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  「ジョミーはどこだ?」「知らないよ!知ってても教えるもんか!」
 魔界、というだけあってすごいマイナスエネルギーだ。普通の人間なら足を踏み入れただけで動けなくなってしまうだろう。
 だが、ミュウにはある程度の耐性があるのか、それともジョミーと一緒にいたために慣れてしまったのか、さほどには感じない。
 「…何でこんな奴連れてきちゃったんだろ…。」
 トォニィは苦りきってつぶやく。
 それはついさっきのこと。魔界に連れて行ってくれと正攻法でお願いしたところ、案の定「誰が!」とすげなくされたので、じゃあ君には人ひとり魔界にさらうだけの能力がないんだねとちょっと挑発してみたら、期待に違わず、むきになって連れてきてくれたというわけだ。
 「おい、どこ行くんだよ!?」
 「君が案内してくれないのなら仕方ない、片っ端からジョミーの気配を探して回るしかないだろう。」
 「待てってば!
 ここをあんたの船と同じように考えていたら大違いだぞ!あんたの世界と次元が違うだけで同じだけの広さを持っているんだから!あんた、一人で全宇宙を探し回る気かよ!?
 なあ、待ってくれよ…!」
 振り返ることなく歩いていたら、トォニィは途中でトーンダウンして追ってきた。そして、ブルーの目の前に回って足を止めさせる。
 「あんたに何かあったら、僕がジョミーに叱られる。とにかく、ジョミーのうちに案内するからさ。」
 この展開はある程度読めたが、あまりにあからさまな態度の豹変に首を傾げる。
 「それは嬉しいけど、君はジョミーがそんなに怖いのか?」
 「当たり前だろ、ジョミーはいつも優しいから怒るとギャップが激しすぎ…。
 あ、もしかしてあんた、ジョミーの怒ったところ見たことないとか?」
 一転してにんまりするトォニィに、嫌な予感を覚える。
 「僕は何度も見たことあるぜ?
 あんた、もしかしてジョミーに気を許してもらってないんじゃない?」
 それは…。
 密かにそんな気はしていたので、とっさに反論できない。ジョミーはいつも優しい分、感情を直接ぶつけてこない。だから、いつもある一定の距離を置いて接しているような気がする。
 「なんだよ、図星?」
 トォニィは、黙り込んだブルーをからかうように笑う。
 意外に勘の鋭いトォニィに、心の中で舌打ちする。
 「…今、ジョミーのうちと言ったが、君はジョミーと一緒に暮らしているわけじゃないのか?」
 小さいころからずっと一緒だと言っていたのに。
 言われたままでは悔しいので、つい大人気なく言い返してしまう。
 「…そりゃ小さいころとは違うさ。」
 トォニィは一転して拗ねたようになる。
 その様子に、溜飲が下がると同時にほっとする。このトォニィとジョミーが、一緒にお風呂に入って添い寝してなどという事実を目の当たりにしたら、平常心でいられるかどうか自信が持てない。
 「でも、ついジョミーのところに集まるんだよな、僕たち。
 ほら、そこだぜ?」
 目を向けると、石造りの白い建造物が見えた。この世界には似つかわしくないような、二階建ての白亜の建物。
 そうか、ここがジョミーの…。金髪に緑の瞳のジョミーがここにいれば、この建物もさぞかし引き立つことだろう。
 そんなブルーの思いにまったく頓着せず、トォニィは勝手知ったるといった様子でドアを開ける。
 「あれ?なんで?」
 中に入るなり、聞きなれた少女の声が聞こえた。見ると、夢の中で会った3人の少女たちが、こちらを見ていた。
 「どうしてここにいるの…?」
 玄関からよく見えるロビーのような場所。そこのソファに座って、カードゲームをやっていたらしく、テーブルにはトランプが散らばっている。
 「何やってんだよ!」
 トォニィは3人のくつろいだ様子に呆れて目を丸くしている。
 「何ってババ抜き。だって、退屈だから。」
 「だから、何でそんなとこでババ抜きなんか…。」
 「だって、ここにいればジョミーが帰ったらすぐに分かるじゃない。」
 なるほど。この少女たちもジョミーを待っているらしい。
 ジョミーの人気が高くて、喜んでいいのか悲しんでいいのか…。複雑な気分になった。
  「ふーん、じゃあジョミーを追ってここまで来たんだ。」ペスタチオが感心したように言う。
 「すまないね、君たちに本当のことを言っていなくて。」
 そう言えば、少女たちはふるふると首を振る。
 「いいわよ。落ち着いて考えたら、あなたってジョミーの好みっぽいのに、私たち全然気がつかなかったんだもん。」
 「それもそうね。」
 アルテラとツェーレンがうなずき合っているのを、トォニィがむすっとした顔で眺めている。
 「ジョミーの好み?」
 その言葉には興味を引かれた。
 よくよく考えれば、ジョミーの好みなど全然知らない。そういう面では、トォニィの言うとおり気を許してもらっていないのかもしれないと思い、少し落ち込んだ。
 「うん、ジョミーって面食いだから!
 本人は否定するけど、綺麗な人が好きなの。性格はどうでも。」
 …それではあまり嬉しくない。
 「ねえ、トォニィ。
 ジョミー、まだ宮殿から帰らないの?」
 「そんなん知るかよ!」
 …宮殿とは、ジョミーの処分を決定する場なのだろうか…?
 「あー、言葉遣い悪い!ジョミーに言いつけてやる!」
 「やめなさいよ、ペスタチオ。トォニィだってずっとジョミーに会えなくて相当イラついてんだから。」
 「うるさい!!」
 …まったくかしましい限りだ。シャングリラの静けさが懐かしくさえなる。
 でも、どんなに静かで落ち着くことのできる空間であったとしても、あの太陽をなくしていては、どこであろうと自分の安らげる場所ではない。
 そう思って目の前で繰り広げられる喧騒を半ば呆れつつ見やっていたら。
 「…迎えなんかいらなかったのに。」
 「大事な僕らの『グランパ』が帰ってくるって言うのに、出迎えぐらい当たり前だよ。」
 「そうそう、遠慮しないでよ。」
 「誰が遠慮なんか…。」
 表のほうから数人の声が響いてきた。そのうちの一人の声は、間違いなく…。
 若干の期待をこめて、ドアが開くのを待った。
 扉が開いて、金髪のナイトメアがこちらを見て呆然となる。
 「ブルー…?」
 なぜここに?とか、どうして子供たちと一緒に…?といった疑問が頭の中を渦巻いているらしい。
 「ジョミー!」
 「おかえり!」
 少女たちが、喜色を浮かべて走り寄る。
 それでも、ジョミーは反応しない。黙ってただブルーを見つめているだけだったが、やがてその隣に座って上目遣いにジョミーを伺っているトォニィに気がついたらしい。
 「トォニィ!なぜこんなところにブルーを連れてきたりしたんだ!」
 負のエネルギーが満ちるこの場所は、普通の人間にとっては苦痛でしかないだろう。しかし、自分にとっては不快には違いないが、それだけだ。ただ、あまり長居したくはないが。
 「だって…。」
 「だってじゃない!ここが魔物以外にとってどんなところか、知らないわけじゃないだろう!」
 「…ジョミー、こわーい…。」
 怒り心頭といった風だが、本気で怒ったら怖いというジョミーには遠く及ばないらしい。トォニィや少女たちが、さして緊張していない様子からそれが何となく分かる。
 「ジョミー、彼を責めないでくれ。僕が無理を言って連れてきてもらったんだから。」
 口を挟めば、今度はこちらを振り返る。そして呆れたように、ため息をついた。
 「…ブルー、あなたもです。
 自覚のないのも程度ものですよ!ミュウのソルジャーともあろう人がなんて軽率な…。
 あなた自身、ここに来たときに肌で感じたでしょうに。こんな瘴気に長くさらされていればどうなるかを。」
 「そうだね。
 でも、変に自信はついたよ。身体のほうは衰弱しているけれど、精神のほうはまだ衰えていないとね。」
 それに、早々に君を連れて帰る予定だから、長くいるつもりなどないし。と心の中でこっそりとつぶやく。
 それを聞いて、ジョミーは苦笑いを浮かべた。
 「まったく、あなたって人は…。」
 それが満面の笑みでなくても、場の雰囲気が華やぐ。周りにいた子供たちも、ほっとして笑顔を浮かべた。
 「ねえ、ジョミー、おなか空いてない?」
 「私たち、何か作ろうか?」
 「ありがとう。でも、僕はブルーに大事な話があるからいいよ。」
 えー?と不服そうな声を上げる少女たちを尻目に、ジョミーはこちらを向いて真剣な表情で話しかけた。
 「一緒に僕の部屋まで来てもらえますか?」
 追放処分の話だろうが、表情がさえないところを見ると、結果はよくなかったのだろう。
 「分かった。」
 そう応じて、ジョミーの後に続いて階段を上る。階下で子供たちがまだ騒いでいたが、彼はそれを綺麗に無視してしまった。
 
 
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