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  招かれたジョミーの部屋というのは、調度品ひとつないシンプルなところだった。広いベッドだけが置かれており、それ以外は何もない。ミュウになるため、片付けてきてそのままなのだろう。そのため、座るところはベッドしかない。
 「言いたいことは山のようにありますが…。」
 そう言いながら、ちょっと怒ったような表情を浮かべる。
 「何事もなくてよかったです。
 いくらあなたでも限界はあるんですから、こんな無茶はもうしないでくださいよ…?この世界は、あなたの世界とは大きく異なっているんですから。」
 このくらいの小言は許容範囲。ジョミーが心配してくれる証拠だし、怒っている表情もかわいい。
 …尤も、本気で怒ったら怖い君にも興味があるが。
 「君がいないと、心にぽっかりと穴が開いたようだったからね。」
 それを聞くと、さすがに怒りの表情でいることが難しくなったらしい。呆れたように微笑んだ。
 「明日、もう一度処分の話をしに行って、それでシャングリラに帰ります。
 どうも話が長期化しそうで、すぐに追放とはならないみたいですから。」
 …まだるっこしいことこの上ない。
 そんな思いが表情に出てしまったのだろう、ジョミーは言い訳がましく続けた。
 「これだけは穏便に話をして解決したいので。魔界相手にことを荒立てると、この後、ろくなことになりませんし。」
 「それはそうだろうが…。」
 「だから、ブルー。今日はここに泊まってもらえますか?この部屋の正面、吹き抜けの向こう側ですが、そこが客間です。今晩はそこで…。
 あ、そうでした、その前に…。」
 ジョミーはしばらく目を瞑ると精神を集中させる。その途端、今まで感じていた負のエネルギーが一気に消え去ってしまった。
 「この館の中だけ、空気を清浄にしておきました。」
 ふっと目を開けて、ふわりと微笑む。
 「そんなことまでしなくても。」
 「大して力を使っているわけじゃないし、それにあなたのことが心配です。今平気でも、後でどんな影響が出てくるか分からない。
 ああ、それじゃその代わりにあなたの地球を見せてもらえませんか?」
 地球のヴィジョンを、と続けられるのに、今度はこちらが苦笑いする番だった。
 「そんなことでいいのかい?」
 「それだけ僕にとっては価値のある映像ですから。」
 「本当に君は色気のない…。」
 「ブルー?」
 きょとんとしたジョミーは、愛おしくて仕方がない。
 ジョミーとベッドで二人っきり。こんなシチュエーションはそうそうないのだからと思い、次の行動に移そうとしたとき。
 コンコン。
 軽やかなノックの音が聞こえた。
 「ジョミー、お話終わった?」
 顔を出したのは、さっきの少女たち。
 「アルテラ!それにツェーレンにペスタチオ!
 君たち、まだ帰ってなかったの?」
 「ちゃんとお泊りセット持ってきてるもーん。
 だから、ここで寝ていい?ネグリジェ着ちゃったし。」
 言いながら、許可も得ずに部屋の中に入ってくる。
 「寝ていいって…!
 君たちには、女の子としての恥じらいがないのか!?」
 少女たちのネグリジェは露出度が高いため、見ていて目の毒としか言いようがない。しかも、透ける素材を使用しているらしく、パンティ以外の下着は一切着けていないことがすっかり分かってしまうのはいかがなものか。
 「気にしなくていいから、私たち床にパッド敷いて寝るし。ベッドよりも気持ちいいわ。」
 「そうじゃなくて…!」
 「無駄無駄、『グランパ』に恥じらいなんか感じるはずないよ。」
 「って、タキオン!何で君までここに!?」
 しかもパジャマ着て…と呆然と続ける。
 「そりゃ、久しぶりに帰った『グランパ』と一緒に寝るために…。」
 「だから〜〜!!」
 ジョミーは頭を抱えてうめいている。
 はっきり言って、こちらとしてもいい迷惑だ。ジョミーと邪魔のないところでゆっくりと触れ合いを楽しもうと思っていた矢先だというのに。
 「僕たちも床でいいよ。」
 さらに、トォニィともう二人の少年が入ってくる姿を見て、気が遠くなりそうだった。
 ジョミーはその様子をしかめっ面で眺めていたが、やがて。
 「分かった。…条件がある。」
 意を決したように、子供たちに真剣なまなざしを向けるジョミーが何を言い出すのかと思って身構えていたら。
 「じゃあ、タキオン、タージオン、衝立持ってきておいて。
 それに、女の子は身体冷やしちゃダメだから、パッドじゃなくてベッドで寝る!きちんと布団もかけて寝るんだよ!?」
 「ジョミーはどこで寝るの?」
 「僕はトォニィたちと一緒に床で寝る。」
 「えー、いいなあ!私たちも子供のころみたいに一緒に寝たいー!」
 「いいなあじゃない!」
 本当に全員で寝る気なのか、君は!?
 つい叫びそうになったけど、まわりできゃあきゃあ騒いで喜んでいる子供たちを見ると、そんなことも言えなかった。
 さらにジョミーが申し訳なさそうに頭を下げる。
 「ブルー、うるさくしてゴメン。でも、子供のやることだと思って大目に見て…?」
 そう言われてしまうと仕方がない。
 この子供たちは彼の養い子であり、養い親であるジョミーを慕っている、まだ年端も行かぬ少年少女たちばかりなのだから。
 「ねえ、人間界にある『修学旅行』みたいじゃない?」
 「そういやそうだな。」
 「ほら、無駄口叩いてないでさっさと布団敷いて!」
 「ジョミー、引率の先生みたいだし!」
 騒いでいる子供たちに軽い頭痛を覚える。
 「この向かいの部屋だったね。」
 ここにいても仕方ない。
 ベッドから立ち上がると、子供たちと一緒になって床に布団を敷いていたジョミーが慌てて手を止める。
 「あ、じゃあ案内します。」
 そう言って、先を歩く君が遠く感じる。やはり、君はここに残ったほうがいいのだろうか。君の養い子のためにも…。
 自分らしくない思考に支配される。魔界の瘴気に当たりすぎた影響か…?
 「この部屋です。
 僕の部屋とは離れていますから、多分騒音の類は聞こえないと思いますが。」
 ドアを開けると、ジョミーの部屋と同じような造りになっているのが分かる。客間というだけあって、ベッドのほかに応接セットやサイドボードが置かれているが。
 先に中に入って部屋の様子を見ていたら、ジョミーが後ろからすっと抱き着いてきて驚いた。
 「ジョミー…?」
 ジョミーはしばらく黙って動かなかった。抱きついているその手を解くこともはばかられ、ただ静かにその場にとどまっているだけしかできない。
 突然どうしたんだろうと思っていると、抱きついている腕の力が緩んだ。
 「…ありがとうございました。」
 振り返ると、ジョミーが嬉しそうに微笑んで、ブルーを見つめていた。ここに来て、初めてジョミーの笑顔を見たような気がした。
 「僕を迎えにきてくれたんでしょ?
 その、強いことを言ってしまいましたが…、本当は嬉しかったんです。」
 「ジョミー…。」
 「明日は一緒にシャングリラに帰りましょうね。あなたの地球は、そのあとゆっくりと見せてもらいますから。」
 あなたと僕の目標を、とささやかれるのに、心が温まる思いがする。
 やわらかく微笑むジョミーに手が伸びそうになったとき。
 「ジョミーっ、布団敷き終わったよー!」
 「早く寝ようよー。」
 子供たちがジョミーを呼ぶ声が聞こえた。
 それを聞くと、急にジョミーは保護者の顔に戻る。まるで、未亡人のあでやかな恋人の顔が、母親の顔に戻るように。
 「じゃあおやすみなさい、ブルー。よい夢を。」
 すっかり親代わりの顔に戻って微笑むと、ジョミーはきびすを返した。それに嫉妬を覚えないではないけれど。
 …まあいいか。
 さっきと違って余裕さえ感じられるのは、やはり自分が単純にできているからかと苦く思う。ジョミーになだめてもらっただけで、現金にも心が広くなるのだから、笑えてしまう。
 明日になればシャングリラに戻れる。よもやまさか、あの子供たちまでついてくるとは言うまい。今晩は、譲ってやるとしよう。
  …その考えが甘かったということは、後日証明される話…。 
 
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        | そして悪夢再び…という展開かなー?ブルーの安らぎはいつ…? |   |