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  …結局、説得はできなかった。『ジョミーに伝えてください、俺たちは幸せだったって…。ナスカを与えてくれて、感謝してるって…』
 今わの際にキムが寄越した思念波。その言葉を遺して、キムは逝ってしまった。
 ブルーはその亡骸を見つめ、息を吐いた。
 ナスカに残った誰ものは、ひとりとして助けられなかった…。ならばせめて…。
 鋭い紅い瞳を上空に向けた。
 …ジョミーだけでも助けなければ。どれほどジョミーが高位の魔物であっても、あの兵器を相手にひとりで戦うには分が悪い。
 そう思い、テレポートしようとメギド周辺を透視したのだが、なぜかもやがかかったように見えない。最初のうちは、もうこの身体にはサイオンはなくなってしまったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。メギドのまわりだけが見えないことに気がついた。
 まさか…ジョミーは僕をメギドに寄せ付けないように細工をしているのか…?
 そうだとすれば、ジョミーは細工するための力を、メギドを潰す力から割いていることになる。
 馬鹿な…! 全力で戦っても、あれに勝てる保証などどこにもないというのに…!
 ブルーの脳裏に、はるか過去の記憶がよみがえる。アルタミラに落とされた、地獄の業火。あのときは戦うどころか、仲間を連れて逃げることしかできなかった。それに挑むなど、無謀としか言いようがないのに…。
 とにかく、こんなところで手をこまねいているわけにはいかない!
 ブルーは状況の分からぬ中、メギドへのテレポートを強行した。が、何かにぶつかったような感覚があって、目的の場所を大きく外れた地点でテレポートを中断させられた。その衝撃で一瞬気が遠くなりかけたが、慌てて頭を振った。
 ジョミーは…メギドはどうなっている…!?
 はるか眼下に墓標のようなものが見える。メギドの本体だ。その砲口から炎が上がる。
 「!?」
 メギドが放たれたわけではない、おそらく内部の爆発によるものなのだろう。さらにもう一度、さっきよりも激しい爆発が起こった。
 「ジョミー…!」
 ジョミーは無事なのか? あの様子では、中は炎の渦だろう。これでは、いくらジョミーでも…。
 そう考えて、ぞくりとした。
 ジョミーを失うわけにはいかない…! 君を失ってしまったら僕は…。
 それ以上考えられなかった。慌ててメギドに向かおうとするが、なぜだかそれ以上前に進めない。何かのシールドが張ってあるがごとくだ。
 まさか…これもジョミーが…?
 一体ジョミーはどうなっているのか。状況が見えないだけに、焦った。ただ、ジョミーが張ったと思しきシールドの強度は十分だから、ジョミー自身は大丈夫という推測は成り立つだろう。
 『ジョミー、大丈夫なのか!? 返事をしてくれ!』
 だが、呼びかけにも応えない。聞こえていないだけか、それとも…聞こえていても応えられないのか…。
 そのとき、かすかなテレパシーが聞こえた。
 …戻って。
 その弱々しさに、ぞくりとした。ジョミーの思念波は常に力強く、どんなに落ち込んでいても、その強さに引きずられるようにして気分が高揚したものだったのだが、今はそんなものなどどこにもない。
 …あなたがここにいると、みんなが逃げることができない。だから…。
 シャングリラに戻って、と。そうジョミーは伝えてきた。
 「ジョミー、もういい! 君も戻るんだ、僕と一緒に…!」
 ジョミーを連れ戻そうと爆発を繰り返すメギドに向かおうとするが、やはり何かのシールドにはじかれる。
 …ブルー、地球へ…。
 その、夢見るような声が聞こえた途端。シールドらしきものを維持していた力がふっと消えた。同時に、メギド内部が透視できるようになった。
 ジョミーは…!?
 だが、どこを視てもジョミーの姿は見当たらない。制御室はもちろん、機関室や廊下の隅々に至るまで探したが、やはり分からない。
 そんな馬鹿な…! ここにいたはずなのに!
 「あんた、こんなところで何やってるんだ!」
 ジョミーを探そうと、メギドへ向かいかけたとき。背後から聞き知った声がブルーを呼び止めた。同時に腕を掴まれ、身動きが取れなくなる。振り返ると、以前見たままのナイトメアのトォニィがむっとした表情でこちらを見下ろしていた。子どもの姿から急激に成長したらしい。
 「いくらこれが役に立たなくなったからって、人類統合軍の艦隊がいなくなったわけじゃないんだ。早くワープしなきゃ、危ないじゃないか!」
 「待て、まだジョミーが…!」
 「ジョミーはもういないよ!」
 そう言い返されるのに…言葉を失った。
 「あんただって分かってるくせに! ジョミーはこれを叩くために、身体を失ったんだ! もうここにはいないんだよ!」
 そう…分かっていた。それでも…。
 「とにかく、シャングリラに戻るよ。さっさとワープしないと、こっちが危ない」
 ぐいっと腕をひかれると同時に、強引に青の間にテレポートさせられた。
 『ソルジャーは戻った。すぐにワープしろ…!』
 トォニィが叫ぶと同時に、シャングリラはときの空間に飲みこまれる。
 …そう、分かっていた。
 ぐにゃりと空間がゆがむ感覚の中、ブルーの身体が傾いで、そのまま冷たい床に倒れ伏した。
 中の様子がつかめないまでも、ジョミーの『声』を聞いたときに、彼の身体はすでに死にかけていると…分かっていた。亡きがらを残さなかったのは、僕に気を遣ったからか、それとも単に魔物としての決めごとのためだったのか…。
 ジョミーの気配が完全に途絶えてしまった後も、必死でジョミーを探した。でも…ジョミーのかけらすら…見つけられなかった…。
 身体が鉛のように重くなって、意識が遠のいて行く。
 僕の夢が…君を殺してしまったのか…。僕が君を大事に思っているという一言さえ言えないままに…。
 視界が暗くなって、完全に意識が途絶えそうになる。
 …君は…ここで、幸せだったのだろうか…? 地球へ行き着くことに力を注いで…
  真っ暗な空間。その中にぼんやりとした人影が見える。「あんた、ジョミーが死んだと思ったのか?」
 赤い髪とすらりとした長身に、ふと考える。
 …ああ、彼もナイトメアだから夢の中に入ってくることができるのか…。
 「…それはショックだっただろうな。でも、僕たちはそう簡単には死なないよ。ジョミーはあのメギドとかいう兵器の攻撃力を前に、形を維持できなくなった。それだけだ。あと百年もすれば元通りだよ」
 …百年…。
 何の気負いもなくそういわれるのに、やはり彼は違う生き物なのだと実感する。彼は慰めてくれているのだろうが、それは人間である僕がもうジョミーと会うことができないと宣告されたも同じだ。ミュウは長寿だが、そこまでの寿命は僕にはない。
 …ジョミーが死んでいないということだけで、喜ぶべきなのだろうけれど…。
 「ジョミーからあんたのことはよく頼まれてる。力になってやってくれって」
 「…力…?」
 何のことなのかぴんと来ない。そんなブルーの様子に、トォニィは呆れたようにこちらを見下ろした。
 「地球とやらに行きたいんだろ? 連れてってやるよ、どこにだって」
 そういわれて、ああ、と思い出した。
 …そうだった、な。そのために君は…。
 「とにかく、このまま寝ててよ。着いたら起こしてやるから」
 それだけ言ってトォニィは消えた。あとには静寂だけが残される。
 …もう…君とのつながりが、それしかないのなら…。
 意識がさらに深く落ち込みそうになる。
 …行こう、地球へ…。
 
 
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        | うーん、バッドエンド風♪ でも、もう一回分あるもんねーvv なんだかねー、こんな話書くたびに、(自分勝手に)メギドへ向かったブルーのことを恨んでるのねって実感してしまうわん…★ |   |