夢の中での時間の経過はあいまいだ。
しかしジョミーを待つ時間はひどく長く感じられる。あの輝くような笑顔を見られないなんて、太陽が昇らないに等しいくらいだ。こんな暗いときが続くなんて考えたくもない。
そう思いながら、ジョミーに思いを馳せていたとき。
「…あんただったんだな、ジョミーが力を貸してあげたい人って。」
聞き覚えのある声に、うんざりして首をめぐらすと、予想どおり以前ジョミーを追ってきた赤毛の青年が薄ら笑いを浮かべて立っていた。
「何の用だ…?」
警戒してしまうのも無理はないことだと思う。
彼はジョミーが引き取って世話をしていた子供たちの一人であり、その中でも最もジョミーへの思慕の念が強いのだから。確か名前は…。
「トォニィ、だったかな?」
「な、何で知ってるんだ…!?」
動揺した様子に、あの少女たちから話は聞いてないのか、とふと思った。それにしても、魔物はやはり名前を知られると困るらしい。
「さて、どうしてだろうね。」
少女たちに内緒だとお願いされていたなと思い出してそう言ったのだが、その言葉にトォニィがむっとした表情となるのを見て、思わぬ副産物と密かにほくそ笑んだ。
「ふん、そんなことで僕が怯むと思ったら大間違いだからな!
それよりも、ジョミーに振られた感想はどうなんだよ?」
今度はこちらがむっとする番だった。
当たらずしも遠からず。ジョミーの追放処分が撤回されて、彼がその抗議のために魔界へ戻ってしまって数日が経っていると思われる。また戻るとは言っていたが、本当に戻って来られるのか不安になっていたところなのだから。
「…別に振られてなどいない。」
ブルーの内心を察してか、トォニィは意味ありげに笑う。
「ふーん。
でもジョミーはこれであんたとはお別れなんだから、同じことだろ?」
「そんな話は聞いていない。魔界へ抗議に行くとは言っていたが。」
「抗議したくらいでひっくり返るはずがない。
ろくにナイトメアのことを知らないくせに、好きなこと言ってんじゃねーよ。」
妙に柄が悪く見えてしまうのは気のせいではない。こんな態度に出るのは、トォニィもともとの気質なのか、ブルーを相手にしているからなのか。
「…ジョミーの養い子にしては、礼儀作法がなってないようだね。」
ジョミーが嘆くよ?と微笑みながら言うと、トォニィは気分を害したようにいきり立った。
「そんなことどうだっていいだろっ!?」
常々にジョミーに言われていた言葉なのだろう、図星をさされたとばかりに顔色が髪の毛に負けず真っ赤になった。
だが、それでもすぐに気を取り直すとまた薄ら笑いを浮かべる。
「まあ、いいさ。
それよりもあんた、ジョミーの寝顔なんて見たことないだろー?」
…それは確かに。
ジョミーは元ナイトメアなのだから人が寝ている間が仕事時だ。それにジョミーが人間になったからと言って状況が変わるわけではない。人の寝ている時間に青の間にやってきて、ブルーと会っているのだから。それよりも何よりも、体力がなくてこちらのほうが寝ている状態でもあるし。
「…それがどうかしたのかい?」
まさか、ジョミーとアレのあとベッドに入っていて、その寝顔を見ていたと言うわけではないだろうな…?もしそうだとしたら、子供だとしても容赦はしない。
………。
…まったく大人気ない大人である。
そんな不穏な空気に気づいているのかいないのか。トォニィは勝ち誇った笑顔のまま続ける。
「僕は小さいころからジョミーと一緒だからね。添い寝してもらったこともあるし、ジョミーが疲れて寝てしまったら、毛布だってかけてあげたことあるんだから!」
…なんだ、小さいころの話か…。
ほっとしたが、ついうらやましいと思ってしまったのが正直なところ。
「ジョミーの手料理を食べたことだってあるし、反対に僕らが作ってあげたことだってあるんだ。一緒に掃除だって洗濯だってしたし!
僕らが小さいころは、ジョミーがほとんど家にいて、僕らの面倒見てくれて、一日ずっとあのかわいい顔を見ていられたんだ。よく笑ってときどき怒ってたまに困ってさ!僕は親がいなくても全然寂しくなかった。
僕らが大きくなってきたら、さすがにジョミーは外に出るようにはなったけど、帰ったときには必ずキスしてくれて、寝るまで一緒にいてくれて!疲れてるのに、そんな顔絶対見せないでいつものとおり笑ってさ!」
どうだ!と言わんばかりに胸を張るトォニィ。普通なら、だから何なの?と言いたいところなのだが。
「…君が幼いころからジョミーと一緒だということは分かったが、そこまで自慢することとは思えないね。それに、心を通わせるには時間だけが必要だとは思えないよ。」
…同じレベルで張り合っている人がここに一人。
しかし、トォニィの自慢はまだ続いた。
「ふんだ!
それにあんた、ジョミーに看病してもらったことなんかないだろ?僕はあるんだからな!高熱が数日続いて、そりゃジョミーはすごく心配してくれてさ!夜目を開けるとジョミーが傍にいて、額のタオルを換えてくれるんだよ。このまま治らなかったらいいのになんて思ったくらいだ。
それに、それだけ熱が高いと食べられないだろ?そしたら、食べさせてくれるんだよ、お粥!口移しがいいって思ったんだけど、さすがにそれはダメだったけどさ。
風呂にも入れないから身体だって拭いてくれて、背中だってさすってくれて!」
もう何の自慢だかよく分からなくなっている。
しかし、聞き手には効果は抜群だった様子だ。白皙の美貌と言える顔がさらに白くなったようである。
「…なるほど。君がジョミーと過ごしたときが長いということは分かったが、ジョミーは君のことをどう思っているんだ?」
僕はお前の親代わりだよ。
トォニィに対してジョミーがそうはっきりと言っていたことは記憶に新しい。
「…これからだよ、これから!」
今まで気にしていたことなのだろう。得意そうにしていたトォニィが、一転激昂する。
「いつからがこれからなのか知らないけれど、どんなに大きくなってもジョミーにとって君は子供だということだろう。」
「!もう子供じゃない!」
「そのわりに、前に来たときには、ジョミーがいないと何もできないと言っていたような気がするけどね。」
「あれは泣き落としだよ!!」
…ジョミーの苦労が偲ばれる…。
トォニィといい、この間来た少女たちといい、この子供たちの相手をするのは大変だろう。力は強いのかもしれないが、クセがありすぎる。そんな子供たちに懐かれているのだから、ジョミーもたいしたものだとは思うが。
しかし、トォニィは一呼吸して落ち着いてからまた喋りだした。
「まあ、そんなことどうでもいいか。
ミュウだか何だか知らないけど、たかが人間の亜種なんかにジョミーは渡さないからな!」
「亜種という言い方は失礼だね。」
「僕にとってはどうだっていいよ。それが言いたくてここに来たんだから!」
…つまり、宣戦布告に来たらしい。
少し安心した。ジョミーに関する悪い知らせでもあったのかと心配していたのだから。ここで待つだけじゃなく、君を迎えにいくことができればいいのに。
そう思ったとき、ふんぞり返るトォニィの姿が目に入った。
ああ、足がかりがここにあったか。
10へ
そして舞台は魔界へ…。って、年始早々の更新がこれかー??今年一年を暗示しているような…。 |
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