ジョミーはなかなか頑張っているらしい。
そもそもが魔物で、力の使い方は分かっているのだから、あとはミュウとして使いこなせるように調整するだけ。
しかも深層心理に入り込むことについては、誰に教わる必要がないほどだ。昨日もこっそりここに来て、眠っているブルーに話をしにきたばかりだ。
しかし、と思う。
これでよかったのか、いまだに悩むところだ。
もちろん、ジョミー自身がミュウになることを望んだのだから、こちらからどうこう言うことはない。そうは思うが、責任の一端が自分にあることは間違いないことだから…。
と、ふとまわりの空気が重くなったような気がした。
そして目の前には。
「貴様がソルジャー・ブルーか。」
見るからに魔物だと分かる男が立っていた。漆黒の髪に黒い衣装、三白眼のブルーグレイの眼。その寒々とした外見は、まさに悪魔の典型だ。同じ悪魔でも、ブルーの知っているナイトメアとはまったく違う。
とはいえ、ジョミーのような外見をした悪魔こそ珍しいのだと思う。
あの容姿は相手の好みに合わせたものではなく、元々のジョミー自身のものだというのだから、少し驚いた。金髪に緑の瞳とは、天使のカラーだろうというと、それって偏見だよと一笑に付されてしまったが。
「こんなところにまで入り込んでくるのなら、名前くらい名乗ってもらいたいものだな。」
言外に不法侵入だと言わんばかりのブルーの態度に、漆黒の魔物は苦笑いした。
「うわさには聞いている、ミュウの中では最強の戦士だと。」
一見賛辞を呈しているように見えるが、どうにもこの状況では嫌味にしか聞こえない。
「聞こえなかったのか?君は何者で、僕に何の用だ?」
数ヶ月前、ブルーは同じような質問をジョミーにしているのだが、そのときに比べれば、口調が素っ気ない上に言い方が冷たい。
「心配しなくてもすぐに帰るさ。貴様の顔を見に来ただけだからな。」
なぜそんなことを、とは思わなかった。
この様子では、目の前の魔物がここにいる理由はきっと…。
「物好きなことだ。それともよほど暇なのか?
とにかく、僕の顔を見に来たというのなら、君の用は済んだと思っていいのかな。」
「ふん、随分と嫌われたものだ。」
「お節介なナイトメアから魔物には気をつけるように言われているからね。」
「なるほど、賢明だな。」
漆黒の魔物はふっと笑った。
言葉に含みはあるものの、『ナイトメア』という単語のあたりで表情が緩んだと見えたのは、錯覚ではあるまい。
「ジョミーは元気か?」
思ったとおり知り合いであるらしい。それが気に入らない。
「君に心配されるまでもない。」
冷然とした態度ですげなく言われた言葉に、漆黒の魔物が呆れたようにため息をつく。
「…意外に狭量な男だな。ジョミーからは『頑固で変わっているけど、優しくて穏やかな人』と聞いているのだが。ああ、『美人』、という言葉もどこかにくっついていたようだが。」
いかにもジョミーが言いそうなことだが、それを漆黒の悪魔がブルーに対して当て擦って言っているのがもろ分かりである。
「それはありがとう。」
それに対して一応礼は言っているが、あまり心がこもっていないように聞こえる。
「それから念のために教えておこうか。」
漆黒の魔物は口元に笑みを浮かべる。
「われわれの間で名前を名乗るという行為は滅多に行わない。名前の響き自体に魔力があるせいだ。
われわれが名乗るということは、命を預けることを意味する。俺は貴様に命を預ける気はないからな。」
それはブルーに対する面当てだったのだろうが、当のブルーは別のことを考えていた。
ではジョミーは?
僕に名乗ったときには、まったく彼に躊躇はなかった。だから名前にそんな意味があるとは知らなかった。いくらジョミーが人のいい悪魔とはいえ、自分の命とも言うべきものをそう誰にでもさらすとは思えない。
…これはいいことを教えてもらったのかもしれないな。
招かれざる客だと思っていた魔物だったが、少しは歓迎してやってもいいかと思い直した。何といっても、こちらの知らない魔界と、かつてのジョミーのことを知る魔物だ。
しかし、そんなことはおくびにも出さない。
「そう言えば、ジョミーはここに来るに際して魔界から追放になる予定だったと聞いているが。」
突然のブルーの問いかけに、漆黒の魔物は怪訝な顔をした。
「ところが彼を弁護したものがいて、保留になっているのだと聞いた。
君がそのジョミーの『口のうまい』友人なのか?」
そう聞けば、今度はなぜか嫌な顔をした。
「この俺がそんなにお喋りに見えるのか?」
「いや。」
確かに寡黙そうな男だが。
「それは俺じゃない。
そいつもそのうち貴様の顔を見に来るかもしれないな。ジョミーのことを気にしていたから。」
「誰からも好かれていたのだろうな、ジョミーは。」
「気になるか?」
にやりとしてブルーを伺い、嫌味ったらしくもったいぶって言う。
「そうだな、人望も地位もあったな。」
「…そうじゃないかとは思っていた。」
魔界から追放という処分に対して、人間ではなくミュウを選択できること、しかもその中でもタイプ・ブルーを選択できることを考えると、魔界で実力がなければ難しいだろう。
さらに、追放処分に対して勝手に弁護してくるものがいるあたり、やはりジョミーは慕い仰がれていたのだろう。いや、おそらくそれは過去形ではあるまい。
「だが奴はそんなものに恋々とするようなタイプではないがな。」
だから、すべてを捨ててこんなところで生活する気になるのだろうという言葉には、引っかかる部分があったが、突っかかってもこの魔物が喜ぶだけだと思って黙っていた。
「では俺はジョミーに会ってから帰るか。久しぶりだし、奴には魔界のことも話しておきたいしな。」
さすがにその言葉には心底気分が悪くなった。
それが顔に出たらしく、漆黒の魔物はブルーの顔を見てにやりと笑った。完全に分かって言っているあたり、この魔物の根性の悪さが分かろうというものだ。
「昔の友人が声をかけるくらいなんということもないと思うがな。そんなことでは嫌われるのではないか?」
余計なお世話である。
「ここはミュウの船で、負の気に敏感なものが多い。君に長居されると影響が出るものもいるかもしれないから、あまり来ないでもらえるとありがたいのだけどね。」
しかし、きちんと釘は刺しておくことにした。
「気にするな、必要ならジョミーを船外に連れ出す。」
ブルーが口を出す暇もなく、漆黒の魔物は忽然と姿を消した。
しかし、同じような状況で、ジョミーを見送ったときと違って後味の悪さだけが残った。
…君にあんな友人がいるとは思わなかった。少々どころでなく趣味が悪いのではないのか…?
収穫もあったが、不快な一時であったことには違いなく、ブルーは今頃あの魔物に会っているだろうジョミーに思いを馳せた。
6へ
いつもと違ってブルーちょっと負けてる感があります〜。でもやはり笑えるよー。 |
|