「またお邪魔してるよ、ソルジャー・ブルー。」
「やあ、ジョミー。」
深い闇の中。
多分、僕の意識はずっと深いところまで沈みこんでいるのだろう。目の前に漆黒の何もない空間が広がっている。
そこにひょいと現れたナイトメア。
あれから何度かジョミーはブルーの意識の中に訪れ、地球を見せてとねだってくる。
『あなたの地球は趣があるっていうか…。品があると思う。』と。
地球のヴィジョンに、品があるなしなど関係ないとは思うが、ジョミーにとっては違うらしい。それが証拠に、一方のフィシスの地球のヴィジョンは『華やかだ』という。
何がどう違っているのかさっぱり分からないが、夢というものは、同じヴィジョンでもひと括りにできないのだとナイトメアが言うのだからそういうものなのだろう。
「君が来てくれてよかった。退屈だったんだ。」
「歓迎してくれるのは嬉しいけど、僕は悪魔なんだよ?」
覚えてる?と念押しする緑色の瞳が笑っている。
「もちろん覚えているよ。
君のような魔物でない限り、こんなところまで降りてこられるわけがない。」
さすがはナイトメアというところだろう。夢の中に入り込むことができるからこそ、こんな意識の深層までブルーを追うことができるのだ。
ミュウとはまったく違う、異質な力。
しかし、見た目は普通のやんちゃな少年といったイメージ。これが起きているときに会うことができれば、この少年が悪魔だなどと考えもつかないだろう。
「ならいいけど。
言っとくけど、僕みたいなイイ悪魔なんてそうそういないんだからね。」
「君以外には気をつけるよ。」
本当かな?とジョミーは疑わしげな目でブルーを見つめた。
そんなジョミーが、ふと真顔になる。そして、じっとブルーを見つめる。
「ねえ、起きなくていいの?」
ブルーがずっと眠ったままだということは分かっているようだった。
「それは僕の自由になることじゃないからね。
こう見えても僕は年寄りだし、起きていられるだけの体力がもうないんだ。」
そう遠くない未来に寿命を迎えることになるだろうね、というと、ジョミーはちょっと怒ったように口を尖らせた。
「何でそんなこと言うの?あなたはまだ生きてるでしょ、ソルジャー・ブルー。」
「ブルーでいいよ。
でも、長くないのは本当のことだ。僕は300年は生きているからね。」
「じゃあブルー、僕はそれ以上生きてるけど、まだ寿命だなんて思ったことないよ!」
「ナイトメアの君と、僕とは違う。」
「…っ。」
さすがに、反論すべき言葉が見つからなくて、ジョミーは黙り込んでしまった。
こうやってブルーの意識に入り込んでいるなら、その事実に気がついてもいいはず。それとも。
だからこそ余計にむきになるのか。
「それに、せっかく目が覚めても君がいないのでは寂しいしね。」
話が妙な方向に流れてしまったなと反省しながら続ける。
「…何それ。僕は夢の中だけにいるわけじゃないんだから、起きているあなたにだって会えるよ。」
しかしブルーの言葉は、むしろジョミーの自尊心に傷をつけてしまったらしい。
「シャングリラは閉鎖的空間だから、君がいたら目立つだろう。」
「ああ、そういうこと…。」
ようやく納得したらしいが、ジョミーはそれっきり黙ってしまった。一心不乱に何かを考えているらしく、声をかけるのもはばかられたくらいだ。
「…ねえ、僕と契約しない?」
意を決したように顔を上げたジョミーは、いつもでない真剣な顔をしていた。
「それはどういうことかな。」
魔物との契約と言えば、何となく見当はついたが、念のため聞いてみる。
「あなたを生かしてあげる。少なくとも、あなたが地球へ行けるくらいには。」
…予想通りだった。
「代償は?」
「あなたの魂。」
これまた予想の範囲内だ。
「あなたが死んだあと、あなたの魂は僕のものになって未来永劫離れられない。」
「随分と魅力的な申し出だね。代償とは言うが、僕の望みどおりじゃないか。」
それを聞くと。ジョミーは何とも言えない顔をした。呆れた中に照れくさいのが入り混じっている。
「…ほんっと変な人だね!みんなに言われない?」
「いや、残念ながら。」
「それは言えないだけでしょ?
それからもうひとつ。あなたの一番大切なもの。」
「大切な、何だって?」
今度はあまりにも漠然としていて、何を指しているのかさえよく分からなかった。
「あなたが一番大切に思っているものだよ。僕と契約したらそれを失うことになるんだ。あなたの場合、それが何なのかは僕にも分からない。
例えば、大切なものが富や名声だったらそれをなくしてしまうよ。まあ、あなたの場合そんなものじゃなさそうだけど。
地球への憧れだと言うのなら、その思い自体が失われることになる。さすがに天体は消えないから。」
「そんなものが僕から消えてしまうなんて、想像もつかないね。」
僕の300年かけた願いなんだけど。
そうつぶやきつつ、本当に自分の大切なものとは何だろうと考えてみる。
そう思って、すぐに恐ろしい考えに思い当たった。
「すぐに答えは出ないだろうから、考えておいて…。」
「…ジョミー、それが人だった場合はどうなる?」
話を終わろうとしたジョミーは、ブルーに遮られて少し驚いたようだった。
「それって…、好きな人ってこと?
その場合は、その人に対するあなたの恋愛感情がなくなって、その人はあなたの前から消えることになる…。
ってブルー…?」
血の気が引いたというのはこのことだろう。多分、ジョミーにもそれと分かるくらい自分が青ざめているだろうと思ったが、構っていられなかった。
「もしかして、あのフィシスってひと…?」
ジョミーは気遣わしげにブルーを伺い見た。
いつもならば、変なところで鈍いね、とでも返しただろうが、今のブルーにはジョミーの言葉はまったく耳に入っていなかった。
「では契約は断る。
そんなものと引き換えにしてまで生きようとは思わない。」
はっきりと言い切ったブルーは、ジョミーの傷ついたような表情にすら、気がつかなかった。
3へ
もっとぬるい話にするはずが…!なぜだ!?(やはり最終回ネット落ちショックか…。) |
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