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  「…最近あまり喋ってくれないね。」「そんなこと、ないよ。」
 ナイトメア・ジョミーの持ちかけた契約を断ってからというもの、彼はここに来てもふさぎ込んでいることが多くなった。
 出現回数は以前より増えたと思う。
 『あなたの顔を見ていたいから。』
 そうは言っているが、人の顔を見るたびに辛そうな顔をするものだから、こちらとしては困ってしまう。
 でもこれだけは譲れない。
  『消えるって言っても、死ぬとは限らないよ…?』契約は断ると、ジョミーにそう言った後、それでも彼は僕を思いとどまらせようと必死だった。
 『ではそれ以外はどうなる?』
 『…遠くへ行ってしまうとか。』
 視線をそらし、ぼそりとつぶやいた言葉。
 ジョミーとの付き合いが夢の中だけとはいえ、その態度がらしくないということは一目瞭然だった。
 『君は悪魔なのに嘘が下手だね。
 どちらにしろ、そんな契約は受け入れられない。何よりも、僕の思いはどうなる?感情がなくなるということと、記憶を操作されて忘れてしまうということと、どう違う?』
 『それは…。』
 そう言えば、ジョミーは黙り込んでしまった。
 こういうところがジョミーの優しいところだと思う。ブルーの気持ちを尊重してくれる。
 だがそれも、ブルーの想い人が別の誰かだと思っているからこそだろう。これがジョミー自身だと分かれば、おそらくこの人の良い悪魔のことだ、自らを顧みず無理にでも契約を結ぼうとするに違いない。
 『ジョミー、僕だって今すぐ死ぬわけじゃない。だから、そんな顔はしないでくれ。』
 『僕、今どんな顔してる…?』
 『泣きそうだ。』
 『それは泣きたいからだよ。』
 『………。』
  こうして、ジョミーと僕は今に至っている。「ねえ、ブルー。」
 珍しくジョミーから話しかけてくる。
 「…ちゃんと言ったの?」
 「…何のことだい?」
 誰に何を言うというのだろうか。
 ジョミーの話は突然すぎて、たまについていけない。
 「好きな人にきちんと告白した?」
 …そんなことを、ジョミー自身から聞かれると不思議な感じだ。
 「いや。」
 「どうして?
 言葉にするのも嫌だけど、あなたは自分で言ったじゃない。そう遠くない未来に寿命を迎えるって。
 心残りがないように気持ちを相手に伝えておくってよく言われるでしょ?」
 随分と人間くさい悪魔だ、とつい思って笑いそうになってしまったが、ジョミーの真剣な表情を見て自重した。
 「僕の気持ちを知らない以上、伝える必要はないだろう。
 告白すれば、僕は気が楽になるかもしれないけれど、残される身にはどうだろう。その人が辛い思いをするくらいなら、僕は沈黙を守りたい。」
 それを聞くと、ジョミーは苦笑いを浮かべて視線をそらした。
 「…その人、随分想われているんだね、あなたに…。
 ちょっとうらやましい。」
 …君のことなんだけどね。
 そう心の中でだけつぶやく。
 「でもあなたは本当にそれでいいの…?あなたが大事にする思いを、そのまましまっていて苦しくない…?」
 「君は優しいね。でもいいんだよ。」
 君がそう思ってくれるだけで。
 「なんだか悔しい。」
 しかし、ジョミーにとっては不本意極まりないらしい。むっとしてブルーをにらんでくる。
 「あなたはもっと僕を利用すればいいのに。僕にはその力があるんだから。」
 「契約もせずに、人である僕が悪魔である君を利用することができるのかな?」
 そんなジョミーをかわいいとは思ったが、そんなことを言えば怒り出しそうだったので別の言葉を口にする。だが、それはむしろジョミーの痛いところを突いてしまったらしい。
 「…そこなんだよね…。」
 一転、ジョミーは頭を抱えた。
 魔物は人と契約を結び、その魂を堕落させると言われているが、逆に言えば契約を結ばない限り、魔物は人に対してほとんど何もできない。…もっとも今の場合は堕落させるというには程遠いが。
 魔物は、契約を促すために少しくらいの魔力を使うとは聞いているが、今のように寿命を延ばすようなことは、契約なくしては難しいらしい。
 「ねえ、ブルーって魔物のことに詳しいけど、なんで?」
 「本を読んでいるくらいしかできない時期があってね。そのときに読んだ古文書だったかに載っていたんだ。魔物は身体を持たない分、約束事に囚われる存在だと。
 もしそのときに読んだ記録が実際の契約と同様なら、その本の著者は魔物と契約したことがある人だったのかもしれないな。」
 「…そうかもね。」
 言いつつ、ジョミーはため息をつく。
 「ブルーには僕の気持ちなんか分からないでしょ?
 力を持ちながらあなたに何もしてあげられない。こうやって見ていることしかできないんだから、余計にもどかしくて。こんな力、なければいいって思うときもしばしばでさ…。」
 「僕がそれでいいと言っても?」
 「それでもだよ。」
 ここ最近、ジョミーの笑顔などとんと見ていない。思いつめているか怒っているか泣きそうになっているか。
 できれば笑顔を見せてほしいんだけどね…。
 「ジョミー、気持ちは分かるけど、僕が死ぬのは君のせいじゃないんだよ。」
 何度か言った台詞だなと思いながら口にすると、案の定ジョミーは嫌な顔をした。
 「…あなたに慰められてるなんて、変な気分!」
 ふん、とそっぽを向きかけたジョミーが、何か感じたらしく動作を止めた。
 「…ジョミー?」
 どうしたんだろうと見守っていると…。
 「そうだ!」
 ジョミーが突然大きな声を上げた。
 「そうだ、その手があった…!」
 と、ジョミーは最近では見ないような嬉しそうな顔をして手を叩いた。しかし、次の瞬間には顔をしかめてうーんとうめく。
 「けど、初めてだからうまくいくかな…。でも前例はあったはずだから、何とかなるよね?」
 誰に聞けばいいかな?とぶつぶつつぶやいている。
 「ジョミー?一体何を…?」
 思いついたのだ?
 そう聞こうと思ったのに。
 「ブルー、今日は帰るよ、また今度!」
 嬉しそうな笑顔を浮かべたジョミーは、ブルーの返事も聞かず、来たときと同様、ふっと消えてしまった。
 …その手…?
 何のことだ?
 久しぶりに全開のジョミーの笑顔を見られたのは嬉しかったが、どうにも妙な予感がして仕方なかった。
 
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