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  「…ねえ、ここって違うんじゃない?」「でもこの辺だって言ってたよ?」
 「もう、いい加減なんだからー!」
 女の子特有の甲高い声。誰だろうか、青の間は神聖視されているところがあって、こんなに大騒ぎして入ってくるものなど珍しい。
 …いや、ちょっと待て。シャングリラの誰の声でもない。
 ということは、これは…。
 「あ、すみませーん!」
 その声にふと目を向けると、十代の少女3人のうち黒髪をお団子状にした一人が手を振っていた。
 「ちょっと!何声かけてんのよ!」
 「だってー、聞かないと分からないよ。」
 金髪の巻き毛の少女がたしなめるも、お団子の少女はまったく意に介さない。
 「ここってシャングリラってとこ?」
 今は夢の中。
 と言うことはこの少女たちもナイトメア、なのか…?
 「だから、何て聞き方してんの!!」
 「仕方ないでしょ?分かんないんだもん。」
 「ちょっと、二人ともうるさい!」
 こんなにやかましいナイトメアは初めてだ。ジョミーも十分にぎやかしいと思っていたが、この少女たちに比べれば物静かなほうだと思う。が、この喧騒に、不快な感じがしないことが不思議だった。
 しかも。揃いも揃って美人ばかりというのは、やはりナイトメアだからだろうか。
 「…君たちはシャングリラに、何か用でもあるのかな?」
 そう声をかければ、お団子の少女はにっこり笑った。
 「うん、ジョミーのこと知りたくて!」
 「ペスタチオってば!」
 「んもう、せっかく話できる人見つけたっていうのに…。
 じゃあツェーレン、ほかにジョミーのこと聞ける人っていると思う?」
 「そ、それは…。」
 「大体今の時間、寝てる人なんてこの人くらいなんだから。
 そういえば何で寝てるの?今ここって昼間なんでしょ?」
 急に問われて、少し驚いた。
 「そうだね、ちょっと疲れていて。」
 だが、思ったことをずばずば言う少女たちに、笑いがこぼれる。ここまではっきり訊かれると、むしろおかしい。ミュウの女性にはない率直さだ。
 「他の人が起きて働いているのに、いいご身分じゃない?」
 …違いない…。
 なんだか、こうなるともう笑うしかない。
 「手厳しいね。」
 「もういいじゃない、そんなことどうだって。」
 長い髪を二つに分けた少女が助け舟を出す。
 「それで、私たち、ジョミーのこと知りたいの。シャングリラについ最近来たばかりなんだけど。」
 知ってる?と少女がブルーを覗き込む。
 「アルテラってば!」
 「相変わらずお堅いんだから、ツェーレンは。」
 …魔物の名前は、明かさないものではなかったのか…?
 こともなげに名前を口にする少女たちに疑問が湧いた。あの感じの悪い魔物はそう言っていたし、ジョミーもブルーの前ではほかの魔物を名前で呼ぶということはしない。
 どうも、少女らしい口の軽さが禁忌を破っているらしい。しかも、あまりことの重大さに気がついていないような…。
 「ジョミーは金髪碧眼で、年は15歳くらいに見えるかなあ?」
 「本当はもっといってるけどね!」
 「それ秘密でしょ!?言っちゃったらダメじゃない!」
 「あ、そうだった!」
 「そうよ、ジョミー怒ったら怖いんだから!」
 「いやだ、やめてよー。」
 「そうか、ジョミーは若作りで、怒ったら怖いのか。」
 話の内容がジョミー自身であることに、つい好奇心をそそられる。
 若作りについては人のことは言えないし、知ってはいたが、ほかに何か面白い話が聞けるかな、と思って口を出してみたのだが、その途端少女たちはしまった、という顔をした。
 「あー…、聞こえてた?」
 「ここは僕の夢の中だからね。」
 「どうしよう…。」
 「聞かないふりってしてくれない?」
 「無理に決まってるでしょ!」
 少女たちがまたやかましく騒ぎ立てるさまに、ブルーはくすっと笑った。
 「聞かないふり、してほしい?」
 「え?」
 一瞬喜色を浮かべそうになった3人だったが、すぐに警戒した表情を浮かべた。
 「それで、見返りに何をしろって言うの?」
 「そうよ、たかが人間の分際で、私たちと取引しようって言うの?」
 少女らしい迂闊さの中に、頭のよさがのぞく。
 「訂正しておこうか。
 僕は人間ではなくてミュウだよ。君たちには及ばないかもしれないが、それなりに力を持つ種族だ。」
 こんな言い方は、本当は好きではないけれど。
 「………。」
 ミュウに関しての知識は少なからずあるのだろう。少女たちは黙り込んで、こちらを伺っている。
 少し言い過ぎたかと思い直し、笑顔を浮かべて口調を和らげた。
 「これでも、ことを荒立てるつもりはないんだよ。だから、取引とは言わずにちょっとした交換条件とでも思ってもらえればいい。」
 「…何をすればいいのよ?」
 ふて腐れたようなつぶやきに、警戒が薄れていることを知って、安心した。
 「では、ジョミーのことを教えてくれるかな?」
 「ジョミーのこと?」
 その言葉に、3人は顔を見合わせた。
 思わず、遊び心が働いた。自分こそ、ジョミーに叱られるかなと思いつつも。
  「だから、私たちはジョミーの養女みたいなもんなの。」「私たちのパパとママがジョミーの配下で、それが戦いの中で死んじゃったから。」
 「ジョミーも責任を感じたんだと思うの。孤児になった私たちを引き取るって言いだしたのよ。」
 この少女たちもジョミーのことが好きなのだろう、ジョミーの現状を話して、魔物だったころの彼のことをちょっと聞いただけなのに、次から次へと話題が出てくる。今は、自分たちがジョミーと暮らし始めたきっかけについて話しているところだった。
 「恋人1人いないのに、急に7人の子供のパパになろうなんて、今から考えたらすごいよねー。あのとき、ペスタチオあたりまだ赤ん坊じゃなかったっけ?」
 「そうかも。私、引き取られたときのことってあんまり覚えてないもん。」
 「じゃあ、墓前の誓いも覚えてないんだ。」
 「何それ?」
 「パパやママたちのお墓の前で、『この子達は僕が守っていきます』って言ったこと。」
 「あ、ちょっとだけ覚えてる!ジョミーかっこよかったー。」
 「そんなんしか覚えてないの?ていうか、記憶力の基準ってそんななの?」
 「でも、かっこいいジョミーって貴重でしょ。」
 「そりゃそうだけど。」
 「いつもはへなちょこだから。」
 「コブも生まれたばっかの赤ん坊だったわよ。」
 「一番大きかったのってトォニィだよね。それでもまだ幼児だったけど。」
 「年長のせいか、一番ジョミー大好きっ子だけどね。」
 「そうそう、トォニィのグランパびいきにはみんな呆れてるし。」
 「グランパ?」
 その呼び方には覚えがある。
 先日の夢の中に来ていった赤毛の青年が、ジョミーのことをそう呼んでいた。
 「うん、ジョミーの呼び名なの。
 私たちのパパとママが、ジョミーのおかげで結婚して、私たちが生まれたから『おじいちゃん』。
 私たちも小さいころはそう呼んでたんだけど、今じゃトォニィ一人になっちゃったね。」
 「だって、カッコ悪いじゃない。」
 では、あの赤毛の魔物はトォニィという名前なのか…。
 「でもさ、ジョミーってばほかの人結婚させてばっかりだったんだよね。キューピッド役ばっかりやってて、自分を後回しにしてるから、一人残っちゃったんだよ。」
 「それ分かる!ジョミーってお人好しだから!」
 「うんそうそう、ほらジョミーに気があった金髪の…、誰だっけ?」
 「うーん、名前忘れちゃったけど、あの人結局別の人と結婚しちゃったもんね。」
 「私たちみたいなこぶもついてるし、条件的に難しいのよね。」
 「それにジョミー、うるさすぎ。私たちに構いまくって、婚期逃しちゃったところがあるから。」
 構いまくられるとは、少しうらやましい。
 しかし、子供にかまけて婚期を逃すだなんて、どこのうら若い未亡人だと思わんでもない。
 「怒ったらすごい怖いしね。
 ね、ジョミーここに来て怒ったことある?」
 突然話を振られて、苦笑いする。
 「そんな恐ろしい怒りようには、まだお目にかかっていないよ。」
 「見たらびっくりするから!覚悟しておいたほうがいいわよ。」
 そこまでの怒りとはどんなものだろう、と興味が湧いた。
 「ジョミーはどんなときに怒る?」
 「それは…。」
 少し言いにくそうにした様子を見て、思い当たることがある。
 「君たちがいたずらでもしたときか。」
 この子供たちならやりかねない。ジョミーもさぞかし手を焼いていたのだろう。
 「私たちはあんまりいたずらなんかしてないわよ。」
 「そう、男の子よね!」
 「タージオンなんか特に!」
 「でもそれだけじゃないのよ。
 それこそ戦いの中だと、すごく怖い。怒るとかじゃなくて、もう容赦がない感じ。」
 容赦がないジョミーとは…。
 「…想像がつかないね。」
 いつも浮かべている優しそうな笑顔からはまったく。
 「うん、いつもと全然違うから!」
 「一見の価値はあると思う。でも見るのは一度っきりにしたいかも。」
 だよねーとまたひとしきり騒ぐ少女たちだった。
 しかし、それがふと静かになる。どうしたんだろうと思っていると。
 「ねえ、それでジョミーっていじめられてない?」
 上目遣いに伺ってくる。
 急に話の内容が変わったので、おや?と思う。
 「ジョミーが?そんなことはない。人と打ち解けることについては、天才的だと思うよ。」
 「帰りたがってるとか、そんな様子は?」
 …やはり、この子達もジョミーを連れ戻したいのか。
 そう感じたが、ここは譲れない。
 「それはない。」
 事実を言ったまでだが、そっけない言い方になったことは少し反省した。
 「…好きな人のところへ行くって言ってたもんね。」
 「それが誰かまでは教えてくれなかったけど。」
 「ねえ、知ってる…?」
 「さあ…。」
 さすがに、それは自分だとは言えない。
 少女たちは顔を見合わせて、ため息をついた。
 「…じゃあ、そろそろ私たち行くけど…。」
 「約束どおり、黙っててね…?」
 ジョミーが怖いというよりも、嫌われることを恐れているのだろう。
 「分かってる。」
 笑顔でそう返せば安心したらしく、少女たちにも笑顔が浮かんだ。
 「また、来てもいい?」
 「いいよ。」
 「やったあ!」
 沈み込んだかと思うと、またはしゃぐ少女たちがおかしい。
 「じゃあ、またね!」
 「ちゃんと起きて働かなきゃダメよ。」
 余計な釘まで刺していく少女たちを見送って、ブルーは今頃サイオンの訓練でもしているだろうジョミーを思った。
 君の子供たちとこっそり仲良くなっているなんて知ったら、君はどんな顔をするだろうか…。
 
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        | 女子高生と近所のおじいちゃんみたいになっちゃった…。予定を大幅に変更して、ナスカっ子女の子バージョンが先行です。 |   |