは、トォニィが消えた空間を厳しい目で見つめた。
 「…そんなに簡単に渡せるか!」
 ジョミーがどんなに変わってしまったとしても、彼は僕の大事な太陽に違いはない。それに、本当にジョミーが変わってしまったとしたら…。
 「それは…僕のせいだ」
 僕が眠っていた間、ジョミーが何を思い、何を考えていたのか。フィシスが言うには、ジョミーは僕が眠っている間も毎日ここに来ていたという。ジョミーは自らの魔力を使い、僕を眠らせたといっていたが、当然話したいことや相談したいこともあっただろうに…。
 ならば…?
 ならば、僕がジョミーにしてあげられることは一体なんだろう…?
 そんなことを考えていたときだった。
 不意に、ぞくりとした感覚が身体を駆け抜けた。同時に、とんでもないエネルギーの急接近を感じて愕然とした。
 この…感覚は…!
 思うより先に身体が動いた。ブルーは宇宙空間にテレポートすると、予想にたがわず巨大なエネルギー体がこちらに向かっているところだった。それは、ナスカの向こうにある天体を突き抜け、しかし少しのダメージもなくこちらに向かってくる。
 …いけない…!!
 ブルーは、巨大なエネルギーの塊からナスカを守るように防壁を張った。自分自身の身体のことなど構っていられない。
 かつて辛酸をなめたアルタミラ。メギドの洗礼を受けたのは、そのときだった。300年たった今、あれとまったく同じものをまた見ることになろうとは…!
 すさまじい衝撃が襲う。圧倒的なパワーに、防壁は耐え切れず、ところどころが破壊されていく。
 ダメだ…防ぎきれない…!
 防壁が大きく歪み、それ自体が崩れそうになったとき。ふっとかかっていた力が消えた。何が起こったのかよく分からなかったが、ブルーの身体は力が抜けたように弛緩した。同時に、メギドの光が雲散霧消する。
 『大丈夫ですか…?』
 その頼りなげな身体を、後ろから抱きとめた、優しい腕。首をめぐらせるまでもなく、ジョミーだと分かった。
 背が高くなったということは会ったときに分かっていたが、こうして抱かれているとすっかり大人の男に成長したのだなと場違いにも思った。支えている腕は力強く、背中越しに感じる胸は広い。
 「すみません、気づくのが遅れました」
 申し訳なさそうに伝えられる言葉。優しい響きに、彼がナイトメアという魔物だということを忘れてしまいそうだ。
 「いや…助かったよ」
 ゆっくりと後ろを振り返って、憂いを含んだ緑の瞳と出会うのに、ブルーは微笑んだ。正直な話、一気に力を解放したために手足さえ動かすのが億劫だったが、それでもジョミーを見ているだけで、すっかり忘れてしまったくらいだ。しかし、今のジョミーの別のことに気を取られている様子で、一転して厳しい目つきでメギドシステムがあるだろう方向を見つめた。
 「…人類側も、とんでもないものを持ち出すものだ。まさかここまでやるとは思っていなかった」
 ナスカを破壊するために、手前の惑星に大穴をあけた、その恐るべき威力。何が何でもミュウを殲滅するという、強い意志の表れのようだ。
 ジョミーはそこから目をそらすと、ナスカに見やった。地表には亀裂が入り、この惑星がすでに崩壊し始めていることが分かる。
 『でも、ある意味好都合だ』
 「……?」
 おそらくジョミーのつぶやきだろう思念波に、ブルーは首をかしげた。
 …好都合?
 しかしジョミーはすぐに視線をブルーに移す。
 「ブルー、あなたにお願いがあります。あなたをわずらせて申しわけありませんが」
 そう言われるのに、ブルーは目を眇めた。
 …何を言い出すつもりだ? さっき、口出しをするなといったばかりだと言うのに。
 「あなた自身でないとできないことです。ナスカに居住している若者の避難をお願いします」
 ナスカを離れたくないという若者のことを言っているのだろう。けれど。
 「…君は?」
 けれど、ジョミーはそれには応えず続けた。
 「事態は一刻を争います。人類側が、手段を選ばないと分かった以上、早くここを離れたほうがいい」
 「それはそうだが…。君は…どうするんだ?」
 避難誘導を僕に任せる以上、君は一体何をしようというのだ?
 「僕はメギドを止めます」
 確固とした意思を持った声だった。
 「ナスカを仕損じたことは、向こうだって分かっている。おそらく今ごろは第二波の準備をしているでしょう。それを叩きます」
 「ダメだ、ナスカには君が行きたまえ…!」
 冗談ではない、いくらジョミーが人ならざるものであったとしても、あんなものを相手にして無傷で済むはずはない…!
 「ミュウのソルジャーは一体誰です?」
 だが。切り返された言葉に、言葉に詰まった。
 「僕はしばらくの間代理を務めたような形になりましたが、あくまで代理は代理です。それに、あなたが説得すれば、ナスカに留まっている若者を引き上げさせることができるかもしれない。…残念ながら、仲間たちの一部は何があってもあの星を離れないと言い張っていますから」
 そう言いながら、ジョミーは苦笑いを浮かべた。
 「…僕では、役不足ですよ」
 あなたのミュウを思う心には到底敵いません、とつぶやかれるのに、また誤解を生んでいるような気がしたが、それを確かめる間もなく、ジョミーは表情を引き締めた。その顔つきは、今まで見たこともないような冷たいものだった。
 「トォニィ」
 ジョミーの硬い声が響く。
 「ここにいるよ」
 見ると、さっき青の間に来た小さなトォニィが後ろに現れた。
 「お前が中心になって、シャングリラの防御に当たれ。向こうの分隊がこちらに向かってきている。メギドだけでは心もとないと思ったんだろう」
 「分かった!」
 そう言うと、後ろの気配はふっと消える。ジョミーはそれを見送ってからブルーを見つめた。そのときだけ、ジョミーの厳しい表情が和らいだように見えた。
 「…では、僕も行きます。ブルー、どうかお元気で…」
 その言葉に漠然とした不安を覚えた。まるで…もう会えないかのような…。
 「ダメだ、ジョミー。メギドには僕が…」
 「ミュウをまとめ、彼らを地球へ導くのはあなたです」
 ジョミーは優しく、しかし有無を言わさぬような口調でそう言う。そして。
 「…またあとで。戻ったら、あなたの地球を見せてください」
 すっと唇を…重ねた。
 それっきり、頭が真っ白になってしまい、次に言う言葉が分からなくなった。はっと気がついたときには、唇に触れた感覚は消え失せ、金の太陽はいなくなってしまっていて、ブルーはひとり宇宙空間に取り残された。
 『またあとで』
 ジョミーの様子に、不安を覚えたブルーだったが、今はその言葉を信じるしかない、と。
 ナスカを見下ろしながら、そう納得せざるを得なかった。
 
 
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        | アニメとは逆バージョン♪ 確かブルーはフィシスに戻ってくるようなウソをついてメギドへ行ったんでしたよね! 自分のしたことは、いつか自分に返るのよ〜。(ちょっと違う…) |   |