「そろそろ帰りましょうか。」
そう言われるのにほっとする。
「これ以上あなたに無茶をされたら、僕の寿命が縮みますからね。」
しかし、今や永遠に近い命になったジョミーに言われてもまったく説得力がない。
「…そうだね。」
しかし、それには触れずにうなずいておく。だが、つい一拍遅れてしまい、ジョミーから疑わしそうな視線を送られた。
「…ブルー、僕はあなたのそばに居たいんですよ…?分かってますか?」
あなたと一緒に地球へ行くことが、僕の最優先課題ですからね、と言われるのに、苦笑いが出た。
「もちろん、分かっている。」
「…どうにも疑わしいけれど…。
でも、その話は後にしましょう。」
そう言って、ジョミーは手を差し出した。
「シャングリラに戻ります。」
ジョミーの手に自分のそれを重ねた。その途端、視界が変わる。まわりの景色がぐにゃりとひしゃげ、色を混ぜこぜににしたような世界が自分たちを包んだ後、やがてその色は暗くなった。
唐突にすとん、と足が地に着いたような気がして、到着を告げる。
実は、トォニィに案内を頼んだときには、目を瞑ってくれと言われたので、今のような移動中の様子は見ることができなかったのだ。
「着きましたよ。」
笑顔でそう言われて改めて回りを見渡す。自分の深層心理の中に戻ったということだろう。なんとなくほっとしたような気がした。
やはり、戻ってくると魔界の空気は淀んでいると感じる。感じついでに、太陽のような色彩を持つジョミーが魔界で高位の役についていたとは、やはり信じられなかった。
「…すみませんでした。」
そんな物思いにふけっていると、ジョミーからいきなり頭を下げられて驚いた。
「…何かあったのかい?」
「昨日のことなんですけど。」
そう言われても、何のことなのかさっぱり分からない。
「あなたを一人にして、僕だけ子供たちと寝てしまったでしょう?」
ああ、とぼんやりとうなずいた。
それについては確かに寂しかったが、これからジョミーと離れて暮らさなければならない子供たちを優先すべきかと思って自分なりに納得はしていたのだ。
「気にしてないよ。」
「そう言ってくれるとは思っていたんですけど…、
…その、あの子供たちはどうにも自覚がなくて。」
…自覚…?
何の話だろうと思っていると、ジョミーは戸惑いがちに続けた。
「あんな風に育てるつもりじゃなかったんですけど、どうにも恥じらいというものがなくて…。まったく子供ですよね。」
困ったように微笑むジョミーに、自分の考えていることとジョミーのそれとが微妙にズレていることが分かった。分かったが…。
あの子供たち、特に女の子たちのことを言っているらしいが、だから何なのだろう…?確かにあのシースルーのネグリジェなどは目の毒だったが、相手は所詮子供である。
「あなたが…、あの子たちの無邪気さに誘惑されて、間違いがあってはいけないと…。」
「ジョミー?僕はあんな子供相手に手を出したりはしないよ?」
さすがにむっとする。そんな見境のない人間に思えているのだろうか。
大人の女性ならばまだしも、あんな子供に欲情するほど分別がないと思われているなら、訂正させてもらいたい。そもそも君がそばにいるのに。
「あ、そうじゃなく…。あの子たちが、あなたに触れるのが…、嫌だったんです。」
そのばつが悪そうな返事に、一瞬頭の中が疑問符だらけになる。
…ということは、君は…?
「あの子供たちはナイトメアで、人の夢に入り込んで精気を吸い取るから、経験は当然あるんです。それを当たり前だと思わないようにと教えてはきましたが…、いまひとつ学んでくれないというか…。」
ジョミーははあ、とため息をついてブルーを見た。
やんちゃな子供に手を焼いている母親、といったイメージにこちらのほうがため息が出そうになるが、ジョミーの言わんとしていることが薄々分かりかけてきて、期待を込めて次の言葉を待った。
「だから…、子供たちにとってセックスは食事をすることと同じくらい当然のことで、あなたと寝るくらい何とも思わないんです。
その、僕もそういうことについては軽く考えるなと叱ってきましたが、基本的に僕たちのエネルギーはそこから得られるわけで、最終的には強く言えないんです。
だから…。」
僕が気にしたのは、あなたが子供たちに触れることではなく、子供たちがあなたに触れることなんです…。
そう、恥じ入るような声で伝えてきた。
「…ジョミー、それは…。」
僕に対する嫉妬、と感じていいのか?と続けようとしたそのとき。
「だって、あなたの想い人に申し訳ないじゃないですか。」
そう微笑んで言われるのに、がっくりした。
「僕がついていながら、子供たちの誘惑を許したなんて冗談じゃない。
僕は、あなたとその人が幸せになるように祈ってますから。」
…やっぱり、勘違いは健在か…。
わざとやっているのではないだろうかと思うくらい、ジョミーの思い込みは激しい。ここまで分かってもらえないと、本当の気持ちを告げたくなってしまうが、それをしてしまった後の展開が予想できるだけに…、できない。
言ってしまえば楽になる。しかし、言ったが最後、それなら何の遠慮もいらないとばかりに、願い人の大切なものをこの世から消してしまうと言われるナイトメアの力を使って、僕の延命を可能にしてしまうだろう。
今の場合、願い人である僕の大切なものは、ジョミーだ。
ジョミーをこの世から消してしまうくらいなら、黙ってこの状態を維持していたほうがまだいい。
…まったく、ジョミーが普通のナイトメアと同じように、自分のことしか考えない悪魔ならよかったのに…。ああ、でもそれなら、僕はジョミーに惹かれてなどいないのか。でも、せめてあの子供たちの1パーセントでも図々しさがあれば…。
そう考えて、はたと思った。
さっきジョミーは何と言った?
『基本的に僕たちのエネルギーはそこから得られるわけで』?そこって…、つまり?
「とにかく、ゆっくり休んでください。
また来ますから。」
そう言ってジョミーは自分の身体に戻ろうとしていたようなのだが。
「ジョミー!」
慌てて呼び止めた。
確かめるのも怖いが、今確かめておかないと悶々と悩む羽目に陥ってしまう。
「さっき君は、ナイトメアはセックスからエネルギーを得ている、と言っていたと思うが。」
「…?そうですが?」
「君は…、そういうことを、誰かとしているのか?」
ああ、とジョミーはうなずいてから手を振った。
「大丈夫ですよ、シャングリラにいる人には手を出すつもりはありませんから。」
「いや、そうじゃなく…。シャングリラに限らずに…。」
どうやら、ミュウに対して手を出していないかと心配していると思われたようだったが、僕の心配ごとはそこじゃない。
だが、それをどう説明しようかとしどろもどろになっていると、ジョミーはくすっと笑った。
「僕くらいになれば、別にセックスしなくても存在を維持できますから。」
…ああ、言われてみれば、高位にある魔物ほど人間との接触は単なる遊びなのだと聞いたことがある。何となく、ほっとする。
しかし、ほっとしたついでに別の疑問が湧いてしまう。
「ブルー、今日のところは休んだほうがいいですよ…?
なんなら、ナイトメアの魔力で眠らせてあげます。今はそれくらいしかできませんから。」
すでに…、ジョミーの身体は魔物のものに戻っているらしい。
僕の沈黙を了解と受け取ったのか、ジョミーはにこりと笑うと左手を振った。その直後、ふっと意識が沈みかける。
『あんた、もしかしてジョミーに気を許してもらってないんじゃない?』
薄れゆく意識の中、ジョミーの整った顔立ちに、トォニィというナイトメアが言った言葉がよみがえる。
…ジョミー。
君が僕に構うのは、ただの退屈しのぎなのか…?君が僕に直接感情をぶつけてこないのは、その証拠では…?
一緒に地球へ行きましょうと何度も言われているけれど、それさえただの気晴らしではないかと思ってしまう。
そうじゃない、ジョミーがそんな不誠実なはずはないと。そうは思ったけれど、完全に疑念を振り払うことができず、心に何かが引っかかったまま眠りについたのだった。
13へ
ブルーの我慢も限界ですねー!でも、次にブルーが目覚めたとき、思いっきり年数が経っていて、ジョミーが超かっこよくなっていたら…?そんでもって、ナスカっ子たちがジョミーのそばに張り付いていたら…??(鬼…。) |
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