僕の異動は遅いほうがいいが、新たにこのプロジェクトに関わるものは早めに契約してくれ。
その要望に、ハーレイは難色を示した。
派遣だろうが何だろうが、この会社と契約を結ぶ以上、たった一人だけでものごとを進めるのは内部牽制の観点から見てもよろしくない。
「君が、本当にこのプロジェクトのために雇うものだという保証はどこにある?そもそも彼らの顔さえ見ずに、はいそうですか、などと言えるものか!」
ハーレイの言葉に、ジョミーは気分を害した様子もなく背広の内ポケットから折りたたんだ数枚の紙を取り出した。
「履歴書だ。」
そう言うと、ハーレイにではなく、目の前に座るブルーに紙束を突き出した。
「ああ、ありがとう。」
微笑みながら受け取る様子を眺めてから、ジョミーはハーレイに向かう。
「一度連れてくるが、例えあんたが気に入らなくても代替は利かないからな。」
それだけ言うと、用は終わったとばかりにきびすを返す。
「楽しみにしているよ、シン君。」
その背中に向けられた社長の言葉に、ジョミーは足を止め、複雑そうな表情を浮かべて振り返った。
「シンと呼び捨ててくれ。あなたに敬称をつけられると虫唾が走る。」
それだけ言うとジョミーは返事も聞かず、そのまま社長室を後にした。
「…まったく!いつもながら不遜な態度ですな!」
ドアが閉まった直後、ハーレイが怒鳴りだした。おそらく、ジョミーに聞かせるために大声で喋っているのだろう。
「そうかい?僕にとっては彼がしおらしく伺いを立ててこられるほうが、よほど気持ち悪いけどね。
しかし…、予想はしていたが、若いな。」
履歴書は4枚。
男性2人、女性2人。
「そんなに若いのですか?」
ハーレイが興味津々に覗きこんでくるのに、ブルーは苦笑いしながら履歴書を渡してきた。
おそらく、あのジョミー・マーキス・シンの眼鏡にかなったものということで、気にはなっていたのだろう。態度はどうでも、業務成績は優秀だからだ。
「皆、大学生だ。」
「な、何ですと!?」
履歴書を見ると、いかにも学歴の欄は在学中、だ。
「学生バイトを採用するのとはワケが違うとしっかりと言い渡しておかなければ…!」
「その必要はない。ここの正社員よりもマシだと返されるだけだろう。」
そう言うと、ブルーは面白そうに笑う。
「それに、生年月日をよく見たまえ。本来なら高校生の年齢にも関わらず、全員大学4年生だ。スキップは珍しいことじゃないが、やはり優秀なのだろう。
この子供たちがどこまで動いてくれるのか、楽しみじゃないか。」
「…私はちっとも楽しみじゃありませんけどね。むしろ、胃がきりきり痛みそうですよ。」
ハーレイのため息に、ブルーはくすり、と笑った。
「君にはいつも苦労をかけているね。」
「い、いいえ!どうかお気になさらず…!」
社長の微笑みとねぎらいの言葉に、もったいないという思いがよぎる、苦労人ハーレイであった。こんなささやかなことで幸せを感じることができるのも、彼の特技だろう。
「しかし…、まさかと思うが、色仕掛けでプロジェクトを成功させようなどと考えているわけではないだろうな、あの非常識は…。」
履歴書の写真を見比べてついそう思ってしまう。それほど、4人の少年少女たちは人並み外れて美人ぞろいだった。
それから数日後。
妙に目立つ4人の男女が会社の廊下を歩いていた。しかも、その先頭に立つのは、あのジョミー・マーキス・シンだ。
廊下を練り歩くようなその姿に、自然と他の社員は気圧されたように道を開ける。
その様子に、金髪のショートカットの少女と長い黒髪を二つに分けて結った少女は、小声で何事か囁きあい、くすくす笑っている。それがまた、標準以上に美人なのだから余計に目を引く。金髪の少女は胸元が大きく開いた黒のパンツスーツで、黒髪の少女はグレイの超ミニスカートのスーツである。二人とも歩くたびに、ちらりちらりと何かが見えそうになるほどで、目の毒としか言いようがない。
背の高い少年2人は、周りのよそよそしい反応にはさして興味がなさそうに黙って歩いていた。それでも時折、亜麻色の髪の少年は若い女性社員に目をやってはにやりと笑っている。ネクタイを緩めているだらしない格好だが、妙にキマっていた。
「…タキオン…!」
長い赤毛を一つにまとめ、後ろに垂らしている少年がそれを咎めるように声を荒げた。銀縁の細い眼鏡がエリート社員っぽく見える。
「へーへー、分かったよ。」
タキオンと呼ばれた少年は、諦めたように溜息をついた。
不意にジョミーが止まる。そして、何度かくぐった社長室の扉をノックした。
「入りたまえ。」
中から応えがあった。
その扉を開いて、後ろにいる4人に入るよう促す。
社長室の中にはいつものとおり、ブルーとハーレイがいた。
「よく来たね。シンから話は聞いているよ。」
ブルーはにこやかに迎えたが、この4人は返事すらしない。各々、まわりを見渡していたり、枝毛をチェックしたりといった様子で、これが面接なら即不採用になるだろう。
「向こう側から、トォニィ、タキオン、ツェーレン、アルテラだ。」
それを咎めることもせず、ジョミーは淡々と紹介した。
「彼らについては、僕の異動とともに席を作ることにしたいが、今は関係機関に探りを入れさせて、先手を打てるものなら今のうちに打っておく。」
異動を先延ばししたいのは、プロジェクトを内密に進行させたいから。
確かにジョミーはそう言っていたが、こんな少年少女たちにそんな大役を任せる気なのだろうか…。
「その辺は君に任せるが…。
ただ、少し心配なことがあって、彼らの口から直接聞いてみたいのだが。」
ブルーの言葉にジョミーは目を瞬かせたが、勝手にどうぞ、と言わんばかり自分は一歩下がった。
ありがとう、とジョミーに礼を言いながら、ブルーは4人に向かって話しかけた。
「これは確認だが…。
君たちはまだ学生の身だね?しかも、最終学年で、卒論だの単位取得だのと忙しい時期だと思うが、そんな大切な時期にこんなところで働くことに厭はないのか?」
そう言った当初は、彼らからはまったく反応がなかった。
「おそらく、学業との両立は難しいと思う。
派遣社員という形を取っているが、責任は正社員となんら変わりがないし、それに…。」
「退屈しのぎにいいんじゃない?」
黒髪の少女アルテラが、毛先をチェックしながらブルーを遮った。
それに続き、金髪の少女ツェーレンもそうね、と言って続けた。
「卒論なんかよりも楽しそうだし。
別に急いで卒業しなきゃいけないわけでもないし、留年したって構わない。ジョミーがそれでいいって言うのならね。」
だって私たちのスポンサーはジョミーだしね、と笑ったが、当のジョミーはそれに関しては何のコメントもしなかった。
そのとき、黙っていた少年のうち、赤毛のトォニィが顔を上げてブルーを真っ直ぐ見つめた。
「正直に言わせてもらう。
僕たちは、この会社には何の恩義も感じていない。この会社が事業に行き詰まろうが、馬鹿社員の人件費がかさんで倒産しようが、そんなことはどうだっていい。
だけど、ジョミーがこの会社の新プロジェクトを成功させたいって言うなら、僕たちはそれに従う。」
それだけだ、と締めくくると、もう話すことはないとばかりに全員押し黙ってしまった。
「君たちは…!」
「みんな、もう帰っていい。」
ハーレイが何か言いかけたが、ジョミーがそれより先に命令を下す。
「ジョミー・マーキス・シン…!」
「では失礼します。」
怒鳴るハーレイを無視し、ジョミーはブルーに向かってそう言うと、さっさと社長室の扉を開け放ってしまった。
しかし。その外では、一体何があったのだろうとドアの周りに集っていた社員が、慌てて姿を隠そうと慌てているこっけいな様子が丸見えとなってしまった。
「…ホント、暇だねえ。」
何を考えているんだか…。
呆れたように亜麻色の髪の少年、タキオンが苦く笑いながらつぶやいた。
「行くぞ。」
そんな騒ぎに一顧だにくれず、ジョミーはさっさと歩き出した。4人の少年たちもその後について、歩き去ってしまったのだった。
5へ
シン様はいつものとおりですが、今回トォニィはまじめキャラで行きたいです…!その分、あとの3人が風紀を乱しそうですが…! |
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