|   「この間、魔界の友人が来たんです。」
 いつもどおり、ブルーの夢の中に降りてきたジョミーは、開口一番にそう言った。それは先日来たあの不愉快な魔物ことだろう。
 それにしても、今日のジョミーに何か違和感があるけど…。
 「それなら僕のところにも来たよ。」
 そう返せば、ジョミーは大げさに顔をしかめた。
 「やっぱりソルジャーのところにも来たんですか!?」
 驚いているということは、あの魔物はここに寄ったことを言っていなかったのか。ただジョミー自身予測はしていたようだけど。
 それと、『ソルジャー』と呼ばれて違和感の原因がようやく分かった。
 「…つまらないこと、言ってませんでした…?」
 「その前に、ジョミー。君、言葉遣いがおかしくないか?」
 ジョミーの口から敬語で話しかけられると、妙な感じがする。
 「そうですか?
 でもこのしゃべり方に慣れておかないと、うっかりみんなの前でもいつもの調子でしゃべりそうだからと思ってるんだけど、じゃなくて、ですけど。」
 どうもまだ慣れていない様子である。それがまた微笑ましいところだが。
 「そんなこと、気にしなくてもいいんだよ。」
 「あなたがソルジャーなんですから。形式もときには必要でしょ?」
 子供っぽいときもあるが、こんな風に物分りのいいときもあり、どちらが本当のジョミーなんだろうとふと思う。
 しかし、これではあまりにも他人行儀だ。
 「では、せめて二人でいるときは、『ソルジャー』はやめてもらえるかな。」
 「それくらいなら…。
 じゃあブルー、あいつ変なこと言ってなかったですか?」
 変なこと、というのは何を指すのか分からないが、嫌味な当て擦りはあったものの、それ以外はなかったように思う。
 「変なことは言ってないが…。
 ただ、あまり感じがいいとは言えなかったな。」
 「ああ、やっぱり…。」
 思い当たることがあるらしく、ジョミーは頭を抱えた。
 「すみません、ブルー。何言ったかは知らないけど、あいつはあんな性格だから、気にしないでください。
 それから、彼が僕のところには寄ったのは、僕の追放の進捗状況の報告に来たんです。」
 「進捗?何か進展があったのか?」
 こんな早くに?と思っていると。
 「何もないっていう進捗状況の報告です。」
 …がっかりした。
 それでは、意味がない。君に会うための単なる口実ではないか。
 「それに、僕帰る気はありませんからね!」
 急に語気を強めて言った言葉に、突然何だろうと思っていると、むしろジョミーのほうが首をかしげた。
 「え?それで不機嫌だったんじゃないんですか?」
 「…不機嫌だった?」
 僕が?
 「はい。だからてっきりあいつから、僕を帰らせたがってる奴がいるとか聞いたのかと思ったんですけど。」
 そういえば、それと似たようなことは聞いているか。
 「…君は人望も地位もあったと聞いたが。」
 あの魔物の言葉には嘘はあるまい。
 事実を残酷なまでに伝えることはしても、事実を曲げるようなことをするようなことするタイプには思えなかった。
 「そんなの関係ありません。
 慌てて来た分ごたついているところはありますが、それは時間が解決することですし。」
 しかしジョミーはあっさりしたものだった。
 「…それでいいのか?」
 そう言えば、ジョミーは不満そうな表情を浮かべた。
 「ブルー。」
 怒ったように呼びかける。
 「今更帰れなんて言わないでよ、僕はブルーのそばにいたいんだから!
 あれ?戻っちゃった。」
 言葉遣いに相当苦労しているようである。感情が激すると、うっかり口調が戻ってしまうらしい。
 しかしそのおかげで、緊迫した空気が続かない。こちらもつられて破顔する。
 「やはりその言葉遣いは向いてないんじゃないのか?」
 「そんなことありません!要は慣れだから!ってあれ?」
 どうも丁寧語と普段の言葉とが混在している状態で、慣れるまでまだまだかかりそうである。
 ジョミーも自分で言っておかしかったのか、ひとしきり笑った後、笑顔の中に真剣な表情をのぞかせた。
 「ねえ、ブルー。」
 ジョミーが急に大人びたような気がしてどきりとした。
 「一緒に地球へ行きましょう。僕はそのためにここにいるんですから。」
 「ジョミー…。」
 …君のその言葉に、どのくらい僕が嬉しく思うのか、君は知っているのだろうか。
 そのとき。
 「グランパ!!」
 と、出し抜けに。
 ここにいる二人以外の声が聞こえた。
 お、おじいちゃん…?
 見ると、赤毛の青年がこちらを、というよりもジョミーを見て立ち尽くしている。大きく見開いたオレンジ色の瞳が印象的だ。
 こんなところに入ることができると言うことは、やはり魔物なのだろうか。
 「え…、何でここに!?」
 信じられないとばかりに絶句するジョミー。
 「ああ、グランパ!やっと会えた!!」
 あろうことか。
 赤毛の青年は呆気にとられているジョミーにがしっと抱きついた。止める暇もあったものではないし、止めたところで無駄だっただろう。
 「こら、離せってば!何やってんだよ!?」
 そうやって密着していれば、青年がジョミーよりも上背で年上らしいことが分かった。それでも、『グランパ』という呼び方が気になった。
 「いやだ、離さない…!」
 「いい加減にしろ、こら!」
 「ぐえっ!!」
 ジョミーのエルボーアタックが赤毛の青年のあごに決まった。赤毛の青年はそのままひっくり返る。
 ジョミーは息を整えて、転がった赤毛の青年を怒りの表情で見下ろした。
 「こんなところまで入り込むなんて…!
 大体ブルーに失礼だろう!」
 突然名前を呼ばれてはっとする。しかし、赤毛の青年は、まったくブルーのことなど眼中にないらしい。
 「だって、グランパが僕を置いて行っちゃうから…。僕はグランパがいないと、何もできないのに。」
 青年の涙ぐむ姿に、さすがにジョミーも困ったようだった。
 「何を言ってるんだ、お前はもう一人前なんだから一人で大丈夫だ。」
 今度は、腰を落として赤毛の青年と目線を同じにして話しかける。
 「大丈夫なんかじゃない!」
 「聞き分けのない…。」
 「グランパこそ勝手に人間のところへ行っちゃうなんて、ひどいじゃないか!」
 「それはちゃんと説明しただろう。」
 「そんなの、分からないよ。」
 「お前だって好きな人ができれば分かる。」
 「僕が好きなのはグランパだ…!」
 「僕はお前の親代わりだよ。」
 「それでも、僕はグランパが好きなんだ!」
 一連の言い争いに、ジョミーは困ったようにため息をついた。
 「仕方ない、とにかくここを出て話そう。
 じゃあブルーに謝れ。」
 と、今度は赤毛の青年はちらりとブルーを見て、むっとした表情を浮かべた。
 「何で僕が…!」
 「無断で人の夢の中に入り込んだだろう?」
 「………。」
 ジョミーが厳しい口調で言うと、しゅんとして今度は黙り込む。とことん、ジョミー至上主義らしい。
 「正当な理由もないのに勝手に入り込んだんだから、謝るのが当然だ。」
 不承不承と言った体ではあったが、赤毛の青年はブルーに向き合った。苛立っているような、悲しいような、そんな表情を浮かべている。
 「ごめん…。」
 それだけ言うと、赤毛の青年はふっと消えてしまった。
 それを見届けてジョミーはため息をついた。
 「ゴメンね、ブルー。
 彼はあんななりをしてまだ子供なんだ。許してやって。」
 親代わり、と言っていたが、その言い方は親そのものである。
 「…彼は…。」
 親代わりと言っていたが、もしかすると血のつながりがあるとか…?
 実は本当にジョミーの孫なのではとつい考えてしまって、その系譜まで想像しそうになってしまった。
 だが、ジョミーはあっけらかんと言った。
 「うん、話すと長くなるけど、彼の両親は僕の友人だったんだ。彼らが早逝したから、僕は彼の親代わりになったんだよ。
 まさかこんなところまで来るとは思ってなかったんだけど…。」
 …ということは、子供でも孫でもないということか…。
 少しほっとした。
 「じゃあまた後で来るね、ブルー。」
 ジョミーは浮上し、戻るべく立ち上がる。
 「行くのかい?」
 「うん、話すと言ったから一応話はしておかないとね。」
 行ってほしくはなかった。自分の子供のようなものである彼と会うのなら余計に。
 そんな気持ちを察したかのように、ジョミーはブルーに微笑みかけた。
 「すぐに戻るから。そしたらまたあなたの地球を見せて…?」
 「ジョミー…。」
 「僕たちの目標だから、ね?」
 その笑顔に丸め込まれたような気がしなくもないが、ジョミーの言葉に安心した自分がいるのも事実で。
 それにしても、君の交友関係で悩むとは思っても見なかった。これ以上の魔物の登場には勘弁願いたいものだな。
 
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        | すっかりブルー受難シリーズになっている今日この頃のナイトメア。次回こそ、ブルーにいいことありますように! |   |