心がささくれ立つような感覚に、意識が浮上する。
こんな不愉快な目覚めはここ最近なかった。そう断言できるくらい、いやな気分になった。
目を開ければ、いつもと変わらぬ青い光が満ちる暗い天井が見えてほっとするが、この気分の悪さは一体なんだろう。
起き上がろうとしたが、身体が言うことを聞いてくれない。
…ジョミー…?
思念波で呼ぼうとして、サイオンが使えないことに気がつく。
まさか…。
その事実に焦りを感じる。こんなことは初めてだ。もう…、僕の寿命は尽きるということだろうか。
とにかく、何とか動かなくては。テレパシーも透視も使えない今、ここにいては状況が見えない。この気分の悪さはただごとではないのだ。外で何が起きているか確かめなければ…。
だが、サイオンさえ使えない身で身体を動かすのは至難の業だ。もともと体力がないのだからそれも当然なのだが。
『ソルジャー・ブルー!?』
そのとき、柔らかな女神の思念波が届いた。
フィシス…、か。
『今そちらに参りますわ。』
ほっと息をつく。
しかし…、一体どうしたんだろうか。自分の身体の状態もさることながら、この胸騒ぎは…。
しばらく待っていると、フィシスが姿を現した。嬉しそうな微笑を浮かべている。
「お加減はいかがですか?」
「ああ。大丈夫…。」
本当は、声を出すのも辛い。あまりいい状態とは言えないが、彼女に心配をかけるわけにはいかない。
「…無理もありません。あなたは15年ほどずっと眠っていたのですから。」
15年…?
突然そんな信じがたいことを聞いて、驚いてしまう。
ジョミーと魔界から戻ってきたのが、昨日かその前日くらいの出来事に思えているというのに?
まさかと思うが、魔界の空気の影響のだろうか…?
「ジョミー…は?」
魔界の空気の影響なら、彼に聞けばすぐに真相は分かるだろう。
「ジョミーは…。敵の哨戒機と交戦中なのです。」
敵…!?シャングリラが見つかったのか?
「ソルジャー、実は状況はかなり変わってきているのです。
まず、ここはアルテメシアではなく、ジルベスター星系第7惑星、ナスカと名づけましたが、その上空です。
あなたが永い眠りについた後、シャングリラはサイオンレーダーによって発見され、攻撃から逃れるため撤退を余儀なくされました。宇宙へ向かう決断を下したのは、ジョミーでした。」
アルテメシアを…、離れた?
「そうです。
私たちはしばらく宇宙をさまよいました。その間、いろいろなことがあったのですが…、それでもここにたどり着いたのです。
若いミュウたちはことのほか喜んで、この星での生活を営んでいたのですが…。」
フィシスは少し言いよどんでから、意を決したように前を向いた。
「ナスカは砂の惑星。美しい水の惑星である地球とは似ても似つかない。ナスカに留まろうとする若者と地球を目指す長老たちの間では、常にいさかいが絶えませんでした。
そんな中、地球の辺境部隊がナスカに目をつけたようなのです。発見されないように事故を装って電子記録を消したり、兵士の記憶を消したりしていたのですが、やはり無理があったのでしょう。」
それだけ言うと、フィシスは悲しげにうつむいた。
「…電子記録や記憶の操作のほとんどは、ジョミーが行ないました。あんなに明るかった彼が、最近では別人のように冷酷な顔を見せるようになって…。」
きっと、あなたの代理を務めなければならないと思って、必死なのでしょう。
…僕の…?
「今、彼はあなたの代理という意味を込めて『ソルジャー・シン』と呼ばれています。ミュウの中でも特異なタイプ・ブルーですから…。か弱いミュウには心の拠り所が必要だったのです。」
そう言われるのに、現状は何となく理解した。理解はしたが…、
「ドクター・ノルディを呼びましたわ。」
フィシスはそういうと、戸惑っているブルーに微笑みかけた。
「あなたは知らなかったと思いますけれど、ジョミーはあなたが深い眠りについたあとも、毎日ここに通いつめていたのですよ。本当なら、あなたが目覚めたとときには、真っ先に駆けつけたかったでしょうに。」
交戦中の今は、どうしてもそれが叶わず、私に頼んできたくらいですけど。
そう言われて、眠りから目覚めた僕の気配を最初に感じたのはジョミーであったことを知って、嬉しくなった。
でも。
十数年眠っていたという事実はにわかに信じられなかった。しかし、その事実を受け入れたあとは、その間君がどうしていたのか。それがとても…、気になった。
ドクター・ノルディの診察を受け、その処置のおかげで動けるまでにはなった。その後ゼルやハーレイ、ブラウから今までの出来事やナスカへの居住をめぐる対立問題や、自然出産の喜ばしい報せも聞いたが――。
肝心の君がここに来ない。
聞けば、人類との交戦で、ナスカの地上基地が一部破損したため、その対応に当たっているそうだが。
『それは、大モテですわよ。』
フィシスがいたずらっぽく微笑みながら言っていたことが思い出される。
『ここに来たときよりは、随分と背も伸びて、大人っぽくなった上に女性には特に優しくて。でも、もともとジョミーは金髪碧眼の甘いマスクの持ち主ですから、それがなくてもモテたと思いますけど。
私にまで嫉妬の感情を向ける方もいらっしゃいますのよ?ジョミーと私とはそう言う仲ではないというのに。』
それが可笑しくてと微笑むフィシスに、今度は焦りを感じてしまった。
こんなに永く眠りについた理由はよく分からないが…、ジョミー自身とそのまわりが大きく変化してしまったことに、戸惑いを感じる。
『誰か…、特定の恋人はいるのだろうか…?』
確かにジョミーは整った容貌の持ち主だ。その彼が大人びて、背が高くなって、さらにフェミニスト精神を発揮して。
そうなれば、まわりの女性たちが放っておかないだろう。
『さあ、どうでしょう。』
フィシスは含みありげに微笑む。
『フィシス…。』
意地悪はしないでくれと言外に伝えたが、彼女はくすくす笑っているだけだった。
『それは、ジョミー本人にお聞きになればよろしいのでは?
そうですわね、私が見たところ、ジョミー自身は先にも申し上げましたとおり、あなたの代理を務めようと必死になっているだけあって、恋人を作ることなどあまり考えていないように見えますわ。』
その言葉にほっと一息つく。
『でも、積極的な女の子はいますのよ?一番はニナかしら。』
『ニナ…?あの子が?』
確かに、物怖じしない活発な子どもだが。
『ソルジャー、15年も経てば、10歳の少女だって立派な女性になりますわ。それはもう、魅力的な淑女に。』
そういわれるのに焦ってしまう。しかし、フィシスは面白そうに微笑んだ。
『でも、ニナはジョミーに子ども扱いされていると怒っていますわ。
ジョミーもニナに関しては少女のイメージが強いのでしょう。まるで子どもにするようなキスを公衆の面前でしてしまうほどですもの。』
その言葉に、頭にハンマーでも落ちてきたのかと思ったほどだ。
公衆の面前でキス…!?子どもにするような、といっても、それはキスには違いないのだろう?
『だから、実力行使とばかりにジョミーの部屋の前で待ち伏せしていたり、デートに誘ってみたりと、本当に行動的で、ほかの女の子たちが手を出せないくらいなんですわ。』
そんなことを言われて、さらに不安になった。
…目覚めのときに感じた不安な気持ちも気になるが、君の素行も大いに気になる。増してや、君はやはり僕とフィシスのことを誤解しているようだし。
『あなたが目覚めたと最初に気がついたのは、ジョミーでしたのよ?でも、ジョミーは今手が離せないだけでなく、昔からあなたと私が特別な関係にあると思い込んでいて…。
私が傍にいることが、あなたが一番落ち着くと思っているのですわ。』
…早く君に会いたいが、最初に目覚めたときに感じた不安もあってシャングリラを離れることができない。
そう思いつつ、寝台に横になったまま成長しただろう君を想う。
つくづく…、君の鈍さが恨めしかった。
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ナイトメア、ナスカ編〜。まだジョミーと対面できませんが、次回は♪ |
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